タイ企業動向

第14回 タイの病院事業

まるで一流ホテルかインテリジェンスオフィスかと見間違うかほどの華やかさに美しさ。治療に訪れたタイの著名な病院で、そんな印象を抱いた読者も少なくないだろう。タイでは「医療事業」は既にビジネスとして確立されており、事業者らは少しでも多くの良質な顧客(患者)を獲得して、収益を上げようと努めている。サービスの提供も当然に経済原則に則して行われ、全てにおいて無駄を感じさせない合理性が最大の特徴でもある。富める者は極上のサービスを受け取り、組織を拡大しようとする者は合併や買収を繰り返す。熱を帯びるタイの病院事業が今回のテーマ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

タイの病院事業で現在、ダントツのトップを走るのが「バンコク病院」を母体とした「バンコク・ドゥシット・メディカル・サービシーズ(BDMS)」だ。自らも外科医だったプラサート・プラサートトーンオーソト社長が1969年に設立した小病院が源流。プラサート社長は最先端の医療設備を備えていくにあたり、どんな医療従事者や患者にも分かるよう多国籍言語に対応した通訳を配置するなど付加サービスの充実に努め、事業を拡大していった。

現在のグループ名に改めたのは72年ごろ。このころから加速度を増して病院の買収・合併を進めていった。傘下に配置した病院については新規株式公開(IPO)を実施する一方で、得られた資金を元手に新たな投資を行った。こうして次々と配下に収めていった医療施設は今では約50にも上る。

プラサート社長は個人でも株式を保有しており、いつしかそれは「株長者」として氏を世に知らしめる要因となった。タイの金融専門誌「マネー&バンキング」によれば、16年時点での保有株時価総額は約652億バーツ。首位に躍り出た13年の既に2倍にも達している。このほか、航空会社バンコク・エアウェイズの株式なども多量に保有している。

BDMSの徹底した買収路線は、バンコクの既存4大大規模病院の勢力図さえも塗り替えた。全外国人患者に対する日本人患者の割合が4割にも達するサミティヴェート病院のほか、シーロムにあるBNH病院もが次々とBDMSの傘下に収まり、その他各地にある拠点病院も「バンコク病院」と同じ色彩のロゴに切り替わった。今では同等に渡り合えるのは、中東からの富裕層誘致に実績のあるバムルンラード病院ほどしかない。プラサート社長は投資後に速やかに資金回収が図れるM&Aを基本戦略に今後もグループを拡張していく方針だ。

 

その対抗馬であるバムルンラード病院。年間の患者数約120万人は業界でも群を抜く。うち外国からの患者はその半分、売上ベースでは3分の2と、BDMSと同様に海外からの顧客獲得を戦略の柱としてきた。15年からの5カ年計画では160億バーツの資金を投入、既存施設の改善・増床と医療機器の拡充を実施する。海外事務所も18カ国33カ所に展開し、渡航前からの医療相談にも応じている。近年は中国やインドネシアからの患者が増えているという。

ところが昨今の原油価格の下落で中東方面からの渡航患者が漸減に転じるようになると、事業方針の転換を余儀なくされるようになった。このため昨年、国内36の中小病院との大がかりな業務提携に舵を切って関係者をうならせた。概要はこうだ。高度な医療設備とスタッフを抱える同病院。一方で各地の小病院は設備面で劣るものの患者との関係性は深く、機動力では負けない。状況に応じたきめ細やかな相互受け入れが提携の柱となっている。

ただ、この提携には将来のM&Aを視野に入れたバムルンラード側の意図が透けて見える。既にタイ国内には300にも上る大小私立病院グループが存在しており飽和状態は業界の共通理解だ。新たな病院の開設より、手っ取り早く買収を行ったほうが利益につながりやすいと考えたとしても無理はない。これまでの中東戦略を保持しながら、新たな組織拡大に向かう公算が高い。

 

中堅病院グループも攻めの守りに積極的だ。ベット数ではタイ国内3位の規模を誇るトンブリ病院。国内だけでも18の病院を展開、その総ベット数は3000床にも上る。目下の関心事は高度医療化時代に備えた癌センターなど複合医療施設の開設だ。既存施設の改修なども合わせると事業資金は総額100億バーツにも膨らむ。

そこで検討の末に編み出されたのがIPOだった。これにより総額50億バーツが調達できると目論むほか、200床を見込む総合医療施設「ノーザン・メディカル・シティ」の建設にも弾みが付くと踏む。今後は高齢者医療の充実にも力を入れる。

こうしたIPOによる資金集めは他の中規模病院でも活発だ。アユタヤ県を地盤とするラチャタニー病院は昨年9月にIPOを実施。約12億バーツの資金獲得に成功した。これにより磁気共鳴画像装置(MRI)検査センター開設に目途が付いたとする。病院関係者は「小規模病院にとってIPOは資金調達の優良手段だ」と話す。

バンコクのラプラオ通りにあるラプラオ病院でも15年にIPOを実施。資金の一部を元手に経営難に陥っている小規模病院を買収するほか、事業拡大の原資として活用する。昨年7月に上場したバンコク西郊サムットサコン県が地盤のエカチャイ病院も同様で、IPOで得られた資金を従来からの強みである小児、救急医療に注入。小児科でのワンストップサービスを実現するとしている。

生活の向上から健康志向が高まり、今では欧米や日本にも劣らない医療社会となったタイ。海外からの訪問客も招きながら、国内においても新たな市場が形成されようとしている。(つづく)

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