タイ企業動向

第39回「タイのデリバリー事業」

大消費地バンコク首都圏で、電子商取引(Eコマース)や出店サイトなどで購入した商品の配送を担う新規のデリバリーサービスが急増、拡大している。手掛けるのは、無料配車や無料通信アプリの事業会社、配送大手、荷物の受取業者などの新興企業だ。彼らが着眼したのは長年、通信業界で使われてきた「ラストワンマイル」という概念だった。専門の業者が商品倉庫から顧客の玄関口までの配送業務を一貫して担う、といった従来からの固定概念を打ち破る画期的なサービス。利用者の支持も高く、爆発的な勢いで市場が拡大している。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

ラストワンマイル(Last one mile)。もともとはインターネットなどの通信市場で、ユーザー宅に接続する回線の最終工程を指す用語だった。通信事業者の最寄の基地局からユーザが利用する建物までのネットワーク接続の構築と言えば分かりやすい。これが物流業界に転じ、盛んになったのが昨今のタイの新規デリバリー事業だった。

Eコマースに加え、近年増えているのが、社会的要素を取り入れたソーシャルコマース(Sコマース)というビジネススタイルだ。例えば、ある商品の使いやすさを販売店や著名ブロガーらホームページやソーシャルネットワーク(SNS)上で解説。読んだ読者が同じものをその場で購入できるという仕組みとでも思えばいい。特定のもの、私が欲しいもの、そんなニーズが生まれるようになった結果、必要とされたのが、個別に迅速にしかも安価に配送を担うデリバリーサービス=ラストワンマイルだった。

着目されたのが、市中に余りある配送車両や二輪だった。例えば、荷物を運ぶことのできる1トンピックアップトラックとバンは、タイ全土で昨年末現在700万台弱。全登録車両の2割弱を占める。バンコク首都圏に限っただけでも150万台近い車両が存在し、これが有効に使われているかと言えば、稼動していない時間もあるなどそうとは言えない。値段が安く登録台数の大きな二輪なら、なおさらのことだった。

新規サービスの多くは、こうした余剰車両をどう活用するかに心血が注がれた。配車サービスで起業したGrab、無料通信からスタートしたSNSのLINE、さらには荷物を出荷したい販売店や個人らと実際に配送業務を担う車両の所有者をつなぎ合わせたDeliveree…。こうした新興企業がそろって着目したのが、誰もが持つスマートフォンの専用アプリによる配送の一括管理。すなわちプラットフォームの提供だった。こうして誕生した新規サービスが、タイ市場で「最後の1マイル配送」を次々と担うようになった。

いずれのサービスも、数千人単位で提携先の配送要員や配送業者を確保。顧客とトラブルを起こさないため、必要に応じて研修などのプログラムも用意する。このうちタイ資本のDelivereeは、配送ドライバーの教育向けに分かりやすく漫画を取り入れたマニュアルを用意。サービスにムラがないように努めている。代金決済は、集金スタイルはほとんどなくオンライン上がもっぱらだ。

拡大を続けるEコマース市場で、大手資本と組む動きも加速している。シンガポールで興ったninja VANは、ラザダやショッピーといったEC大手の受注を掴んで急成長を続けている。バンコク郊外のバンナー地区に物流倉庫を抱え、多くのトラックも保有している。ただ、タイではこれらに加えてSNS上の販売業者も重要なターゲットとする。専用のアプリを開発。90分以内に配送するというオンデマンド型の宅配サービス「ninja easy」も開始した。Sコマース市場がこれからの成長の核と見ているという点では変わらない。

配送という概念を180度回転させたサービスも登場している。ベンチャー企業のSKYBOXは、従来の配送から「宅配」の要素を取り除いた。出した結論が、利用しやすい駅での受領。商品の購入者はサイト上でSKYBOXを指定。後は自分の都合に合わせて、高架鉄道BTS駅構内にある窓口に赴くだけでいい。EC事業者はもとより商品を出店する個人からも評判を得て、提携先はうなぎ登りに拡大を続けている。1日に2000個以上の荷物の受け渡しが行われている。

堅調に推移するタイのEコマース市場は、今年も対前年比2割以上の高い伸びが見込まれている。このうち、Sコマース市場だけでも約500バーツ(約1800億円)と読むのが業界のおおよその見方だ。外資の資本参入も続くなど競争は激化の見通しで、タイのデリバリー事業への期待も今以上に高まっていきそうだ。

 

タイのデリバリー事業をめぐる最近の主な動き
企業名 主なブランド 概要
グラブ Grab シンガポール発祥で、東南アジア一円で配車サービスを展開する業界大手。昨年からオンデマンド型の宅配サービスを開始。小包や書類を扱う「Grabエクスプレス」、コンビニと提携した「Grabマート」、スーパーと提携した「Grabフレッシュ」がある。宿泊予約サイトブッキングやアゴダとも提携するほか、カシコン銀行と提携した電子決済サービス「Grabペイ」も開始する。
LINE LINE MAN 無料通信アプリ「LINE」のプラットフォームを活用した宅配アプリ「LINE MAN」を2年前からタイで提供。配送業者やタクシー会社などと提携して、小包配送や食品日用品などのデリバリーサービスを展開する。LINEのタイ国内の利用者は約4200万人で、全人口の3分の2にも。業務提携先にはEC向け宅配のアルファ・ファストやオンデマンド型配送サービスの香港系ララムーブなどがある。
Deliveree Deliveree 15年に創業したタイ資本。アプリ経由で荷物を配送したい販売店等と配送車両の所有者をマッチングするサービス。登録する車両所有者はバンコク首都圏で約5000人。タイで普及している1トンピックアップトラックが多く、荷台に専用のボックスを付けて配送する。一定の限度の下、荷物の個数ではなく、距離に応じて課金する仕組みを採用し、低料金化に努めている。
ninja VAN ninja easy シンガポールで14年に創業した配送大手。EC大手「ラザダ」や「ショッピー」などの配送を手掛けることで急成長した。タイ進出は16年末。同様にラザダなどのEC業者と提携するほか、ソーシャルコマース事業者の配送も行う。バンナーに物流倉庫を持ち、保有トラックは約600台、二輪約50台など。バンコク首都圏や東部地域にとどまらず、地方の都市など40県超で展開する。
ゴジェック GET 10年に創業したインドネシア・ジャカルタにある配車サービス大手。15年にスマホ用アプリを開発し、一気に市場を獲得。宅配のほか、決済サービスにも乗り出した。海外進出は18年のベトナムが最初で、今年からシンガポールでも展開する。3カ国目としてデリバリー需要の高いタイをターゲットとしており、新ブランド「GET」で宅配や決済などのサービスを始める方針。
SKYBOX SKYBOX バンコクの高架鉄道BTS駅で展開する宅配荷物の受取サービス。14年に1号店を設置後、利用者が急増し、現在は7駅で展開する。利用者はECサイトなどで商品を購入後、配送先としてSKYBOXを指定。最短3時間で商品が駅の店舗に届く仕組み。店頭での支払いや交通系電子マネー「ラピット」での決済もできる。提携する販売店は1000社を超え、拡大が見込まれる。

 

  • Facebook
  • twitter
  • line

関連記事