タイ企業動向
第73回 「コロナ保険で苦しむタイ損保業界」
新型コロナウイルスのタイ国内感染が落ち着きを見せる中、ウイルスに感染した人たちを対象とした損害保険をめぐる混乱が広がっている。保険金の支払い請求が増加し、損保各社の経営を圧迫しているのだ。主要な損害保険会社26社のうち、これまでに5社が経営破綻したか事業権の取消処分を受けた。支払不能となった保険金は業界で作る損害保険基金が支払いを代行するが、損保各社への制裁も厳しく課されている。基金では会社側による一方的な保険解約を禁止し、資産を処分させるなどして支払いに充当させている。今後は後遺症に対する保険請求が混乱の中心になるとの見方も広がる。コロナ保険で苦しむタイ損保業界の今を概観する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
コロナ保険は、タイで新型コロナ感染が広がった2020年3月ごろから販売が始まった。1口300バーツ(約1100円)程度から加入ができ、感染した場合は最大で5万バーツの一時金を受け取れるというものだった。最盛時で19社がコロナ保険を販売。各社とも当初、保険金請求はそれほど多くないと見積もっていた。ところが、21年4月から始まった第2波を端緒に請求が急増。次々と財務状況を悪化させていった。
第2波は、バンコク・トンロー通りにある娯楽施設で発生した集団感染(クラスター)がきっかけだった。娯楽施設にはタイ政府高官や有名人が出入りをし、ここから地方にも感染が広がっていったことから各種メディアの報道も加熱。事実ではない報道も散見された。この結果、国民の間にコロナ保険への加入意識が高まり、契約や保険金請求が急増。同年4月に3億バーツ余りだった請求額は5月に11億バーツ、6月に20億バーツ、7月に40億バーツ、8月に94億バーツと倍々式に増え、損保各社の経営を圧迫していった。
21年中に事実上経営破綻し、事業権の取り消しを受けたのは2社。アジア損保1950とジワン損保で、前者は保険金を捻出するため従業員の大量解雇を行ったことから取り付け騒ぎも起こった。一方、22年になって破綻したのが大手財閥TCCグループ傘下のサウスイースト損保とタイ損保、それに7月17日に中央破産裁判所で会社更生手続きの始まったシンマンコン損保の3社。他にも破産予備軍が数社いるとされている。
このうちシンマンコン損保は195万件のコロナ保険を販売しており、全てに支払義務が生じた場合、総支払額は1600億バーツを突破することが確実視されている。同社は破綻直前、残存するコロナ保険の一方的な解約を宣言。加入者へ保険料を返金しようとしたが、国がこれを認めず、裁判所の下での再建を余儀なくされた。
当初の一時金給付型は見られなくなったものの、今でも5~6社がコロナ保険の販売を続けている。ただ、いずれも昏睡状態になるなどの条件付きで、新たに保険金の支払義務が生じるケースは少なくなった。だが、一度感染した人への後遺症補償は別だ。国の保険委員会事務局は7月1日に新たな保険金契約の基準を発表。過去の感染歴を理由に損保側が契約の更新や延長を拒絶できないとした。新たな支払義務の可能性を抱えたまま、タイの損保業界は苦難の道を歩むことになる。(つづく)
2022年9月12日掲載
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