ミャンマー投資の穴場か!? 知られざる2つの工業団地 上
この数年、「ロヒンギャ族」問題で揺れるラカイン州をはじめ、北部の中国国境沿いで反政府軍と国軍の戦闘が続くカチン州、シャン州、モン州なども回ってきた。インドの反政府組織が活動するインド国境タムーからミャンマーを横断し、ミヤワディからタイに入ってバンコクまですべて陸路で旅したこともある。南部のモーラミャイン、ダウェイなども訪れた。
今回、中東部のカヤー州(人口約30万人)というミャンマー最小(1万1700平方キロ)の州を取材した。州の北部がシャン州、南はカレン州に続き、東を流れるサルウィン川という大河を渡り、さらに深い山を越えればタイの秘境県とされるメーホンソン。各国の観光地の穴場も紹介するガイドブックの人気シリーズ「地球の歩き方」の最新版ミャンマー編でも、カヤー州や州都のロアイコーについて、本文でたった1行も紹介されていない。これは近年までカヤー州への外国人の立ち入りが禁止されていたことに関係がありそうだ。
カヤー州は鉱山があり、タングステン、スズ、アンチモニーなどの鉱物やチークなどの高級材といった資源に恵まれている。下調べもしないままロアイコーに着くと、工業団地もあった。運よく工業団地の会長を兼務する起業家タイザー氏に会うことができ、なんと日本語で工業団地の隅々まで案内してくれた。かつて日本で働いていたという会長は、ミャンマー最果ての地であるこの工業団地で純日本式経営による木材工場を経営していた。
カヤー州訪問の後、シャン州の高原の州都タウンジーを経てミャンマー中部のマンダレー管区メイクティラでも数日を過ごした。山岳地帯であるにも関わらず、メイクティラ近くのタージまでは、英国時代からの鉄道が1日に2往復する。メイクティラは第2次大戦中に多くの日本兵が戦死した激戦地で、日本人戦没者慰霊碑が「世界平和パゴダ」内にあるなど日本との関係が深い。同地唯一のメイクティラ工業団地を訪ねると、同工業団地の会長を兼務する繊維工場経営者が同団地のいくつかの工場に案内してくれた上、長時間のインタビューにも応じてくれた。
写真・文 アジア・ビジネスライター 松田健
日本流経営貫く工業団地経営者
カヤー州唯一の工業団地「ロアイコー工業団地(Loikaw Industrial Zone)」は2018年年初に同州初の工業団地(Industrial Zone)として認可されている。団地内にガーメント、製紙など36工場が進出しているが、レンガの煙突が目立つアンチモニーの工場は休止していた。
同団地でチーク材加工をして拡張を続けているGlobal GEO Industry and Mining Company Ltd.の創業会長であるタイザー氏(MR Tay Zar Win Tun)は、同団地管理組合の会長を兼務している。1981年2月生まれの37歳。「外資の投資はまだないが、ここは穴場。日本企業の投資を応援したい」とかなり上手な日本語で語る。
タイザー氏が日本びいきなのは、「2000年から4年間、兄がいた日本に行き、東京の十条でビデオカメラの修理などの仕事をしながら、日本式の経営を学んでいた」からという。「日本流の経営はまじめで好感が持てます。日本で学んだ時間厳守を従業員40人に求めており、3回遅刻すると減給です」。同工場を取材中、労働省から講師を呼び、労働組合の作り方などを含む労働環境に関する従業員への説明会が勤務時間内に開かれていた。
日本流の徹底したコンプライアンス(法令順守)重視の経営姿勢を貫いているのは「違法行為をして経営者が逮捕、といった事態になれば企業の存続も危うくなるから」とタイザー氏。ミャンマーではタイと異なって高級材のチークの伐採は現在でも可能だが、これまでに山中のチークは1本ずつ登録され、政府が監視している。「伐採許可が出るサイズも決められ、無許可の伐採は大罪。当社が使う木材のほとんどがチークで、カヤー州とシャン州で行われる入札で合法的に仕入れており、闇で流通している木は一切使わない」と明言する。
