タイ企業動向

第19回カンボジア進出目指す小売業界

個人所得の上昇が著しいカンボジアで、今後の小売業界の成長をにらんで隣国タイなどから企業の進出が相次いでいる。5月末にはタイ最大の財閥CPグループが擁する卸売りチェーン「サイアム・マクロ」が海外2カ国目の進出を決め、カンボジアを選んだ。財閥2位のセントラル・グループも同国での事業化調査に乗り出している。先行する日本のイオン(カンボジア)もこうした動きに刺激を受け、イオンモール2号店の建設や小規模小売店舗の設置を急いでおり、年内にもスーパーマーケット3店を開業させる構え。このほかいくつかのタイ企業や欧米のチェーン店も食指を伸ばしており、市場は熱を帯びるばかりだ。連載の今回はカンボジア市場を狙う企業の動きを追う。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

食品や生活雑貨、家電などのカンボジア小売市場で、1強と評されるまでに先行しているのが日本のイオンだ。内戦の混乱復興から20年余りのカンボジアで、規模の大小を問わずに本格的なスーパーマーケットはまだ数えられるほどしか存在しない。少し前まで伝統的な市場で日用品を売買する人々は9割にも及んだ。それだけに、2014年6月に大規模モールの1号店を出店したイオン・グループの決断は、将来を見越した大英断だったと市場では受け止められている。

そのニュースをイオンの関係者は危機感を持って受け止めたに違いない。今年5月29日のことだった。サイアム・マクロがプノンペンで開いた1号店の起工式。スチャダ最高経営責任者(CEO)が「カンボジアの商機は大きい」と今後の加速度的な出店に言及したのだった。内戦の影響でカンボジアの人口は1500万人しかない。が、うち7割は30歳前後と働き盛りが中心で、高い出生率(2.64人、2014年)もあって今後の市場の拡大は明らか。魅力を感じないほうが不思議だった。

マクロは1988年、CPグループがオランダ企業SHVと合弁設立したものの97年の通貨危機で一時、株式を放出。2013年になって全株を買い戻した経緯がある。その後はグループの中核小売企業としてタイ市場における牽引役となってきた。国内店舗は100を優に超える。ただ、少子化の進むタイでこれ以上の伸び代は期待できない。海外に目が向くのも自然の流れだった。

こうした中でまず決断したのがベトナムへの進出だった。とはいえ、店舗を持たない食品等の輸出が主な事業。店を構えてまでの展開には二の足を踏んでいた。海外出店が始まったのはわずか1年前のこと。民主化が進むミャンマーを1カ国目に選んだが、まだライバルが少ないという消去法にすぎなかった。

マクロは現在進行中の事業計画で、国境の地の利を活かした海外出店を進める戦略を掲げる。カンボジアを真っ先に選んだのは、タイ製品に対する信頼が厚いという特有の事情も背景にあった。カンボジアは中国との結び付きが強く、中国製品が街にあふれている。その一方で、食品を中心にタイ製品も全体の15%を占めるなど、タイからの陸上輸送コストを考慮に入れれば太刀打ちできないとは限らなかった。

こうして決断されたのが隣国への進出だった。昨年9月、マクロが70%を出資しての事業合弁会社「マクロ・カンボジア」が設立され、正式に事業開始。今年中の1号店開業が固まった。その先の多店舗展開も見据えている。

 

イオンも今後、カンボジアでの出店を加速させる。3月末にはプノンペン中心部から北に10kmのルセイケオ区に店舗面積約500㎡の小規模小売店舗「イオン マックスバリュエクスプレス」1号店(ルセイケオ店)をオープンさせたのを皮切りに、5月上旬にはトゥールコック地区に880㎡の2号店を出店させた。日本の100円ショップ「ダイソー」や軽食店もテナントとして入居させ、既存店との差別化を図る。

年内にもう一店舗開業させる計画で、3号店は日本や外国の駐在員らが多く住むプノンペン都心部のボンケンコン地区に200㎡以下のコンビニ型の小規模店として設置する構えだ。19年までに26店体制を確立するとしている。

イオンの戦略は明確だ。現在2店舗目の建設が続くイオンモールを拠点となる恒星に見立て、衛星としてのマックスバリュエクスプレスをその周囲に配置していくという陣形を描く。衛星店舗は面積や品揃えごとに3タイプを用意。①共働きのカンボジア人世帯が多く暮らす集合住宅「ボレイ」に隣接した居住区域型、②インターナショナルスクールや外国人らが居住する地区を狙った都市圏型、③主にオフィス街など都心部に展開するコンビニ型――で、これらを相互に効果的に分散させながら需要の掘り起こしと下支えをしていくとする。

 

イオンにしてもマクロにしても、ここまで進出を急ぐのには訳がある。カンボジアの消費市場の成長ぶりは早く、計算の上では首都圏300万人口のほぼ全員が四輪か二輪の自動車を保有。年7%という高い経済成長率を受けて収入も急上昇し、月収400米ドル以上の世帯が40%近くになった。その一方で、伝統的な市場で食品や日用品を購入する人が今なお7割に及ぶというのがカンボジア市場だ。

だが、市場関係者は「いずれそう遠くない時期に、この多くがスーパーマーケット利用に流れ込む」と異口同音に口を揃える。こうした動きに対応するためには、いち早く現地に進出し、物流ルートを確立、出店体制を整えることがコスト削減のためにも肝要となる。イオン、マクロ、セントラル・グループに加え、タイや欧米のチェーン店などがこぞって進出戦略を描く背景には、現在のこんなカンボジアの特殊事情があった。(つづく)

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