タイ企業動向
第48回 「失速するタイのコメ産業」
雨季明けの11月はタイ全土でコメの刈り入れが本格化する最盛期。コメどころの北部や東北部などの水田では、たわわに実った黄金の稲穂を大型のコンバインが刈り取る姿があちこちで見られる。ところが今年は、雨季の小雨が原因となって干ばつ被害にあった地域が少なくなく、収穫量も大きく前年を下回るものと予想されている。また、タイの主要な国家収入となっているコメの輸出も折からのバーツ高でライバル国にシェアを奪われており、例年なら年1000万トン超はあるはずの輸出量が最悪の場合は700万トン台にまで落ち込むことが懸念されている。大きく失速したタイのコメ産業。その動向が今回のテーマ。 (在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
コメの輸出業者や精米業者らで作る「タイ・コメ輸出業協会」の担当者は今年9月、会員企業などから送られてくる輸出データやタイ全土の作付けデータを見て大きくうなった。つい2カ月前の7月下旬の段階で、今年のコメの総輸出量予測を年当初の1000万トンから900万トンに引き下げたばかり。それなのに、その修正数値すら達成できないことが確実となったからだ。 特に東北部(イサーン地方)では干ばつによりまとまった雨が少なく、香り米(ジャスミン米)の収量が例年の50~60%に落ち込む見通しとなった。年初来からのバーツ高で国際競争力も弱まっている。かつてのコメ輸出大国の栄光もすっかり色あせる事態に、有効策が見つからないのが実情だ。このままでは年間輸出量が800万トン台後半となるのはほぼ間違いなく、800万トンを割り込むとの指摘も聞かれ始めている。 稲作が主力産業の一つであるタイにおいて、その輸出は欠かすことのできない重要な国家財源だ。2018年度のコメ総輸出量は約1100万トン。金額にして約56億米ドルは、同年の国家予算2兆9000億バーツの約6%に相当する。不足する世界のコメ需要を賄い、必要とされる年間量約4800万トンの3分の2を首位のインドと3位のベトナムとともに支えてきた。そのうちの最多消費国が人口14億人を超える中国。年間600万トンが中国人の胃袋に消えている。(データはいずれも2018年。米農務省)
コメの輸出が大きく落ち込んだ背景にはいくつかの要因が考えられている。その大きなものが、①北部や東北部の干ばつ、②東北部の一部であった洪水、③イネに発生する主要な病気の一つ稲熱病(いもち病)、そして④通貨バーツの為替相場だ。他国に比べてタイの品種改良が遅れている点をこれに加える意見もある。 今年は6月の雨季入り以降、極端に雨の少ない日が続き、コメどころの北部や東北部のダムでは貯水量が30%台前半にまで低下した。これにより放水量も減ったことから農業用水が激減。場所によっては稲が立ち枯れる事態ともなった。 また、東北部のウボンラチャタニー県などでは異常気象から洪水が頻発。水に浸かった稲は籾米を結ぶこともなく、根元から腐敗してしまうケースが後を絶たなかった。さらに、スリン県など東北部ではいもち病が流行。こうして、タイ全土の生産量4割を誇る東北部の稲作が打撃を受けたことで、一気に供給量に陰りが見られたのだった。 加えて輸出業界に立ちはだかったのが、ここ数年来続くバーツ高だった。バーツの対ドル換算額は4年前に比べて15%前後も下落しており、これが輸出に打撃を与えている。世界のコメ輸出大国であるベトナムやインドの通貨はバーツに比べて安定しており、ライバル国に遅れを取る一方だ。
こうした事態に、コメの輸出企業などでは早くも対策を取り始めている。タイ最大の財閥CPグループ傘下で精米やコメの輸出を手掛けるCP InterTradeは、為替変動による国際競争力の減少を有機米や香り米といったブランド米の供給で補っていく戦略を立てる。国際的な環境意識の高まりから、低農薬や自然農法を取り入れた有機米市場は拡大を見せ、今後も広がる見通しだ。香り米も南アジアや中東で需要が多く、堅調に推移していくと見られている。 ただ、ベトナムなどライバル国の中には、タイ産の香り米に対し半値以下の低価格で国際攻勢を仕掛けてくる動きもあり、シェアの拡大は容易ではない。同社ではより緻密なマーケティング戦略を立てて今次収穫時期に臨むとしており、目標の年間売上高を対前年比20%増の80億バーツと設定している。 一方、インドでは、香り米(バスマティ米)の輸出を手掛けてきた民間企業のGRM Overseasが、これまで主力だった輸出の一部を国内市場にも振り向ける方針を固めた。インドの人口は毎年2500万人ずつ増えており、20年代後半には中国を抜いて世界一になることが確実視されている。年間1億トン余のコメ生産量がある中で、9000万トン弱の国内流通では足りなくなるとの試算からだ。 こうした内外の事態にタイ政府は、価格保証制度に基づく補助金の支出を開始して農家の生産意欲をつなぎとめようと躍起だ。さらには、奪われたシェアの奪還を目標に、ブランド米の生産・輸出も奨励していくとしている。担当部局は「企業や農業団体との連携を取りながら長期的な視点で対応する」とはするものの、材料に明るさは乏しい。当分は辛抱の時期が続きそうだ。(つづく。写真はいずれもチェンライ県で10月下旬、小堀が写す)
2019年12月1日掲載