タイ企業動向

第43回「拡大するタイの乳酸菌・乳飲料市場」

身体の成長に欠かせないカルシウムやタンパク質を体内に取り入れるために、多くの人々が幼少期から継続して摂取しているのが牛乳。世界保健機関(WHO)によると、全世界の一人当たりの年間消費量は一般的な先進国で約115リットル。毎日牛乳瓶を2本弱飲んでいる計算となる。ところが、タイにおけるそれはわずか18リットル。1週間にせいぜい2本程度の摂取量しかない。代わって人々が求めているのが、乳酸菌や乳製品といった飲みやすい加工飲料だ。こうした牛乳由来の飲料は健康志向の高まりもあって伸び代が顕著となっており、ある種のブームを形成している。市場規模も年々拡大しており、内外からの参入も相次ぐようになった。企業はどのような取り組みを進めているのか。拡大を続けるタイの乳酸菌・乳製品飲料市場が今回のテーマ。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

バンコク近郊にある小中高一貫の私立学校の売店では、毎日昼時になると弁当や飲料を求める多くの生徒たちでごった返す。パンや弁当は20~30バーツ。飲料はほとんどが10バーツ以下だ。中でも最近、売り上げが伸びているのが乳酸菌飲料や飲むヨーグルトといった乳製品飲料。子どもたちに尋ねると、「お母さんから飲むように言われた」「甘くて牛乳より飲みやすい」といった声が多い。売店に納品している卸売業者もホクホク顔だ。

子どものうちから乳製品に親しむよう牛乳の摂取を勧めるのは、近年どこの国でも標準的な指針となっている。タイでも一人当たりの年間消費量を2020年までに25リットルにまで引き上げようと、政府が学校や業界に向けての啓発活動を続けている。だが、独特な臭いのある生乳そのものの伸びは緩やかで、代わって人気を集めているのが口当たりが良くておいしい乳酸菌飲料や乳製品飲料だ。メーカー各社は使用する牛乳を有機に切り替えたり、含まれる糖分を減らすなど健康にも配慮しながら新製品の供給を続けている。

業界の主要メーカーに聞き取り調査をしたところ、飲むヨーグルト市場は現在約80億バーツと試算される。牛乳に乳酸菌または酵母を加え発酵させた乳酸菌飲料市場も同様に80億バーツ前後とみられており、ともに対前年比10%弱の高い伸びを見せている。一方、600億バーツ前後の乳製品全体の市場の伸び率は同2~5%ほどでその差は大きい。ここに販路拡大のカギがあるとみられている。

消費量を拡大していくには、幼少のころからの定期的な摂取と、長持ちする、健康に良いなどの付加価値が欠かせないとメーカー各社は考えている。自ら乳製品の製造販売にも携わっているタイ酪農振興公団では、日本など先進国で最も浸透している超高温殺菌(UHT)法をいち早く開発。この分野でトップシェアを誇る。UHT製法は120~150℃の超高温で1~3秒間殺菌することから「ロングライフミルク」とも呼ばれ、滅菌パックの中で常温保存ができるのが特徴だ。

同公団はまた、健康に良いとされる有機牛乳の開発や、学校市場への浸透も進めている。中部サラブリー県東部ムワックレック郡に約134ライ(1ライ=1600㎡)の専用牧場を開設。乳牛が自ら好んで飼料が食べられるような環境を実現した。コストはかかるものの出来上がった牛乳はおいしいと評判で、販売価格や卸値を引き上げても売り上げは快調に推移している。学校への納品も始まっている。

他の民間企業でも同様に、製品の差別化や子ども向け市場をターゲットにした販売活動が始まっている。業界最大手のダッチミルでは、日常的に乳製品を摂取する人がタイではまだまだ少ない点に着目。子どもの頃からの習慣化が決め手になるとして、新しい乳酸菌飲料を投入する一方、販売員を増員して小売店でのセールや個別宅配に力を入れている。

このように加熱を帯びている乳酸菌・乳製品飲料市場だが、タイにおける酪農の歴史は意外と浅い。王室交流があった酪農国デンマークから技術が伝えられたのは1960年代初頭。政府主導のタイ酪農振興公団が設立されたが、熱帯の気候や貧しい酪農業界による設備投資が追い付かないこともあって、本格的な振興は近年になるまで見られなかった。タイ人に牛乳摂取の習慣が乏しいのには、こんな理由があった。

転機となったのは、子供たちの成長を目的に近年始められた政府の牛乳摂取奨励策だった。公立学校の生徒を主な対象に無償の「ノム・リーアン(学校牛乳)」を配布。定期的な牛乳の摂取を勧めた。青字の紙パックが特徴のノム・リーアンは一気にタイ人家庭に浸透するようになり、市場に牛乳の存在を印象付けた。

