タイ鉄道新時代へ

【第51回(第3部第11回)】ラーマ5世が視察したジャワ鉄道その2

タイの近代化を推し進めるために、ラーマ5世(治世1868~1910年)が注目した鉄道敷設事業。今から約150年前の西暦1871年、18歳の若き国王はインドネシア・ジャワ島を訪れ、植民地政策を進めていた列強オランダの建設現場を視察した。巨大な構造物、計り知れない輸送力。国王の胸中は如何ほどのものだったろう。国王は帰国後、国境を越えて侵入を繰り返す北方の異民族討伐の見地からも大量輸送手段の実現が必要と、鉄道の建設を決意する。こうしてタイは本格的な鉄道の時代へと歩みを始めたのであった。連載の今回からは、ラーマ5世が視察したジャワ島の鉄道に実際に乗車し、島の周遊を試みる。

旧名を「バタビア」と呼ぶインドネシアの首都ジャカルタは、周辺の都市圏を合わせた総人口が2500万人を超える世界有数の巨大都市。ここに最初に建設された鉄道路線が、北部スンダ・クラパ旧港にもほど近い現在の「ジャカルタ・コタ」を出発し、南部の都市「ボゴール」に向かう約55キロのルートだった。

コタ駅開業は1870年、当時は「南バタビア」と言った。オランダ人建築家の元で建設された駅舎は西洋とジャワの伝統建築様式を合わせた折衷仕様。1990年代ごろまではこの駅を、各地の地方都市を結ぶ長距離列車(都市間鉄道)と、ジャカルタ市内を走る通勤列車(都市内鉄道=コミューター)がひっきりなしに離発着していた。

インドネシア鉄道のターミナル駅として長らく使われてきたコタ駅だったが、市内の混雑緩和のため運行の見直しが行われ始めたのは20世紀終わりのころ。まず、第2の都市東部スラバヤや中部の古都ジョグジャカルタ、西ジャワ州の州都バンドンなどを結ぶ長距離列車のうち、一等列車にあたる「エグゼクティブ(インドネシア語でEksekutif)」が全て「ガンビル」発着となった。

ジャカルタ・コタから南に5つ目。シンボルカラーの黄緑色で彩られた3階建ての高架駅は巨大で近代的に映る。しかし、構内には引き上げ線や引き込み線などはなく、通勤列車と線路を供用しているため運行上重大な支障が発生。このため、同駅からは両隣のゴンダンディア駅とジュアンダ駅には列車では移動ができないという奇妙な現象が起こっている。運行後の車内清掃もコタ駅などに移動して行われている。

一方、二等列車「ビジネス(Bisnis)」と三等列車「エコノミー(Ekonomi)」はその多くが、ガンビル駅から真東に1キロほどの位置にある「パサール・スネン」発着となった。歩いても移動できるほど近い両駅だが、それぞれを通る路線は南北に並行しており、交わることは決してない。当然に乗り換えなどもできない。急激な都市化に鉄道整備が追いつかず、無計画に鉄道建設が行われた結果とされている。

このほか、総延長150キロ超の通勤列車網がジャカルタ市内には50を超える駅で存在し、それぞれが入り組んだ形で運行を行っている。だが、転線や入換といった操車作業が構造上できないケースが多く、上下線で停車駅が異なるなど利便性にも欠けることから、ジャカルタ首都圏における鉄道の利用率は2%程度に止まっているのが実情だ。通勤列車とは銘打ちながらその地位を、バスなどの自動車網に譲ってしまっているのである。

ジャワ島周遊のルートは、ガンビル駅を発駅として時計回りに設定することとした。某月某日午後7時15分に同駅を発つエグゼクティブ(一等列車)は中部「スラマン」を経由して、翌朝5時43分に「スラバヤ・パサールトゥリ」に到着する。ここで、いったん改札を出てタクシーに乗車。直線で約3キロ離れた同じ市内の「スラバヤ・グブン」に移動し、同7時半発のジョグジャカルタ行きエグゼクティブに乗り換えるつもりでいた。

列車は約5時間かけて正午過ぎには、世界遺産ボロブドゥールの玄関口ジョグジャカルタ駅に到着する。体力に限界がなければ、ここでタクシーなどをチャーターしての世界遺産ツアーなども考えていた。同駅を離れるのは同じ日の深夜11時半。バンドン行きエグゼクティブの乗車までには、ずいぶんと時間的な余裕があった。

バンドンでは、1955年に開催されたアジア・アフリカ会議(バンドン会議)の会場跡地を見学する予定でいた。後の非同盟諸国会議開催につながる人類史上初めての反帝国主義・民族自決の会議。ペンを生業とする者としてはどうしても自身の目で見ておきたかった。見学後は市内を散策。同日深夜までには約3時間をかけてジャカルタ行きのエグゼクティブで帰還するつもりでいた。

車内泊が2回、総乗車時間約27時間、総移動距離約1600キロというジャワ島鉄道周遊の旅。問題は車内の居住性とシャワーが浴びられるかといった設備上の点にあった。時間もなく、事前の下調べではほとんど判明できなかった。インターネット上のサイトからいくつかの乗車券を予約しただけで、とりあえず乗車してみることにした。(つづく)

 

  • Facebook
  • twitter
  • line

関連記事