タイ鉄道新時代へ

【第92回(第4部8回)】 悲願の新線デンチャイ~チェンコーン線その2

北部プレー県デンチャイ駅から分岐してほぼ真北に進み、チャオプラヤー川の支流の一つヨム川やガーウ川沿いに建設が計画されている北部本線のデンチャイ~チェンコーン新線は、総延長が323キロ。工事はこの区間を3つに分け、早ければ年内にも着工される見通しだ。総事業費は729億バーツ(約2600億円)。新型コロナで低迷した経済のテコ入れや、中国・ラオスとを結ぶ新たな交易路に発展するとも期待されている。1941年の構想誕生から80年。2018年に閣議決定した後も軍政下の混乱等で遅れるに遅れたが、ようやく手の届くところまで事業化が見えて来た。開通予定は、当初計画の22年から25年に軌道修正されている。(文と写真・小堀晋一)

分割された工区は、デンチャイ~ランパーン県ガーウ間が約104キロ、ガーウ~チェンライ間が約135キロ、チェンライ~チェンコーン間が約84キロの計3区間。時期をずらさず同時着工の予定で、少しでも遅れを取り戻したい意向だ。すでに5月に電子入札を実施し、タイ企業が応札した。3区間とも最低制限価格から0.05%~1.12%下回る価格が提示されたため談合がなかったかなどの調査が行われているが、間もなく再入札も含む結果が示される見通しだ。工程表に大きな影響はなく、来年までに順次着工の運びだ。

建設への期待は、構想から80年というメモリアル性だけではない。沿線には歴史的な観光地も多い。運輸省の試算で、新線が複線で実現された場合、利用する乗客は初年度が1日あたり5000人強、30年後には1万人に達すると予測されている。これに合わせて、取扱貨物輸送量も30年後には95万トンを上回るとみられている。輸送量の増加によって地元に落とされるカネも増え、経済効果によって地域経済の活性化が図られるという見立てだ。

期待されるのは、それだけではない。チェンコーンからメコン川を渡河し、ラオス・ボーケーオ県ファーサイ、さらにはその北のルアンナムターを経れば、中国国境ボーテンは目と鼻の先だ。21年末に完成が予定されている中国昆明とラオスの首都ビエンチャンを結ぶ高速鉄道「中老鉄路」と接続させることも可能で、実現すれば建設中のビエンチャン回りの東北部ルート(中老鉄路を事実上延伸させるルート)に加え、タイ北部を経由する2つ目の対中交易輸送路が誕生することになる。

軍の政治への関与が今後も続くであろうタイでは、〝民主化〟を求める欧米諸国との蜜月や長期にわたる資金援助はなかなか期待できない。一方で、人口減が始まるとはいえなお世界最大を誇り、経済力・軍事力で圧倒する中国と共存する道は選択肢の一つとして残しておきたいところ。こうした思惑もあって、タイ政府はインフラ工事の中でも北部新線の建設を優先して進めている。

市場の動きも活発化している。チェンコーンを経由する中国との交易が盛んになれば、荷物積み替え用の物流倉庫の需要がメコン川沿いに増す。運輸省陸運局はすでに第1期分の開発を終え、運営を民間に委ねる考えだ。開発投資額は約21億バーツ。年末までに入札を実施する予定で、15年間の事業運営権をめぐってすでに複数社から参加への意向が表明されている。

また、山岳地帯を縫う難工事が予想されることから、建設工事の受注で売上増を狙う企業も現れ始めている。岩盤の掘削などを手掛けるライト・トンネリング社は新線建設工事の受注に名乗りを上げている。受注が実現できれば、今年の年間売上高予想が36億バーツの同社にとって大きなプラスとなる。ほかにも中堅ゼネコンなどが入札への意欲を示している。

分岐駅となるデンチャイ駅は、プレー県デンチャイ郡にあり、県中心部からは車で25キロ強、30分以上もかかる。バンコクや大都市との移動にはもっぱら大型長距離バスや航空路が使われており、バスターミナルも空港も市街地に存在する。

このため、分岐(ジャンクション)駅になるというのに、駅前には売店や飲食店の一つもないという寂しさだ。今後、観光客らがここで乗り換えをするようになることを考えれば、駅前の再開発や整備は喫緊の課題となる。このため県や地元郡役所も、早急に開発計画をまとめることにしている。

中国とを結ぶ交易路の分岐点として「全国鉄道建設計画」に記載されるようになってから三四半世紀強。歴史の彼方に埋もれようとしていた田舎の町は、21世紀になって見事に復活を果たした。だが、それは過度に中国に依存することにもなりかねない諸刃の剣であることに間違いはない。(つづく)

2021年11月1日掲載

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