一層現地化が進むタイの製造業 Reportアジア型技術セミナー2017

タイが陥りつつある「中所得国の罠」から抜け出し、2036年までに高所得の先進国入りを目指す国家戦略「タイランド4.0」にタイ政府が取り組んでいる。その一環としてEEC(東部経済回廊)開発を掲げているほか、次世代自動車、航空宇宙、スマート・エレクトロニクス、ロボットなどのオートメーションなど10の産業を重点的に育成。その実現には、タイ人の高度人材を多数養成することが不可欠となっている。

モノづくりに欠かせない金型では人材が育ってきている。日本の型技術協会(横浜市中区太田町6-79、会長青山英樹慶応大学教授)とタイ金型工業会(TDIA、ビロート=VIROJ SIRITHANASART会長)は、タイの金型の高度化、タイと日本の金型産業の現状認識、金型加工技術に関わる交流促進を目的としてセミナーを行っている。2017年11月には、METALEXの開催に合わせて「アジア型技術セミナー2017 in Thailand(第6回)」(実行委員長日原政彦氏=技術士、工学博士)がのべ3日かけて開催された。初日のセミナーは各社の金型部門のトップらが講師を務め、翌日、翌々日はタイのデンソー、トヨタ、日産、アーレスティ、ソディック(訪問順)の工場見学を実施。今回、すべてに同行した。各工場ではIoT(モノのインターネット)に向けた取り組みを進めており、先輩のタイ人が新入りのタイ人教育を担当するなど現地化が一層進んでいることが見えた。

セミナーで講師を務めた前川佳徳教授(タイ裾野産業連合会顧問)はタイランド4.0を進めて行く上で「タイは今後もまずは自動車産業のハブとしてより強力な国になるため、今話題の電気自動車でなく、当面はエコノミックカーに力を入れるべき。タイの人材を日本の教育システムで育て、日本のモノづくりの標準化をよりタイに導入、次世代技術をタイ人エンジニアが開発できるようにすることで両国のウィンウィンの関係を築いて欲しい。タイの大学と連携して学生を育てることも有効」などと提言した。

明確なキャリアパスで離職防止へ

11月22日から行われた「アジア型技術セミナー2017」で、キヤノン・ハイテク・タイランドの金型製造部長である伊藤隆伸氏は「タイの金型製造部は1992年の操業開始時から25年が経過したが、“金型は心で作る”ことを心がけ、金型作りのプロフェッショナル集団を構築してきた」と話した。しかし同社でも、金型部門の離職者が入社1~2年の若い人を中心に多く出るなど、要員確保には苦労している。そこで「キャリアパスを明確にし、マイルストーンを設定。年次で能力測定を行い、各自の強みと弱みの“見える化”を実現させてきた。技能検定も実施して技能習熟度を認め、褒賞も与えている。金型製造の全工程での検定制度の設定、多能工推進によるマイスター制度の確立を課題にしている」と語った。技能者は入社3年、設計者は5年で一人前の技能者に育てることが目標。人材の流動性に対処するために技術の標準化を進め、いかに早く教育の成果を出せるかを考えながら人材を育てているという。

ホンダエンジニアリングエイシャンの佐々木静哉社長は「機械部を最小にして人のためのスペースを最大化することを原点にモノづくりをしている。工程を短縮して生産性の向上を図る取り組みを続けており、例えば1970年代では5工程が必要だったプレス金型の工程は2013年からは3工程となり、さらに近年の一部部品では1工程も実現できている」と明かした。

マツダの日本本社技術本部の安達範久本部長は、生産している車の87%が海外市場で販売されているが、世界市場のシェアは2%に過ぎないなどの現状を説明した上で、設計から始まるモノづくりを従業員全員が職人意識を持って取り組んでいる現状を説明した。

トヨタ・ダイハツ・エンジニアリング&マニュファクチャリング、トヨタ・モーター・タイランドの砂月明寿副社長はIMV(新興国向け戦略車)、より良い車を目指すTNGA(トヨタ・ニュー・グローバル・アーキテクチャー)を進める中で、同じ原材料から同じ製品を作るためには、同じプレス金型を作れることがキーだとし、「トヨタは“幸福のモビリティ”をスローガンに成長していきたい」と述べた。

タイ人がタイ人を教育 技能五輪で好成績

セミナー翌日には、東部のアマタナコーン工業団地のデンソー工場内にあるデンソートレーニングアカデミー(タイランド)を訪問した。1階が実習エリアで2階が会議室となっており、一日40人を教育可能。これまで計5万人以上が学んだという。新入社員向けなど階層別に訓練が行われており、各職場で上司の許可を得れば自主的な参加も認めているという。

