日系に競り勝つ企業も タイ機械加工業の実力
かれこれ10年ほど前、ソディックの放電加工機を買い集め、ミネベアなど日系大手向けに精密部品を製造しているタイ企業を取材しないかと、タイのソディック幹部から誘われた。トンブリ方面の工場に一緒に出かけ、応接室で経営者へのインタビューが一段落すると工場見学に誘われたが、ソディック幹部の立ち入りは拒否された。ソディックから購入したばかりの新品機械が並んでいるはずの工場なのに…。仕方なく彼には応接室で待ってもらい、工場を見学した。拒否した理由はソディックに見られたくない機械の使い方をしているからだと考え、ワイヤカットを見つめたものの筆者にはお手上げ。ファナックのロボットを修理、再生して販売しているタイ工場を取材した時など、タイ人の機械強さに感心したことは多い。
近年、タイの中小製造業は品質、精度、コスト削減にさらに磨きをかけている。日本で操業している中小機械加工工場の多くにとって、導入したくても高過ぎて買えないところが多い5軸の日本製MC(マシニングセンター)を、一社で数台も導入している中小企業がタイでは散見される。あるローカルの機械加工の中小企業は「品質で既にタイ企業は日系の上を行っている」と断言した。「精度が出ない古い機械を使っている日系工場が多いが、我々の機械のほとんどが新品で、日系より高精度が出せる。足りない高性能機械をきわめて安く借りて稼働率を高めている。高い給与の日本人がいる日系工場に比べてタイ人経営の方が生産コストも断然低い」と言う。この現状はタイの日系中小企業の参考になりそうなので以下に紹介したい。
写真・文 アジア・ビジネスライター 松田健
受注も融通し合う緩やかな企業連合
6月号では、2013年創業の純タイ企業で機械加工業の開発改善エンジニアリングを紹介した。同社のパッタナー・プラチャイブン(Patthana Phrachaibun)社長の案内で、チョンブリ県パントン郡の同社工場付近にある5、6社の同業の工場を見学した。これらの中小工場があるのはアマタシティ・チョンブリ工業団地のすぐ裏手といった場所。各工場に入る際はオーナーなどに断りもせず、パッタナー社長の顔パス。まるで自分の工場のように奥まで外国人記者である筆者を案内してくれるので最初はひやひやした。
パッタナー社長の工場付近には、イーサーン(タイ東北部)出身の経営者による工場が多く、「イーサーン工場団地」とも呼ばれている。パッタナー社長ンによると、金型関係で約10社、治工具、部品製造などで約30社の2つのグループが知らない間にでき、今ではモノづくりで結束して日々協力しあっている。「この2グループともに加入している」というパッタナー社長だが、グループ名や名簿すら未だに作る暇がない。チョンブリ県にあるイーサーン出身の機械加工会社としては従業員500人規模のところがあるが、この会社はパッタナー社長らのグループに未加入だった。
パッタナー社長の工場近くで2年前から、日系大手からの共同受注を目指した活動を展開している「TM4SC」(Thai Manufacturing 4.0 Solution Cluster)はNOWABUTRプレシジョンのサンティ社長が会長となって設立した。TM4SCの設立準備中、サンティ社長らの呼びかけでイーサーン出身の部品加工企業経営者が160社ほど集ったこともあった。パッタナー社長によれば160社の内、事実上の提携関係のように助け合いながら仕事を進めているイーサーン出身の経営者の会社が30社ほどある。隣のラヨン県でもイーサーン出身の8社ほどいる部品製造の仲間とも協力関係にある。東北部ではロイエット、コンケーン、スリン、マハサラカム各県にも仲間がいるが、イーサーン最大の街であるコラート(ナコーンラーチャシマー県)には160社のグループに入っている企業はないという。
