タイ鉄道新時代へ
【第52回(第3部第12回)】ラーマ5世が視察したジャワ鉄道その3
タイ近代化の父ラーマ5世(治世1868~1910年)が約150年前に視察したインドネシア・ジャワ島の鉄道建設現場。欧米列強の進出が続く最中、18歳の若き国王の目には、新時代の乗り物は一体どのように映ったのだろうか。記者(筆者)は今回、その足跡にわずかでも触れることはできまいかと、ジャカルタを発着地とする2泊3日のジャワ鉄道周遊の旅を計画、実行に移した。全2泊が車中泊という総乗車時間27時間を超える旅。いよいよジャカルタ・ガンビル駅からそれは始まる。(文と写真・小堀晋一)
ジャワ市街地の交通混雑緩和を目的にターミナル駅機能を分散させ、ジャカルタ・コタ駅がその地位から降りたのは今からおよそ20年前。スラバヤやジョグジャカルタなど地方の中枢都市とを結ぶ長距離列車のうち、一等列車の「エグゼクティブ(インドネシア語でEksekutif)」は全てが南に5駅のガンビル駅に移転したことは紹介した。今回の旅もここからスタート。某日某日午後3時、ジャカルタ郊外にあるスカルノ・ハッタ国際空港からのタクシーを降り立った記者は、まずはガンビル構内外を散策することにした。
シンボルカラーの黄緑色で彩られた3階建ての駅舎はどこか幾何学的な近代建築物のよう。タイ国内の古い平屋建てに見慣れていた者としては、ジャカルタのそれは遙かに近未来的に映った。一方で、駅舎の外では青色の三輪タクシーの運転手が長蛇の客待ちをしている。タイ語で「トゥクトゥク」と呼ぶそれはインドネシア語で何と呼ぶのかを尋ねると、運転手の一人は「何だ知らないのか。バジャイ(BAJAJ)って言うんだ」と教えてくれた。後で分かったことだが、騒音と排ガスから近年は邪魔者扱いされることも少なくないという。
乗車券の発売所は1階エントランスをくぐった南北にそれぞれ1カ所ずつあった。自動券売機も数機備え付けられているが、乗客の多くは窓口に列を成している。そのうちの一人でジャカルタに住む自営業のハッタイさん(43)に尋ねてみると、「インドネシア人は機械に慣れていない。みんな並ぶのが好きさ」と笑顔で返してくれた。
チケットはタイから彼の地に降り立つ前にインターネットの専用サイトで予約をしていた。以前、この連載でも紹介したが、同じ長距離列車のベトナム国鉄の場合、決済には同国内発行のクレジットカードが必要で事前購入には困難が伴った。だが、インドネシアのケースではそのような制限はなく国外にいても購入手続きを進めることができた。
数ある長距離列車の中から記者が選んだのは、ジャカルタ・ガンビル午後7時15分発のエグゼクティブ。終着駅はジャワ島東端のインドネシア第2の都市スラバヤにあるスラバヤ・パサールトゥリで、翌朝5時43分に到着の予定だった。チケットは構内に配置されたオレンジと青のツートンカラーの専用発券機で簡単に手にすることができる。ネット決済時に受け取った予約番号を打ち込むだけ。手続きはこれで完了。後はパスポートを添えて、改札をくぐればよかった。
出発まで、まだ時間はたっぷりとあった。そこで構内をぶらぶらしていると、ふと「鯛焼」の看板が目に付いた。さらに見ると「富士山鯛焼」とある。店頭で留守番していた男性の説明で、静岡大学大学院で経営学を学んだインドネシア出身の青年実業家が出店した店だと分かった。添加物を使わない日本ならではの製法。日本の茶屋のようなイメージ作りに努めているという。「旅のお供に」と売り出し、なかなかの好評だという。
午後6時すぎ、改札を通り3階にあるプラットフォームを目指した。ところが、帰宅時間というのに人影はまばら。無計画に鉄道の建設が進められた結果、ガンビル駅は長距離列車が中心となり、通勤用の都市鉄道(コミュター)の利用がめっきりと減ったのが原因らしい。なるほど見ていると、入線する数本に1本の割合でしか同駅には停車しない。目の前を多数の乗客を乗せた列車が通過する様は、ある種異様にも見えた。
清潔感のある少しクリーム色がかった白い長距離列車が入線したのは、それから40分ほど経ってからのこと。お目当ての車体に描かれた青とオレンジのツートンのラインが実に鮮やかに映った。いよいよ乗車が始まる。チケットに印刷された座席番号1号車の1Cを目指す。前列の母子連れに次いで乗り込んだ時に真っ先に感じたのが、「何だ。10時間も乗るのに寝台車じゃないのか」という思いだった。
後で分かったことだが、ジャワ島の鉄道には日本やタイのような寝台車両は存在しない。リクライニングとエアコンの効いた一般的な車内で、配布される毛布にくるまって寝るのが通常なのだという。それでも1等車のエグゼクティブは、まだましな方だとか。3等のエコノミー車両となるとノンエアコンに座席は固定のロング。隣の乗客と身体を接して休まねばならなかった。
ジャワ島を周遊するラーマ5世の足跡を偲ぶ旅。いよいよジャカルタを出発した。次回は第2の都市スラバヤから古都ジョグジャカルタにかけて。(つづく)