タイ鉄道新時代へ

【第43回(第3部第3回)】インドシナ縦貫鉄道構想その3

タイの首都バンコクを拠点としたインドシナ半島縦貫鉄道構想で、最もミッシングリンク(未開通区間)が多いのがカンボジア区間だ。現在、整備が進められているタイ国境ポイペト~プノンペン間もポルポト政権下で設備の多くが破壊され、直ちに定期運行ができる状況にはない。わずかにレールの残るプノンペン~シソポンの間で、住民が自作したパレット状のスケーターを使って私的〝運行〟がなされているだけにすぎない。それが、一昨年のタイ・プラユット暫定首相とカンボジア・フンセン首相のトップ会談で一気に気運が高まったのがこの区間の整備だった。だが、その背後に中国企業が大きく存在していることはあまり知られていない。中国がイニシアティブを取りつつあるカンボジアの今をお伝えする。(文と写真・小堀晋一)

プノンペン国際空港から東に路線バスで30分ほど。メコン川近くに建つ著名な寺院「ワットプノン」のすぐ近くにカンボジア国鉄のプノンペン駅はある。白くそびえる洋風建築の駅舎の正面中央には建国の父シアヌーク元国王、その左端に現在のシハモニ国王の肖像画がそれぞれ掲げられている。首都の中央駅とは言うものの、ここから日々運行している旅客列車は1本もなく、わずかに南西部の深海港シアヌークビルを結ぶ南部本線が貨車を中心に細々と運行しているにすぎない。「世界一寂しい中央駅」と呼ぶにふさわしい。

このところ、プノンペンの高級ホテルで開かれるイベントや商談会では、中国企業の名をよく目にするようになった。道路敷設や鉱山開発、浄水施設の整備といったインフラ需要を見越した関連企業の進出が多い。これら企業の担当者は異口同音にカンボジアの潜在性を強調する。人口わずか2000万人に満たない小国だが、出生率が2.64人という将来性に期待しての判断だ。

その中に中国企業の中国中車股份有限公司(CRRC=China Railway Rolling Stock Corporation)がある。中国版シルクロード「一帯一路」構想の事実上の先遣隊役として期待された世界最大の鉄道車両メーカーだ。インドシナ半島は、中国沿岸部から東南アジアを経由し、スリランカ、アラビア半島の沿岸部、アフリカ東岸とを結ぶ「21世紀海上シルクロード」(一路)の重要通過拠点。当地を押さえておく戦略的な意義は計り知れない。中国政府が食指を伸ばす理由はここにある。

カンボジアの鉄道運営権は地元財閥のロイヤル・グループが30年間の期限で一手に握っている。もともとは豪州の物流企業トール・ホールディングス(TOLL HD)が55%を出資する合弁会社トール・ロイヤル・レイルウェーが事業主体であったが、トール社が14年末に事業の遅れと採算性の目途が立たないことを理由に撤退。全株式をロイヤル側に売却した経緯がある。だが、ロイヤル社は実績やノウハウに乏しく単独で鉄道事業を継続できると見る向きは少ない。ここに中国企業が参入できる余地があると見られている。

現在、カンボジア国内で進められている鉄道の整備計画は、北部本線(プノンペン~ポイペト、1929-42年建設、全長386km)と南部本線(プノンペン~シアヌークビル、1960-69年建設、266km)の大きく2つ。アジア開発銀行(ADB)と豪州国際開発庁がインフラ整備資金として1億4000万米ドルを拠出することになっていたが、トール社の離脱で行方は混沌としている。中国企業が表舞台に立つシナリオは日を追うごとに現実味を帯びている。

この予想図に説得力を持たせる動きはすでに始まっている。昨年10月、中国の習近平主席はプノンペンを初訪問。その場で1億ドルを超える資金援助を約束した。その3カ月前に開かれた東南アジア諸国連合外相会談で、南シナ海の領有権をめぐる国際仲裁裁判所の裁定をめぐりカンボジア政府が「中立」を示したことへの〝謝礼〟とされた。これ以降、中国国家要人や財界首脳などのカンボジア訪問や商談会などが際立つようになった。

中国はカンボジア最大の貿易相手国だ。その総額は年間50億ドル以上で、総貿易額の3分の1を優に超える。投資も積極的で、昨年度の投資認可額は中国はトップの約12億ドル。2位の日本を大きく抑えた。現在は南部シアヌークビル港周辺の経済特区を中心に資本が投下され、進出中国企業も3桁に達した。今後、この波が北部本線の整備関連事業に向けられる可能性は決して少なくない。

カンボジア国内の鉄道建設は、1920年代末に当時の宗主国フランスによって始まった。当初は、ハノイ~サイゴン~プノンペンとを結ぶインドシナ縦貫鉄道のメーターゲージ(軌道1000ミリ)延伸区間としての位置付けだったが、大河メコン川の渡河橋梁の建設が先送りされ、カンボジア国内での整備が先行した。32年にはプノンペンから北西部シソポン郊外までの約330km区間が開通。タイ側国境まで残すところ約60キロまでと迫ったが、当時の仏印財界が商圏をタイに奪われることを警戒して反対運動を強めた結果、その後に進出した旧日本軍によって国際鉄道が開通したという経緯を持つ。

それから70年余り。内戦後の復興によってようやく整備が始まったカンボジア鉄道だが、課題は山積している。その最大のものが開発原資の調達とそれを支える技術の供与だ。タイ国境区間ポイペト周辺の整備ばかりに目が行きがちとなるが、その他の区間の破壊や老朽化も深刻で、国境整備が終われば直ちに運行が開始できる状況にはない。こうした機会を虎視眈々と狙っているのが中国政府とその実働部隊である中国企業である。カンボジア区間全通後のヘゲモニー争いを見越した水面下での駆け引きはすでに始まっている。(つづく)

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