タイ自動化最前線 -ロボットに命吹き込む システムインテグレーター-

タイ政府は2015年、長期ビジョン「タイランド4.0」を打ち出し、2036年までの高所得国入りを目指すとした。その中で掲げられた重点産業の一つがロボット産業だ。今後もタイの製造業が高い競争力を維持させるためには、生産設備における一層の自動化の推進が不可欠。その中でカギを握るのが、システムインテグレーターと言われる業種だ。

文 長沢正博

システムインテグレーターの育成急ぐ政府

タイ政府は昨年、5年間で2,000億バーツの投資誘致を目指すロボット産業振興計画を承認している。BOIはロボットや自動化システムに関連する企業に対して、法人税を3年間にわたり50%減税し、財務省はロボットの製造、自動化システムの製作に必要な部品や装置の輸入に減税措置を講じるとした。また、タイドイツ研究所(TGI)、電気・電子研究所(EEI)、キングモンクット工科大学フィールドロボット研究所(FIBO)、チュラロンコン大学など8つの機関が参加してロボットの研究開発を強化、人材育成を加速させる。さらに5年間でシステムインテグレーターを1,400社まで増やす目標を掲げた。

上記のプランにもある通り、自動化を進めるうえで重要な役割を担うのがシステムインテグレーターだ。メーカーが販売する産業用ロボットには、基本的にアームなどは付いていない。システムインテグレーターは顧客の要望を踏まえて、関連装置、周辺設備を組み合わせて、生産現場でロボットが機能するように自動化システムの提案、設計、製作までを行う。現在、タイにはシステムインテグレーターが200社程あるとされ、タイの産業高度化にはこのすそ野の拡大が欠かせない。

デンソーは今年1月、次世代のリーンオートメーションシステムを取り入れた生産ラインを用いて、タイでシステムインテグレーターの育成を行うと発表している。工業省内に設置されるショーケースは、デンソーが培ったリーンオートメーションに、日本の経済産業省が推進する“Connected Industries”を組み合わせた次世代の生産ラインだという。科学技術庁や大学、教育機関、システムインテグレーター、野村総合研究所、レクサーリサーチと共同で教育内容や教材の開発を進め、4月から育成プラグラムをスタートさせる。

ロボットアカデミーに協力する日系企業

アルミダイカストの自動化システムなどを手掛ける三明機工(本社:静岡県)は、2013年にTGIでロボットアカデミー開講させた。ロボットなどの設備をTGIに提供し、開校時は日本本社から技術者が半年ほどタイに滞在、タイ人トレーナーを教育した。現在はTGIのタイ人トレーナーによって月一度のペースでロボット講習会が開かれ、これまでにのべ300人近い卒業生を輩出しているという。また毎年、マニュファクチャリングエキスポに合わせてTGIと共同で講演会を開催している。昨年、TGIと契約を更新。今後2年間、同様の取り組みを継続することが決まった。

三明機工は2011年、タイのチョンブリ県アマタナコン工業団地内に現地法人サンメイ・メカニカル・タイランドを設立。その中で、タイ人エンジニアの育成の必要性を感じ、工業省にアカデミー構想を持ち掛け、賛同を得て開校に至った。サンメイ・メカニカル・タイランドでエグゼクティブアドバイザーを務める川原達郎氏は「タイ語のマニュアルがない中で、タイ語で講習を行っているのは大きなメリット。第三者機関ということで行きやすいようで、ロボットの購入を検討しているという企業の方も大勢お見えになっています」と話す。

自動化の現状に関して「単にタイ人ワーカーとロボットへの投資を費用対効果で捉えるとまだ合いません。一番大きいのは品質の安定、生産性の向上」と話す。例えば、ダイカストマシンは型が開いている時間が長くなると型の温度が下がり、品質に影響する。ある程度重いワークならなおさら、人力に頼っていては作業にムラが出る。ロボットによって安定的に生産を進めることで、品質の向上を図ることができるのだ。最近は、型締力350tほどの小型のダイカストマシンでも自動化が進んでいるという。「本来は人がやる方が安い。けど、品質の安定や作業者の定着の問題で、タイでも同じように自動化が進んできている。日本と変わらない職場になって来た」と語る。

TGIからはビジョンセンサーとロボットを組み合わせる分野の知識を教えて欲しいという要望が来ている。「一つの流れとして目のあるロボットの需要が多くなっている」(川原氏)。同社でも今後、より簡易にカメラと協働するロボットの展開を目指す。