当初はデンソーの技研センターのコピーとしてタイの訓練施設を立ち上げたが、これまでにタイ人がタイ人を教える形になっている。研修に使う教材は1人1教材をメインとし、2年前からは自動化への研修に力を入れている。具体的にはタッチパネル、サーボモーター、6軸ロボットなどで、オートメーション、IoT(モノのインターネット)関連ではその基礎知識を学ばせている。デンソーとサプライヤーの従業員が訓練対象だが、タイ政府機関の推薦者を受け入れるケースもある。マレーシア、インドなどに出かけて出張教育することもあり、フィリピン、インドからの訓練生も受け入れている。英語が基本だが、ベトナム人には通訳をつけている。

訓練ではトライアンドエラー(試行錯誤)しながら各自の「気づき」を最重要視したプログラムが組まれている。例えば不要なモノも混ざった籠の中の部品を使って、完成品のサンプルを見ながら同じモノを組み立てて行くが、不要な部品がなければもっと早く組み立てられることなどに気づいてもらう。これは5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)の訓練にもなる。また、何度位の熱が出ているかといった五官(感)を研ぎ澄ましてもらう各種設備も備えている。

デンソーでは1971年以来、技能五輪に選手を送っており、これまでに多くの金、銀、銅メダルを獲得しているが、デンソー・タイランドに所属するタイ代表は、カナダ・カルガリー、イギリス・ロンドン、ドイツ・ライプツィヒで行われた国際大会の「CNC旋盤」職種で4大会連続の金メダルを獲得するなどの好成績を残している。

タイ日産自動車ではプレス工場とピックアップトラックの組立ラインを見学した。タイの自動車生産・販売は初回自動車購入者への減税終了などから低迷し、タイ日産自動車でも2017年は約13万5,000台の生産に終わったが、「2018年には15万台に回復、2019年からは再び右肩上がりの状態になる」と説明された。タイ工場のプレスラインでは現在NGが1%出ており、日産自動車で最高のメキシコ工場の0.2%を目指して改善を進めているという。NGが出る主な原因はインナー部品のバリの問題だそうだ。タイから114カ国に輸出しており、ルノー日産アライアンスの47ある組立工場で、タイ工場は2020年までにトップ5に入ることも目標。2016年の三菱自動車との資本提携以降、タイのピックアップ組立工場では「組立方法について三菱から学んでいる部分もある」と説明された。

 

日系大手が進める稼働状況の“見える化”

日本、米国、メキシコ、中国、インド、タイに進出している大手ダイカスト専業メーカーであるアーレスティのタイ法人であるタイ・アーレスティ・ダイはアユタヤのハイテク工業団地に工場を構えている。山下一男社長(MD)が説明と工場案内をしてくれた。125トンから2500トンまでのダイカスト製品用の金型を年に10~20型生産してホンダエンジニアリングなどに供給している。1番型については日本で生産し、2番型からタイ工場で担当しているという。毎年5、6人の従業員が辞めるが「若い人が多い」という。2011年にタイのアユタヤを直撃した大洪水で工場内も2メートル以上も浸水し、保険も入っていなかったことから大きな打撃を受けたが、早急に再建させてきた。現在の従業員数は58人で日本人は山下社長を含め2人だけ。CADはリーダー1人、エンジニア3人、CAMはリーダー1人、エンジニア5人だが、全員タイ人でタイ人がタイ人を教えている。

型別部品別日程計画表、工程表もタイ人だけが制作して時間管理を行っており、朝には夜勤の作業状態が一目でわかるようにしている。工具取得などで工場内を歩く歩数が短縮できる改善活動もタイ人が自主的に取り組んでおり、「改善は楽しいこと」と意識してもらえるように努めてきたという。2017年11月からは各機械装置に信号灯を乗せて機器の情報を取得し、生産工程の改善を図る取り組みも開始した。

NC放電加工機のパイオニアとして知られるソディック・タイランドは、バンコク郊外のパトゥムタニ県のナワナコーン工業団地で放電加工機や射出成型機を生産している。表面実装機(マウンター)などを導入して機械に組み込むプリント基板(PCB)10種も内製している。2013年2月1日には近くに第2新工場を落成し、現在はこの第2工場内で新工場の建設が進んでいる。これら両工場を塚本英樹社長の案内で見学して回った。

ソディックのタイ工場は1988年から立ち上げほぼ30年になり、従業員数は1,000人。組立工程で行われているキサゲ加工は巧の技が必要とされる精密加工だが、ここでもタイ人がタイ人に教えている風景を見かけた。タイのソディックの各工場でもIoT化の一環として工場の稼働状況を“見える化”する実験を開始していた。

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