タイ鉄道新時代へ

【第76回(第3部36回)】 中国「一帯一路」の野望その8

ラオスの首都ビエンチャンと中国国境を結ぶ「中老鉄路」のラオス国内区間は総延長約414キロ。このうち75カ所に上るトンネルは全長約198キロを占め、橋梁の総延長も約62キロにも及ぶ。平地での走行はわずか150キロ余りしかない。こんな巨大な山岳鉄道を中国が主導して建設するのは、ビエンチャンでメコン川を渡河しタイで進行中のタイ中高速鉄道と接続、さらにはマレーシアやシンガポールなど東南アジア諸国へ乗り入れるため。南シナ海を通らない交易路を確保することが目的だ。総工費は約60億米ドル(約6300億円)、開通予定日は46回目のラオス建国の日を迎える2021年12月2日。習近平国家主席の肝いりで進められる中国の国家プロジェクト「一帯一路」はラオスでも間もなくカウントダウンを迎えようとしている。

完成後の中老鉄路を運営する「ラオス中国鉄道会社(LCRC)」は、車両の運行や保守点検、システムの維持などのため開業時に必要な要員を約600人とはじく。全3回に分けて実施される募集は現在、その第1期目が行われている。採用された200人は直ちに中国昆明に派遣され、鉄道学の実務を学ぶ。応募資格は大卒以上。大学で鉄道工学や電気、交通など学んだ人が優先される仕組みとなっている。  ここで持ち上がっているのが、研修時の「中国語の基礎的理解」というハードルだった。中国側は中国語での講義や実務演習を予定しており、ラオス政府は人材の確保に頭を抱える。人口わずか680万人。伝統的にタイやベトナムとの結びつきが強く、増加しているとはいえ大学での中国語専攻も限定的だ。このため、ラオス政府は将来的に中国からの資金供与を得て、鉄道事業の幹部要員を育てるための専門の技術大学を国内に開設する方針を立てている。  これとは別に、運転や保安業務を行うための技術者を養成するための専門技術学校も開設する。すでにビエンチャンの建設予定地では建設が始まっており、鉄道の開業前には開校させる方針だ。技術学校で教鞭を執る教員約30人については中国に派遣済みで、運行や保守点検などの実務指導を受けている。鉄道建設から運行車両の調達、開業後の運行業務の全てが中国主導で行われようとしている。  内陸国のラオスで中国と接する国境線は約400キロ。日本の本州に相当する面積を持つ国土全体の中ではごくわずかだ。だが、一帯一路以降ラオスは中国との関係を強めるようになっており、メコン川開発にかかる資金供与だけでも18年度分で450万ドル、その前年度も300万ドルもの支援を受けた。こうした流れは多方面に広がっており、ダム建設などの投資面でも中国が最大の資金供与国である。軽油の調達など産業の基幹をなすエネルギー源でも今や大きく依存をしている。  ただ、そんな中国一辺倒にあってもラオス政府は独自財源を確保しようと、あれやこれやの奇策をひねり出そうともしている。前回(第75回)で見た観光事業の強化や環境問題への取り組みはその一つ。さらに今年3月からは、内陸国であるという立地を逆手に取って、再輸出目的の国内通過物への通行料徴税を強化する方針を打ち立てた。ウイスキーやワインなどのアルコール飲料については1リットル当たり1ドル、排気量3リットル以上の自動車については1台当たり1500ドルを課す。売買された家畜の国際移動にも課税する。

中老鉄路は観光地バンビエンを出発すると、ナムグムダム湖の西側の山肌を通って一路ビエンチャンを目指す。山々を越えた先は概ね平坦な道が続き、直線の橋桁が連なってドミノ牌のような幾何学模様を形作る。バンビエン-ビエンチャン間は約150キロ。全線の中でもトンネルが少なくなる区間。最もスピードを出しやすい区間でもある。だが、それもごくわずか。速度を落とした列車は緩やかに左にカーブすると、ビエンチャン都北郊に建設された新駅にゆっくりと滑り込む。終着駅に到着だ。  ビエンチャン新駅予定地は、ビエンチャン市街地から北に直線で約10キロのところにある。付近一帯は水田や雑木林、そして手つかずの荒れ地が広がっており、民家や人影はまばら。舗装された道路は一つもなく、全域を赤土が覆っている。橋桁がどこまで続くのか確かめてみようと、レンタルしたバイクで平行して走る取付道路を走行してみたが、足元には砂丘を思わせるような細かな砂の連続。バイクの先頭車輪から左右に流れ出る砂粒が、さながらボートの航行を連想させた。バイクも両足も、赤い砂でしっかり色彩を変えていた。(つづく)

20年4月1日掲載

  • Facebook
  • twitter
  • line

関連記事