タイ鉄道新時代へ

【第40回(第2部第22回)】南部本線スンガイコーロックへの旅その3

バンコクから南に遠路1160キロ余り。現在の終着駅スンガイコーロックから先、マレーシア領内に向け直行の国際特急列車として運行していたのが、タイ国鉄の旧「タークシン」号だ。隣接するマレー側ランタウ・パンジャンで入国手続を終えた列車は、その後約50キロを走行し、港町でもある終点トゥンパットのホームに入線する。ここで乗客は乗り換え、あるいは様々な物資が貨物船に積み替えられて外洋へと出航して行った。だが、1970年代前半、突如として列車は運行停止となり、以後、40数年にわたって国境をまたぐ鉄路は車両の運行を見ずに至っている。南部本線終着駅をめぐる小旅は今回が最終回。(文・小堀晋一)

 

タイ側スンガイコーロックにある出入国管理局(イミグレーション)の陸路ゲートを超えると、道は直線の一本道となり国境河川コーロック川に架かる橋へと通じる。橋の向こうに見えてくるのがマレーシアのイミグレ施設。かつて列車が走行していたコーロック鉄道橋は、その左方約150先の川下に平行して伸びており、黒色の色褪せた鉄骨がむき出しとなって放置されているように見える。

橋は全長125.6メートル。タイ側から数えて小型のトラス橋2連、大型1連の構造で、スンガイコーロック駅からは約1.6キロの位置にある。一部橋脚には緑色の蔦が絡まり、風化の様子が色濃くうかがえる。マレー側国境職員の話では「橋はもう何十年も(試験列車も含め)一切の運行が行われていない」とのことだった。

マレーシアに入国後、かつての国際鉄道の玄関口ランタウ・パンジャン駅を目指すことにした。ところが、イミグレから先に伸びる道路の左方は高さ1メートル70センチほどのコンクリート製の壁がどこまでも続き、向こう側をうかがうことができない。どこかに通じる通路や橋はないものかと探したところ、あった、あった。今にも朽ちかけそうな目立たぬ1本の高架橋。地上にあった鉄製の重い扉を引いてみたところ、難なく内側に折れた。

20数段の階段を高さ約10メートルまで登る。階段幅は1.5メートル強といったところか。どうにか人の行き来ができるが、大きめのトランクを持っていたら難しそうだ。登り切ってみると、橋の中央部にはさらに鉄柵があって、チェーンに南京錠がそれ以上の侵入を拒んでいた。

橋の上から見るランタウ・パンジャン駅は、もう何年も人の足が踏み込んでいないかのようだった。木製の枕木は所々で折れ、レールの下の地面がいくつもえぐられたように陥没していた。雑草にも覆われ、直ちの運行ができないことは素人目にも分かる。

駅舎も風化が進んでいた。至る所で瓦が剥がれ、電灯の傘からは壊れた電球がむき出しとなって電線ごと空中に垂れ下がっていた。5つないし6つはあったであろう、かつてのイミグレ施設の部屋のドアは全てが撤去されたのか一つも見えず、屋内のがらんどうの様子がはっきりと見て取れた。

同駅からトゥンパット方面は見るも無惨な姿をさらけ出していた。枕木はほぼ完全に土砂に埋もれ、駅舎から約20メートルのところで雑草が全体を覆ってしまっていた。辺りの地形から何とかその先の軌道は推定できるものの、さらに先には密林のように樹木が生い茂り、どこに通じるかも想像できなかった。レールが剥がされて撤去されている可能性さえある。

ふと、鉄橋のすぐ脇に監視塔があるのに気づいた。ここで越境する密入国者を取り締まっているのだろう。幸いに人影は見えなかったが、いつまでも写真を撮り続けるのに躊躇いも感じた。高架橋を降りてイミグレ職員に尋ねたところ、やはり不審者を監視するための塔で巡回中だと分かった。

一方のタイ側終着駅スンガイコーロックから国境の鉄道橋までは、短い雑草がどころどころでレールの隙間から顔を出しているものの、枕木はコンクリート製に改められ、砕石も整然と散布されている。最近まで車両の通行や整備があったことは明かだった。少なくともタイ側には、国際直通列車再開の準備と用意があると思われた。

マレー半島の東側を走行する東回り線は1931年に全通が開通し、北東部トゥンパットの手前バシルマスで、スンガイコーロックから延伸されたタイ国鉄南部本線と接続していた。ところが、タイ深南部のイスラム武装勢力による対立が深まると沿線各地で爆弾事件などが多発し、73年を最後に直通運行は停止をされた。

以来40数余年。近年は紛争も下火となり、にわかな危険を感じることも少なくなった。だが、この間、時勢は大きく変化を遂げ、盲腸線へと姿を変えた南部本線はその大動脈としての役割をすっかり西回りのハートヤイ支線に譲ってしまっていた。人や貨物の交通もまばらな辺境の地。そんな歴史を思い起こさせながら、タイ最南端駅スンガイコーロック駅は今日もわずかな乗客と物資を静かに見送り続けている。(つづく。次回からは新シリーズ)

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