タイのエコ工業都市開発 新時代の成長戦略 ~BCG経済の実現に向けて~

タイ政府が推進するエコ工業都市開発は、20年計画(2017-36年)の国家戦略として構想された。充足経済(足るを知る経済)の哲学に基づきタイを安定、繁栄させ、永続的な先進国にすることを目標としている。環境に優しい基本方針のもと人間生活の発展を進め、天然資源の回復・再生、自然破壊の防護、水資源管理の効率化、万全な洪水対策、環境を損なわないエネルギー使用、環境に溶け込んだエコシティー開発、地球温暖化防止、異常気象への対応などが総合的に進められる。

外資誘致のチャンス

工業省のパーヌワット・トリヤーンクンシー副次官は、学術セミナー「エコ・イノベーション2020」で次のように語った。  「工業省はインダストリー4.0の実現に向けて、2021年には工業セクターの成長率を4.5%に回復させる政策を進める。零細企業、コミュニティー企業レベルの草の根の強化と活性化が急がれる。そのためには工業セクターの事業家のレベルアップが求められる。  成長率を回復させるには、将来的に利益を創造できる経済メカニズムを構築せねばならない。サプライチェーンを通じての競争力向上、イノベーション導入による製品標準のレベルアップ、付加価値を高める梱包技術、産業クラスター化による強い産業メカニズムの創出を図る必要がある。また、知識やスキルの豊富な起業家の育成、デジタル化を軸とするイノベーションの活用など高度なネットワークを形成し、個々の事業家はインテリジェンスを高めなければならない」  利益の最大化のためには今後、データ分析が一層重要になるだろう。製造業の動きを迅速かつ弾力的にすることで生産効率が上がり、利益は増大する。コロナ流行で鈍化した世界経済の中で、タイの工業セクターは大きな一歩を踏み出し、国際競争力を高めるべきだ。米中貿易摩擦の波紋が広がり、原材料、半製品の輸送に支障が生じている今、生産基地の移転をはじめ世界的に工業セクターの地殻変動が起きている。これはタイに各国から優れた企業を誘致する大きなチャンスである。  タイはコロナ防疫に成功している。工業省はこの機を逃さず、労働者のさらなる技能向上を図り、東部経済回廊(EEC)を軸にタイへ移転してくる外資で働く労働者の拡充を進めている。外資の工場が円滑に操業するには、地場系工場のレベルアップが必須となる。  開発の最優先となるのは、政府が産業の高度化を目指す「タイランド4.0」においてターゲット産業とする10分野だ。なかでも食品、医療機器分野は世界的に成長しており、投資、雇用を伸ばす原動力となる。  国内の工業セクターは徐々に回復の兆候が見られるが、海外でのコロナ流行がおさまらず、なお懸念が大きい。消費性向は世界的に変化しており、経済の先行きが見えないことから耐久消費財の売行きが鈍化する一方、生活に必要な日用品・飲食品の消費は衰えない。世界的なコロナ流行の危機をチャンスに変えるべく、タイは今こそ外資誘致を全力で進めなければならない。

