特集タイ製造業の未来へ【特別インタビュー IoTと製造業、そしてタイ 野村総合研究所タイ 岡崎啓一社長】
IoT、3Dプリンタ、AI… 数々の新たなテクノロジーが、製造業にも影響を与えようとしている。今、何が起ころうとしているのか。それら技術革新の一端に迫った。
■IoTとモノづくり
Internet of Things(IoT)。その言葉は、モノのインターネットとも訳される。自動車や住宅、家電…私たちの身の回りのありとあらゆるモノがネットワークで繋がることで、従来になかったソリューションが提供され、製造業にのみならずあらゆる分野に影響を及ぼすとされる。
今年3月、ドイツのハノーバーで開催されたCeBIT(国際情報通信技術見本市)。IoTやAI(人工知能)など先端技術の世界最大級の国際見本市である同展示会のパートナー国に日本が選ばれた。昨年5月、ドイツのメルケル首相が首脳会談の場で直接、日本の安倍晋三首相に要請したという。結果、前回比10倍以上となる118社の日本企業が出展。安倍首相もメルケル首相と共に展示会を訪れ、「IoTとは、全てをつなぐものだといいます。それはつまり、ネットワークが秘めた自乗、自乗で拡大する、その爆発的な力を言っています」と挨拶した。
IoTへの具体的な取り組みが進めようとしているのがドイツだ。蒸気、電力、自動化に次ぐ産業革命になぞらえてインダストリー4.0と呼ばれるプロジェクトを2011年から官民一体となって推進している。誤解を恐れずまとめれば、ネットワークで繋がった生産設備が自律的に最適生産を行う、いわゆるスマート工場を築き、さらにそれらを標準化する取り組み、と言えるかもしれない。
アメリカでは一企業としてGEがインダストリアルインターネットとして、製品から稼働データを集め、分析し、保守点検や新製品に生かす構想を生み出した。飛行中の航空機エンジンの状況をリアルタイムでモニタリングすれば、故障予測やメンテナンスを効率的に行うことが出来る。さらにGEは自ら産業用ソフトウェアプラットホーム「Predix」を開発販売し、日本でも住宅設備機器大手が既に導入している。
これらを見るに、かつてのパソコン、スマートフォンで見られたネットワークとの融合が、やがて私たちの生活の隅々まで及ぶようになり、製造業においては生産現場、保守などの現場で新たなソリューションが生まれつつあると見るべきだろう。一方でイメージは大きく膨らむが、それ故に具体像も掴みづらい。日本で2015年に設立されたロボット革命イニシアティブ協議会では、中堅・中小製造業のIoT活用事例をまとめた「IoTユースケースマップ」(http://usecase.jmfrri.jp/#/)を公表している。具体化のアイデアをまとめる参考例として活用できる。野村総合研究所は昨年、日本国内のIoT市場が2015年の5,200億円から、2022年には3.2兆円規模になると予測している。
ドイツでもプロジェクトは2035年までを計画しており、本格的な取り組みが始まったばかりだ。キーワードに振り回されずに、現在進んでいる技術進化を冷静に捉える必要がある。
特別インタビュー
IoTと製造業、そしてタイ
IoTはモノづくりに何をもたらすのか。製造業のコンサルティングに長く携わって来た野村総合研究所タイの岡崎啓一社長に話を聞いた。
野村総合研究所タイ
岡崎啓一社長
京都大学大学院工学研究科精密工学専攻卒。野村総合研究所入社後、産業コンサルティング部、グローバル製造業コンサルティング部上級専門職(上席)などを経て、2016年4月より現職。
■製造業におけるIoTについて、どのように考えればよいでしょうか?
