タイ鉄道新時代へ
【第85回(第4部1回)】 悲願の新線コーンケーン~ナコーンパノム線その1
タイの近現代史を鉄道という覗き窓から俯瞰して見る「タイ 鉄道新時代へ」は、連載開始から7年が経過した。第1部(全18回)では、鉄道誕生前夜から戦争に翻弄され続けた苦難の歴史、そして戦後の復興を支えた様子などをお伝えした。第2部(全22回)では特徴ある著名駅や本線・支線、廃止された路線などを紹介。第3部(全44回)では国境を超え、タイを結ぶ東南アジアの国際鉄道網などを現地からリポートした。第4部ではもう一度タイ国内に立ち帰り、これからのタイ鉄道史の行方、そして鉄道が果たすこの国の将来像を見ていくことにする。まずは、住民らの悲願の新線コーンケーン~ナコーンパノム線を紹介する。(文と写真・小堀晋一)
タイ最大の面積と全人口の3分の1を擁す東北部イサーン地方。その玄関口ナコーンラーチャシーマー県はコラート台地にあって、チェンマイなど北部地方とこの場所で分水嶺を形成する。イサーンに振った雨水は一路東に向けて進み、タイの母なる大河チャオプラヤー川には合流しない。民族の祖を一にする隣国ラオスとの国境を流れる国際河川メコン川へと流れ着く。 イサーン地方は古くから、タイの周辺に位置した異民族の侵入を防ぐための緩衝地帯としての役目を果たしてきた。北方には漢民族の流れを引くチン・ホー族、遙か東方のベトナムにはキン族、そして南東方面ではクメール族らが対峙をしていた。こうした緊張の前線に速やかに物資や兵を送り、機動力をもって防衛に当たるために鉄道は計画された。他方、イサーン地方を首都バンコクの後背地とし、経済圏として組み込む目的もあった。この地方で鉄道が整備されたのには、このような理由があった。 敷設された鉄道は2路線。バンコクからナコーンラーチャシーマーに到達後、北と東に分岐して建設が進められた。それが東北部本線のノーンカーイ線であり、ウボンラーチャターニー線だ。設置法上は前者が本線で後者が支線の位置づけだが、ウボンラーチャターニー線の完成のほうが30年近くも早い。これは19世紀末から20世紀初頭にかけて、フランスがインドシナ3国を植民地としたことと無関係ではない。時に仏領インドシナの侵攻に備えるため、時に交易や親善を図るためにピッチを上げて建設が進められた。
東北部本線ノーンカーイ線はイサーンの有力都市ウドンターニーを経て終点ノーンカーイに至る。両都市からは道路網が整備されており、北部イサーンの都市圏を形成している。一方、ほぼ真東に進む支線のウボンラーチャターニー線は、ナコーンラーチャシーマーからブリーラム、スリン、シーサケートを経て終点ウボンラーチャターニーを結び、沿線は南部イサーンとして発展をしてきた。この2つの鉄道沿線から切り離され、陸の孤島として半ば取り残されてきたのが、イサーン地方の北東部のエリアだ。奥イサーンとか深イサーンとでも呼べば分かりやすいかもしれない。 主な都市に、ローイエット、ガーラシン、ヤソートーン、ムクダハーン、ナコーンパノム、サコーンナコーンなどがある。これらの都市と首都バンコクを結ぶ交通手段はもっぱら長距離バス。狭い車内とエアコンの効きすぎた劣悪な環境で、最長12時間も耐えなければならない。ローイエットやナコーンパノムなどには飛行場はあるが、就航便は少なく、また運賃も高い。 こうした奥イサーンに住む人々の悲願が鉄道の建設だった。政府は昨年5月、鉄道未設地域だったイサーン地方北東部に新たに普通鉄道を敷設する計画を閣議決定。総工費約700億バーツを計上して、待ちに待った新線の建設が始まることになった。新型コロナウイルスの感染拡大で計画は遅れているものの、入札を経て早ければ2021年末にも着工の予定だ。 新設ルートの起点は、東北部本線バーンパイ駅。イサーン中部の主要都市コーンケーンから南に約40キロ。コーンケーン県バーンパイ郡にある。ここから東に分岐し、マハサーラカーム、ローイエット、ヤソートーンの3県を経て、メコン川沿岸のムクダハーンに至る。鉄路はそこで進路を真北に変え、終点ナコーンパノムを目指す。全長は355キロ。バンコクから起算すると約763キロ。タイで最長のバンコク~スンガイコーロック間約1159キロに次ぐ長距離鉄道路線となる。 すでに環境影響評価は終えており、土木工事と信号システムの契約が一括して入札にかけられる見通しだ。工期は土地収用から3年をみており、開通は現時点では25年の予定だ。(つづく)
タイ国有鉄道建設小史
1897年3月26日 バンコク(フアランポーン)~アユタヤ間約71kmが開業。タイ国鉄の幕開け。
1921年9月 トンブリー~スンガイコーロック間約1143kmが開業。南部本線が全通。
1922年1月 バンコク~チェンマイ間約751kmが開業。北部本線が全通。
1926年11月 バンコク~アランヤプラテート間約255kmが開業。東部本線が全通。
1930年4月 バンコク~ウボンラーチャターニー間約575kmが開業。東北部本線ウボン線が全通。
1958年7月 ノーンプラドック~ナムトック間約130kmが開業。旧泰緬鉄道の一部。 バンコク~ノーンカーイ間約621kmが開業。東北部本線ノーンカーイ線が全通。
1963年6月 ノーンプラドック~スパンブリー間約77kmが開業。
1967年8月 ゲンコーイ~ブワヤイ間約251kmが開業。東北部本線のバイパス線が全通。
1989年7月 バンコク~サッタヒープ間約196kmが開業。東部本線サッタヒープ支線が全通。
1995年8月 貨物バイパス線ゲンコーイ~クローンシップカーオ(チョンブリー県)間約81kmが開業。
2019年4月 アランヤプラテート~バーンクローングルック(カンボジア国境)間約6kmが完成。未開業。
2021年1月1日掲載