タイ鉄道新時代へ
【第79回(第3部39回)】 中国「一帯一路」の野望・番外編1
中国の中長期鉄道網建設計画に、「八縦八横」と呼ばれる高速鉄道整備構想がある。基幹線となる主要路線の建設をまず進め、次いで各地のターミナル駅から分岐して辺境へ延伸を図っていこうというもので、その最も南西に雲南省の省都昆明がある。ここから南進し、国境の磨憨(モーハン)を経てラオス・ボーテンに抜ければ、古都ルアンパバーンやバンビエンを経由する「中老鉄路」となることは前回までに見た。終着の首都ビエンチャンではタイ中高速鉄道への直結が見込まれている。一方、昆明からほぼ真西に向かえば、やがて鉄路はミャンマー国境へ。ここでもまた、国境を越えた国際鉄道の計画が静かに始まっている。目指す先はインド洋に面したアラカン州チャオピュー。言うまでもなく、ここにも「一帯一路」が存在している。
(文と写真・小堀晋一/デザイン・松本巖)
新型コロナウイルスの感染拡大が中国国内で深刻化し始めた2020年1月17日、ミャンマーの首都ネピドーの迎賓会場。中国の習近平国家主席はミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問を訪ねると、「ミャンマー中国経済回廊」の開発推進で合意、固く握手を交わした。中国雲南省徳宏タイ族チンポー族自治州瑞麗市とミャンマー西部ラカイン州チャウピューまでを結ぶ全長1500キロ超の巨大経済網構想。全ての完成には1000億ドルを下らない途方もない事業費が見込まれている。 瑞麗から国境を越えシャン州ムセに入り、山肌を縫うように山岳道路をひた走る。やがて、同国第2の都市マンダレーへ。その後は国内最大の大河エーヤワディー川を横断。一路インド洋を目指し南西にひた走る。一面には沃野。遮るものはほとんどない。大平原はやがてそびえ立つ標高2000メートル級のアラカン山脈にぶつかると、尾根を越えて海辺の街チャウピューへと一気に駆け下りる。 ここに中国が国際高速鉄道の建設を計画している。先の両国首脳の握手は、その第一歩が合意された瞬間だ。すでに回廊に沿って中国企業によって造られた原油のパイプラインが稼動しており、鉄道に加えた道路などのインフラも新たに整備する。チャウピューでは深海港と経済特区が建設され、外国資本の誘致も行う考えだ。中国にとって、海洋の権益をめぐり対立する南シナ海やマラッカ海峡を経由しない新たな貿易路は、喉から手が出るほど欲しいところ。それがミャンマー中国経済回廊建設の最大の目的であった。 同経済回廊の重点開発区域は3つ。両国の国境一帯に設ける「国境経済協力区」、最大都市ヤンゴンのエーヤワディー川対岸に新規開発される「新ヤンゴン都市開発区」、そしてチャオピューの沿岸に建設される「深海港経済特区」だ。鉄道はこの3区域を首尾良く結ぶ。 まず、第1期工事として予算計上される見通しなのが、ミャンマー東北部ムセからマンダレーを結ぶ全長約430キロの「ムセ・マンダレー鉄道」だ。走行時速はミャンマーでは未知となる時速160キロを想定。両都市間を3時間台で結ぶ。間もなく事業化調査が始まる見通しで、総事業費はこれだけで90億米ドルを上回ると試算されている。 もともと、瑞麗・ムセ間の国境は、両国間における主要な交易路であった。ミャンマー商業省によると、同国の2018年度(18年10月~19年9月)の貿易総額は約350億米ドル。このうち50億ドルほどが交通の便が良い陸上のムセで取り引きされている。ミャンマーから中国に向けて出荷されるのはコメや豆、トウモロコシ、スイカなどの農作物や肉牛などの畜産物など。逆に中国からは家電製品や建設資材、消費財などが輸入されている。こうした活発な交易を経済回廊に格上げしようというのが狙いだ。 だが、懸念も大きく残る。東北部の国境付近は少数民族の反政府勢力が拠点としており、今なお政府施設などに対する破壊行動が続く。昨年8月15日には付近の主要な橋梁3カ所が爆破され、マンダレーに近いピンウールウィンでもミャンマー国軍学校の施設が破壊される事件があった。 犯行に及んだ北部同盟は声明を出し、中国への接近を続け、少数民族を圧迫するアウン・サン・スー・チー政権を批判した。同同盟はミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)やタアン民族解放軍(TNLA)などから組織される反政府軍事組織。シャン州などを舞台に活動を続けている。鉄道を整備したところで治安の維持を優先しない限り、外国企業の進出はないとの見方が広がっている。
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中国「一帯一路」の陸上路は、前回までに紹介したラオスからタイを経てインドシナ半島やマレー半島に及ぶラオス・タイルートと、ミャンマー国内を縦断するミャンマールートの二つに大別される。後者の玄関口となるのが雲南省の瑞麗だ。中国政府が画策するもう一つの一帯一路を短期連載する。(つづく)
20年7月1日掲載