工場内では大きな乾燥室が24時間稼働しており、チーク材加工で出たおが屑を燃料に、2日間にわたって乾燥させてから家具等に加工する。積まれているチークは2本で約1トンとなり、1トンあたり2,000米ドルほどで買っているとのこと。「製材した製品は、とにかく密輸が多い中国やタイとの国境貿易経由ではなく、すべてヤンゴン港からのFOBによる合法で正直な申告による輸出をしている」。工場を出てからヤンゴン港までの輸送には2日間を見ている。無造作に積まれているチーク材の盗難防止のため、「あちらこちらに監視カメラをつけている」という。
タイザー氏のビジネスが急成長したきっかけが、JICA(国際協力機構)からの注文だった。「3年程前にJICAがロアイコーに病院を建てた時、必要な材木を当社で供給した。JICAから床に貼るフローリング材なども供給してくれないかと求められたことがきっかけで、それまでの材木の切断中心だった加工から経営の多角化ができた」と感謝している。必要な加工機械は急遽中国からムセ国境経由で導入して、従業員数も倍以上に増やした。現在の主力製品であるチークの床材各種の最大の輸出先が中国で、海路で輸出、小さいサイズのものはミャンマー市場に陸路で出荷している。
タイザー氏によればミャンマー最大都市であるヤンゴンからロアイコーまで、ミャンマー航空の路線が毎日1便ある。陸路はいくつかのルートがあるが、ヤンゴンから首都ネーピードー経由でかなり険しい山越えがある最短コースでも650キロほどあり、路線バスでは12時間。先のヤンゴン港までのトラック輸送は2日間みているという。
唯一の工業団地が停電皆無の理由
ロアイコーは森と湖に囲まれた静かで美しい町。キリスト教教会も多く、ヨーロッパ的な雰囲気が漂う。牛ではなく馬の放牧をあちらこちらで見かけたが、現在のカヤー州に駐屯する軍でも馬が多く使われていると聞いた。大学は総合大学であるロアイコー大学の他、工業大学、農業大学、コンピュータ大学の計4つの大学がある。ミャンマー大手銀行のロアイコー支店長によれば、同地に多い産業はミャンマー民族服であるロンジーなど衣料、木材、家具、観光関連という。このミャンマー最果ての地でもスマートフォンが人気で、最も売れているのがOPPOとVIVO。中国の2社のシェア争いが目立ち、次いでサムスン、ファーウェイ。
ラカイン州でのロヒンギャ問題を嫌気して、欧米からミャンマーへの観光客が激減しているが、ロアイコーのホテルやレストランには欧米からの観光客がかなり多い。中国人観光客は見かけず、中国人ビジネスマンが資源探査関係で来ている。ロアイコーで夕食をとった小ぎれいなレストランにも欧米観光客の姿が多かった。レストランのオーナーは「日本のJICAアレンジの2ステップローンを借りて店を拡張できた。数割の利子がつく銀行ローンでなく年9%の利子で助かった」と感謝していた。
カヤー州に住むカヤー族は多くの小さな部族に分かれている。実はカイン(カレン)人に近い民族でシャン族なども多くが同州に住む。カヤー族は「カレン」と呼ばれることを嫌っているが、「赤いカイン」、すなわちカレンニー(Karenni)と呼ばれている。「ニー」はビルマ語で「赤」を意味するので「赤カレン族」となる。かつてはカレンニー州と呼ばれ、軍政時代にカヤー州へと改称した。 州内には反政府の政治集団としてKNPP(カレンニー民族進歩党)とその軍事部門のKA(カレンニー軍)があり、現在も独立を求めて国軍と戦っている。立ち入るには軍と政府の許可が必要な場所も多く、ロアイコー郊外にあるミャンマー最古の「バルーチャン(鬼川の意味)」水力発電所もその一つ。地元では地名からロピタ(Lawpita)発電所と呼ぶこの発電所は1954年に日本の戦後賠償の最初の案件として建設、60年に運転を開始している。近年、発電所の老朽化から大規模なメンテナンス工事が日本の無償援助として実施されている。
現在でもヤンゴン付近の工業団地などで停電が発生しているが、カヤー州に停電が無いのはこの発電所のおかげだという。先に紹介したタイザー氏は工場だけでなく「ロアイコー工業団地」内にある変電所に筆者を案内し、「2007年にできたこの変電所まで、バルーチャン水力発電所からの直接の送電線で電力が供給され電圧も安定している」と誇った。