IoTは日本ではもうバズワード(明確な定義がない流行語)になっています。クラウド上などでデータが集中管理され、それを利用して何らかのサービスが提供される、というストラクチャーが出来ていればすべてIoTという扱いになっていて、どんな風にも解釈できるんです。昔、ユビキタスという言葉が良く使われましたが、あれもモノが持っている情報をキャッチアップして、展開するというもので、今と考え方自体は大きく変わっていないと思います。
私共もIoTに関してクライアント様からお仕事をいただきますが、それは企業にとってのビジネスの拡大を目的としています。そのビジネスの仮説を具体的に作ることを最初にやらないといけません。ですので製造業向けのIoTに絞ったとしても、まだスコープが広いんです。その中で、日本の経済産業省が定義しているサイバーフィジカルシステム(CPS=別図参照)は、ほぼIoTに近いと思っています。
クラウド、AI(人工知能)、ビッグデータのようなキーワードが内在された形での新しいサービスであったり、新しいモノづくりの在り方というのが、大まかな私の定義、考え方になります。どちらかというとモノづくり側です。これをどう具体的に設計するのかが重要になります。
■IoTではドイツとアメリカの取り組みが代表的です。
ドイツではインダストリー4.0としてIoTのコンセプトを具体化していて、アメリカではGEが個別の企業としてインダストリアルインターネットという言い方をしています。これが国、コンセプトという世界でのドイツ、個別企業としてのアメリカということで、考え方を整理するには良いと思います。
ドイツのインダストリー4.0は生産技術に近く、もう少しフレキシブルな生産システムに切り替えて、将来的には無人化も含めて国全体で規格として行っていくというものです。一方でGEが考えているのは、彼ら自身が販売した製品のアフターサービスなどオペレーションの部分。データを使って効率的に運用することによって、お客様に付加価値を勘案してもらう。例えば航空機エンジンの振動や音のデータを集め、どこの部品があとどれくらいで摩耗するか、といった故障予測をやり、事前にメンテナンスをして全体の稼働率を安定化、より高いサービスフィーをお客様にもらうというものです。
結果としてどんな構造になるかというと、従来は自動車メーカーなどが商品企画から顧客への納入まで行い、その後、お客様が製品を利用するという垂直統合で分断されていますが、IoTが導入されるとそれらが水平分業型に切り替わっていくでしょう。付加価値が高い部分はインハウス、低い部分はアウトソースと、2分される構造になる。例えば上流の企画開発の分野でもファブレスや生産委託の自動車メーカーが出てきたリ、販売、物流はアウトソーサーに完全に切り出すといった水平分業が出てきます。その代わり、川下のサービスを従来のメーカーが取り込んでいくことも考えられます。
■ドイツとアメリカは異なる取り組みを進めているということでしょうか?
(ドイツという)国の政策と(GEという)個別の企業の取り組みになるので、まったく違うと言っていいと思います。ドイツはモノづくり側です。ドイツのやり方をデファクトにし、それを各国の工場のマザーの位置付けにする。ドイツで作られている標準がすべてを設計するということになりますから、そこで搭載されるようなドイツ製の製品であったり、IoTの部品であったりが、グローバルでデファクトになり、結果的にドイツ全体の産業を育成していくという壮大な目的、狙いがあるのでは、という意味合いにおいて違います。
では何が起こるのかというと、結局、生産設備やそれを管理するシステムが付加価値を握ることになり、そこを制したところが勝つという構造になります。生産システム、生産技術といったキーワードが重要になって、それぞれの量産工場にある生産ラインを誰がラインエンジニアリングするのか、生産ラインから上がってくるデータをどうキャッチアップ、解析して、次の改善やイノベーションに展開してくのか、という一連のプロセスが重要になってきます。実はインダストリー4.0のメインプレイヤーというのは、生産システムをグリップする企業になるのではないかと思われます。そこに付加価値が一番溜まっていく。今は自動車であればメーカーが握っている分野です。そこをシーメンスやGEは自らの標準的なシステムを、デファクトスタンダードとして押し込んでいくことで、一気に付加価値を取ろうと進出してくる可能性があります。システムサプライヤーとの攻防戦が起こると見られます。
■各企業はどのように備えるべきでしょうか?
いずれにしても何をするかという具体策がないと、そこに必要な人、モノ、金は定義できません。具体的に何を目的に行うのか、その目的をどういうモデルで実現するのか、それを踏まえた上でどんなリソースが必要になってくるのか、ということを最初に設定する必要があります。
■タイの製造業におけるIoTはどうあるべきでしょうか?
まず今のタイというのは、新興国の中においては生産管理、生産技術の水準が高い。これをうまく利用しないといけません。タイは生産能力が余り始めています。稼働率で言うと今は60%前後。タイでこれからもモノを作り続けるのか、という議論が起きてくるリスクがあるくらい落ちています。かつ、人件費も上昇してきています。
そうするとタイを新興国のマザー工場という形にして、より効率的でローコスト、ローエンドな生産ラインの編成などのマザー工場の位置付けをタイが担えるのではないでしょうか。そして周辺国にコピーラインを設計して、生産技術の部分をタイで担ったり、トラブルが起こったときはタイで対応する。一定のエンジニアをタイに集中させ、タイの工場が生産技術の統括会社的な位置づけになる、それがタイの製造業におけるIoTの一つの在り方です。生産技術の集積拠点としてのタイ工場という考え方は、既に日系企業の中で出始めています。さらにそれをリモートで運営していくという形になれば、IoTのタイ版が出来上がります。
GEのようなサービスに関して言えば、例えばピックアップトラックの個別の運転情報をストックして、吸い上げて、もっと燃費を良く走らせるために運転矯正をしたり、振動を分析して部品交換をアナウンスするといった、いわゆるコネクテッドカーのようなものがタイで出来るのではないでしょうか。タイのマーケットでテストベッドをやり、それを周辺国で横展開していく…そういう具体的なイメージを持っていくことが、タイの製造業のIoTに関しては必要です。
今は、タイの製造業の優位性をどこに見出すのかが見えづらくなってきている状態です。だからこそ、タイらしいIoTの在り方、アセアン全体をグリップできるモデルを作ることができれば、タイの意義がさらに高まります。ただし、タイで行う必然性を見出せるようなメニューでなければ、キーワードだけで終わってしまいます。