BCG経済への投資を促進

インダストリー4.0に向けて工業セクターがなすべきもう1つのことは、永続的な開発に適した技術とイノベーションの導入を進めることだ。  経済発展モデルの一例として、バイオ分野の研究開発の成果を採り入れた利益の創造がある。これはグリーン経済の実践であり、循環経済に沿った高付加価値製品を生産すること、すなわち各種素材の有効利用である。これからの時代は経済成長だけではなく、社会、環境までを包摂した総合的な発展が求められる。  タイ政府は新型コロナからの経済復興策として、タイが強みを持つ農業やバイオテクノロジーの強化に加え、資源を有効活用する循環型経済を取り入れた「BCG(バイオ・循環型・グリーン)経済」のコンセプトを打ち出した。  タイはバイオ資源が豊富であり、多種多様な地域文化をもつ。世界的に競争可能な製品を開発する潜在性に満ちている。当地のコミュニティー振興による土着レベルの知的財産の掘り起こし、コミュニティーの生活向上、環境の回復と再生などが技術とイノベーションによって進められ、管理技術の進歩も期待される。生産工程の管理、素材の有効利用による利益最大化、効率アップ、水資源利用の効率化に工業セクターは注力せねばならない。  エコシステムによる工業発展は、工場からの汚染排出によって環境、社会に害をなすものであってはならない。そのためには工業団地をエコ工業団地へと進化させ、さらにレベルアップしていく必要がある。それは経済・社会・環境の3要素のバランスがとれたものであるべきだ。  タイ工業団地公社(IEAT)のソムチン・ピルック総裁は次のように語った。  「IEATのエコ工業都市の構想は1999年に始まった。これまでIEATはアジアの先進的な工業団地の開発に専心してきた。当面の目標は、2026年までに、開発した30カ所の工業団地をすべてエコ型に進化させることだ。資源の有効利用、新技術の導入、工業廃水の処理から再利用(RO)を積極的に進めている。水の再生は大きなコスト削減となり、素材の再利用も利益源になる。経済・社会・環境のバランスをとり、利益追求のみならず地域社会との調和、人々の生活の向上を実現していきたい」  エコ工業都市構想のマスタープランには、ワールドクラス、エクセレンス、チャンピオンという3つのレベルが設定されており、すでに大半の工業団地は第1のワールドクラスに達している。IEATは2021年から2025年にかけて、第2のエクセレンス、第3のチャンピオンへのレベルアップに力を入れる。そのためには高度なガバナンスと官民協働が不可欠だ。今年は3カ所がワールドクラス、13カ所がエクセレンス、34カ所がチャンピオンのエコレベル認定を受けた。そのほかエコ工場として29カ所が認定され、認定に向けて支援を受けている工場は35カ所ある。こうしてIEATは工業団地管理のリーダーとして、タイランド4.0、インダストリー4.0の方針に沿ってエコ工業都市の開発を進めている。  IEATは、高度な技術とイノベーションの導入を工業団地の入居企業に奨励している。エコ工業都市にとどまらず、さらに一段上のインテリジェントな段階(スマートエコ)に進化させるのが狙いだ。IEAT管轄下の工業団地は現在、スマートエコを目指し、特に環境保全のレベルアップに力を入れている。  廃棄物の管理・処理、エネルキーの効率的な使用、安全な環境、効率的な輸送体系を確立すべく、IEATは以下の項目を掲げている。  ①スマート環境サーベイランス(汚染放出監視・追跡の効率化)、②スマートウォーター(水資源管理の効率化)、③スマートエネルギー(エネルギー使用システムの効率化)、④スマートウェイスト(廃棄物管理の効率化)、⑤スマート安全/エマージェンシー(人員に対する安全防護の効率化)、⑥スマートロジスティクス(物流管理の効率化)、⑦スマートIT(データ通信、ITシステム使用の効率化)、⑧スマートビルディング(工業団地・工業港のインテリジェントビル、スマートリソース)。  これらはすべて工業生産の効率化に集約される。IEATは社会・環境に責任を持つ事業から奨励し支援する。  IT、デジタルの役割はますます重要性を増しており、コロナ禍により世界中でデジタルトランスフォーメーション(DX)が進んでいる。売買取引はEコマースが拡大し、キャッシュレス化も加速している。各種の事務手続きにデジタル技術が応用されるだけでなく、生産、交換、売買などあらゆる経済行為がデジタルベースでなされている。政府は将来伸びる産業を中心に、製造業、商業を問わずデジタル化を奨励している。

エコ工業都市の実現に向けて

タイ工業連盟(FTI)のスパン・モンコンスティー会長は次のように語った。  「タイは水と環境が特に重要で、FTIは経済・社会・地域のバランスを重視している。工業セクターはコミュニティーをはじめとする社会との共存を維持せねばならない。永続的な発展はエコ工業都市の実現によって可能となるだろう。循環経済、社会、環境に責任を持つ企業のガバナンス、環境教育、IoTによる水資源管理の実用、サービス面も包摂しつつFTIは組織改革を進めていく。マーケティング、ファイナンス、FTIアカデミー、エフィシェンシー・イノベーションなど各方面において会員を軸とする官民協働を進める。まずはコロナ流行をしのぐことが先決だ。  工業セクターは環境の保護者であり、経済の推進者としての役割を担う。エコ工業都市の実現には人の要素が鍵となり、安定、繁栄、永続化の堅固な意識が反映されなければならない。目標が達成されるか否かは、関係各方面の協力にかかっている。経済・社会・環境のバランスのとれた発展のために、FTIの活動も一助となるだろう。安全で管理の行き届いた、素材の使用効率の高い工場に、現状から着実に変えていく。不良品、廃棄物の最小化も同時に進めれば環境負荷も軽減されるだろう」  次のページ(21~23p)では、イノベーションを導入してエコに取り組む在タイの優良企業3社を紹介する。

2020年12月1日掲載

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