タイで独立、従業員こそ財産

バンコク郊外チャチュンサオ県のBP工業団地に工場を構えるハル・システム・ディベロップメント・タイランド。中村康治社長が2014年にタイで設立したシステムインテグレーター企業だ。中村社長は「(システムインテグレーターは)製造業ではない。お客様が困っていることを解消するサービス業だといつも言っているんです」と語る。顧客のニーズに合わせて都度異なる構想を描き、設計、製作、一品一様の自動化システムを手掛けていく。決められた製品を作る生産ラインとは異なる。30年以上の経験を持ち、その何たるかを分かっているからこそ、システムインテグレーターを増やすタイ政府の方針を理解しつつ、「システムインテグレーターというのが何者なのかをどこまで分かっているのか」と話す。

従業員は15人。中村社長以外は全員タイ人だ。社内にCAD3台を備え、設計もほぼ社内で行う。「一人ひとりが全部できるようにしたい」と明確な部署分けはしていない。取材日も従業員がそれぞれの画面に向かって忙しそうに作業していた。「以前より見積り案件は多くなっています。やはり人件費が応えているようです。数年前なら償却できないと諦めるお客様が結構多かった。それが今、だんだんと採用されるようになってきた」。タイの自動化設備を見た本社の日本人が、「日本に逆輸入したい」と話したケースもあったという。

中村社長は語る。「彼らにとって母国語のマニュアルがすべて揃っているわけではない。調べることに費やすエネルギーは大変だと思います。日本語で読んでも難しいものを、英語で読んだら分からないだろうな、と。日本人が恵まれているのは、日本のメーカーが信用を得て特に工場設備などに多く使われている。基本的に日本語のマニュアルが全部あるので、僕らは何の不自由もない」。タイ語の教材、マニュアルをいかに充実させるかは、タイのシステムインテグレーター育成のカギの一つになるかもしれない。「設備で仕事をする会社ではない。財産は彼ら従業員です。彼らが続けてくれる事がお客様へのサービスにも繋がります」。

人件費削減だけではない自動化のメリット

切削加工のロクハ精工(本社:長野県)のタイ法人、タイロクハでは自動車などの精密部品製造、センタレス研削盤のオーバーホールのほか、自動化システムをタイで提供している。同社の髙木啓輔社長もタイの現状について、「今のレベルの人件費では、まだロボットの方が割高」としつつ「でも、人件費ではない部分がある」と語る。ロボットによって削減できる人件費の計算だけをしていては見えてこない自動化のメリット。高木社長はそれを直行率とする。自動化によって工程がスムーズに流れることで、生産量および売上の向上につながるというのだ。「例えば流れが悪い工程があって、そこをロボットで自動化して詰まらなくなると、全部良い方向に行く。疑問に思われるかもしれませんが、問題なく流れるようになると、全体の数が増えるんです」(髙木社長)。

ワラコンMDは「タイはロボットを買うことはできる。ただ、技術力を持ったシステムインテグレーターがまだ少なく、問題が多い。自動化においてはまずコンセプトデザインが重要ですが、タイのシステムインテグレーターはこのコンセプトデザインから問題を抱えている。信頼のおける企業を選択することがとても重要」と話す。同社ではストッカー付きローダー装置を汎用化して販売している。2台のマシニングセンターや旋盤に対応するローダー装置などとして使用でき、位置反転装置(オプション)により表裏反転も可能だ。

髙木社長らの言葉が説得力を持つのは、自社の部品加工工場にも自らロボットを導入しているからだろう。「最初は元が取れないと思ったけど、導入したら違う結果が出た。色んな弊害も出るので、なるべく早く自動化をした方が良い」(髙木社長)。自動化したら担当台数が増えたと昇給を求められたり、トイレ休憩の間にロボットを止めるなど、当初は従業員から思わぬ反応が起こった。それらの経験を含めて伝えることができる。タイの人件費はまだ上昇を続ける。上がってから導入するよりは、今から準備しておくに越したことはない。危険な工程を自動化すれば、安全対策にもなる。

今後の普及に向けては「ロボットを単なる設備ではなく、あそこの工程が忙しいから移行させようといった、人としての感覚を持たないといけない」(同)と述べた。

 

 

3月号で特集したロボットメーカーに続き、今回、システムインテグレーター企業に話を聞いた。単純な人件費計算ではまだロボットへの投資に見合わないものの、着々とタイの製造業で自動化が進んでいる様子が垣間見られた。システムインテグレーターの重要性は日本でも変わらない。経済産業省と日本ロボット工業会は今年3月、ロボットシステムインテグレータ(ロボットSIer)を紹介するウェブサイト(http://www.robo-navi.com/sier/index.html)を開設し、システムインテグレーターに関するビデオやパンフレット、ロボットを導入した企業へのインタビュー動画を作成した。日本でも、人手不足解消や作業環境向上の切り札としてロボットの活用が期待され、経産省らがシステムインテグレーターのスキル標準を取りまとめるなど、業界の整備を進めている。「タイの自動化は思ったより早く進むのでは」との声も聞いた。いざという時のタイ人の取り組みの速さは目を見張るものがある。日本もうかうかしてはいられないだろう。

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