タイ企業動向
第58回 「新型コロナ感染タイ国内の記録⑥」
世界各地で猛威を振るう新型コロナウイルスは、タイではアンダーコントロール下にあるとはされているものの、なかなか解除されないのが3月26日に発令した非常事態宣言だ。政府は「迅速な対応を行うため」と説明するものの、額面通りに受け取る見方は少ない。そこで懸念されるのが、7月以降広がりを見せる「民主化」デモへの適用だ。9月19日には大規模な反政府デモがタマサート大学などで開催される見通しで、予断を許さない情勢となっている。新型コロナの感染拡大から半年。最大の社会不安として急浮上してきたタイの街頭デモの現況をお伝えする。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
タイの街頭デモは一人の男性の登場で、大きく流れが変わったと言ってよいだろう。人権派弁護士アーノン・ナムパー氏(35)。ロイエット県出身の彼は、ラームカムヘーン大学を卒業後は主に刑事事件で鳴らし、2008年~10年ごろにかけては主にタクシン派被告の弁護で生計を立てていたとされる。弁護を担当したから直ちにシンパであるとは断定できないが、法的手続きに依らない軍事クーデターや軍政に対してアレルギーを持っていることだけは容易に想像できる。 その氏が、非常事態宣言下で違法なデモを扇動したとして逮捕をされたのは8月。直前の集会では、数千人の若者を集めてプラユット政権の退陣などを求めた。主張は共感を呼び、世代を超え、高校生や中学生にまで広がりを見せるようになった。 デモ隊の要求は、一般的な政権批判から不敬罪の廃止、憲法上の王室条項の改正、さらには王室予算の削減といった国王を取り巻く体制にまで向けられるようになった。この2カ月余りの間に運動の射程は大きく変化を遂げている。 こうした現状を大手メディアはこぞって「民主化を求める声」と報じている。中国の習近平政権に立ち向かう香港の若者や黒人差別に怒る米市民らと同列に扱う。そして、主張が王室改革にまで向けられた原因が、長期ドイツに滞在しているワチラロンコン国王自身にあるかのような論調さえも展開する。 しかし、この絵図は事態を正しく伝えているのだろうか。王室改革の柱として位置づけられている不敬罪の適用は、実は2014年の軍政以降、急激に減っている。そこには国王の意思もあった。ワチラロンコン国王が即位間もなく王室予算の一部と軍の一部部隊を国王直属としたことも、軍政に対抗する体制固めと考えれば不思議はない。残るのは違和感だけだ。 大富豪の孫が起こした人身事故をめぐる検察の不起訴処分も、デモを拡大させる一因となった。人を死なせておきながら責任を問われない不公平感。ただ、その怒りが正義から来るものだったかと言えば甚だ疑問だ。タイでよく耳にする「何を知っているかではなく、誰を知っているか」。コロナ禍で特権にあやかれない不満だったならば、顛末は見えたも同然だ。(つづく)
2020年10月1日掲載