こうした中、注目されたのが、2013年9月に東北部イサーン地方の玄関口ナコーンラーチャシーマー県で開催されたバレーボールの女子アジア選手権だった。タイチームは決勝で日本と対決。平均身長で下回りながらも3セット連続で奪取。2大会ぶり2回目のアジアチャンピオンに輝いた。その背景には、23年までに18歳人口の平均身長を男子で8センチ、女性で5センチそれぞれ引き上げるという政府の長期的な肉体改造計画があった。(つづく。写真は各社の資料などから)

タイの乳酸菌・乳製品飲料等をめぐる最近の主な動き

企業名・ブランドなど 概要
ダッチミル タイ資本の乳製品最大手で、牛乳、ヨーグルト、飲むヨーグルトなどと取り扱い分野も幅広い。販売網も広範囲で、各種スーパー等のモダントレードから伝統的な小売形態のトラディショナルトレード、宅配、直販、学校販売、駅構内販売などがある。ヨーグルト市場では圧倒的なシェアを誇り、知名度も高い。
ヤクルト 日本のヤクルト本社が出資する「タイヤクルト」のバンコク工場などで乳酸菌のシロタ株を使った乳酸飲料を生産。現地企業などで作る「バンコクヤクルト販売」が小売り展開する業態を基礎とする。宅配、個別販売で全売り上げの8割前後をたたき出すヤクルトレディは現在約3500人。タイ全土に浸透する。
ビタゲン 乳酸菌飲料大手のタイ資本。永らくヤクルトに次ぐシェア2位を続けてきたが、後続組の進出などで近年は若干の苦戦模様。従来はスーパーマーケットなどでの小売り販売を重視してきたが、近年は販売員による直販にもシフト。3000人前後の専従人員を確保して拡販を目指す。缶コーヒーなども扱う。
CP明治 日本では「ブルガリアヨーグルト」で知られる明治グループがタイ最大の財閥CPグループとの合弁で展開する乳製品企業が同社。売上高の多くを低温殺菌牛乳が占めてきたが、このところ力を入れているのが飲むヨーグルトなどの乳製品市場。30億バーツ超はあるとされる同市場でのシェア獲得を目指す。
アクティビア タイ財閥大手TCCグループ傘下の総合商社バーリ・ユッカー(BJC)が出資する仏系乳製品製造会社「ダノン・デイリータイランド」の乳酸菌飲料ブランドが「アクティビア」。BJCが2012年に買収し、系列化した。同市場ではヤクルト、ビタゲンに続くが、3強入りが当面の目標。直販に力を入れる。
フォアモスト タイで牛乳やヨーグルトなどの乳製品を製造販売する蘭系「フリースランド・カンピーナタイランド」の主要ブランドが「フォアモスト」。タイ全土で4000戸を超える酪農農家と高値での買取契約を締結。オランダから技術者を招いて生産性を高める取り組みも。近隣アセアン諸国への輸出も加速させる。
タイ・デンマーク タイ酪農振興公団が、タイの酪農業振興に貢献したデンマーク人技師にあやかって付けたブランドが「タイ・デンマーク」。超高温殺菌牛乳のジャンルでは首位グループにあり、学校など児童向けの市場にも強い影響力を持つ。3年前からは飼料を厳選した有機牛乳の本格生産にも着手。さらなる浸透を目指す。
カルピス 日本のアサヒ飲料グループ傘下の乳製品・乳酸菌飲料メーカー。大正年間の1919年に販売が開始され100周年を迎えた。タイには約20年前に進出し、希釈飲料を生産販売。2017年11月からは濃縮原液タイプの生産も開始し、小売店ほか外食市場への浸透を目指す。栄養ドリンク首位オーソトサパーとの合弁。
グリーンスポット 「バイタミルク」ブランドで知られるタイの豆乳飲料メーカー大手。タイで初めて豆乳製品の事業化に成功した。健康には関心が高いものの、動物性タンパク質を受け付けない高齢者などをターゲットに市場拡大を目指す。売上高の9割以上を豆乳事業が占めることから、多角化も検討している。
ラクタソイ タイの豆乳市場で現在首位にあるのが、ブランド名も同じ同社。推定市場占有率は約55%にも上る。イメージ戦略にも長けており、市場調査会社の人気調査でネスカフェに次ぐ2位の健闘ぶり。タイでブレイク中のアイドルグループ「BNK48」をイメージキャラに採用。第3工場の建設にも着手。

 

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