これらグループ各社では、こなしきれない仕事を融通し合うことも多く、その際の紹介料や測定器の貸し借りについてはまったく無料。放電加工や切削加工、部品製造などは有料だが「機械が空いている限り、加工賃など決めないまますぐに加工に取り掛かります。お金の計算なんかしていたらその間に仕事が逃げてしまいます。仕事を終えてからの値段設定で揉めたことは一度もありません。いちいち契約しなくても信頼関係があります」と胸を張る。融通が利くと定評のタイ人とタイ企業だが、そのマイペンライ気質からこのような超特急対応ができるようになっており、日本企業より納期も早いことになる。
測定するものによっては、効率の面からも大中小でサイズを変えなくてはならない米国のFARO社やミツトヨの3次元測定器などをすべて揃えることは中小企業にとっては負担が大きい。そこで「無料の貸し借りはお互い様で助かります。基本的にギブ&テークの関係」とパッタナー社長は説明する。タイではまだカーシェアリングは一般的ではないが、受注の融通、機械の貸し借りというシェアリングが実施されている。かつてはコピーされたCADソフトなどを使う工場があったが、これまでに各社ともソフトはすべて正規品を使用している。
着々と育つタイの中小製造業
従業員枢60人ほどのNOWABUTRプレシジョンでは、5軸加工機が2台、MC(マシニングセンター)14台、CNC旋盤22台など導入しており、ほとんどがMAZAK機。日系大手自動車メーカー向け検査冶具やクボタ向けシリンダーなどの他、米国エアロスペース社向けに高精度の航空機部品も手掛けている。サンティ社長は、パッタナー社長と同じイーサーンのロイエット県出身で、パッタナー社長からすれば業界の先輩として先を走るサンティ社長の発展が目標でもある。
第1工場が手狭になったパッタナー社長は増産のために去る6月、現在の工場から歩いてすぐの場所に第2工場(貸工場)を取得、すぐにMCを入れて操業を開始した。この工場は元々、サンティ社長の工場だった。約200万バーツのFARO社製3次元精密測定器や、ミツトヨの精密測定器も追加導入したが、スペース不足で現在は社長室が測定機器の保管室を兼ねている。そこでパッタナー社長は数年以内に6,400平方メートルの新工場を建設することを決めている。貸工場でない初の自前の工場を建て、2つの工場を集約して従業員寮や自宅も敷地内に作ることを決めている。これらの経営方針は、パッタナー社長が尊敬するサンティ社長がこれまでに実現してきたことだ。
パッタナーさんの案内で見学したタイ・モールズ&パーツ社では放電加工機3台、MC4台が忙しく稼働していたが、プラスチック成形も行っていた。従業員30人ほどで毎月10型以上の金型を製造しているという。また、30代のイーサーン出身女性のダウ氏が経営する工場は、数年前にワイヤカット放電加工専門の工場として立ち上がったばかり。ソディックのリニアモータ駆動のワイヤカット機VL600Qを2台入れて、仲間の企業からの受注を忙しくこなしている。
パッタナー社長はこれまで5%を出資している他のワイヤカット専門の工場にワイヤカットを外注していたが、近く第1工場内に同社初の空調設備付きの部屋を作ってワイヤカット機を導入する。
タイ人技術者育てるタイ・ドイツ協会
これらタイの中小企業グループを見守り育てているのが、1995年にスタートしたTGI(タイ・ドイツ協会)という職業訓練学校。アマタシティ・チョンブリ内にあり、各企業の人材への金型技術の教育が主な活動だが、タイローカルの部品産業の育成も活動の一つ。バンコクなどで開催される展示会に設置するTGIパビリオンに中小企業を無料で出展させている。
タイ政府がドイツ政府と組んでTGIという金型訓練施設を作るという話を初めて聞いた25年ほど前、「タイ政府は日本とドイツの金型技術を比較するつもりなのか」と筆者は感じたことを思いだす。TGIがスタートした頃はバンコクに日本が援助した金型人材を育てる学校があったからそう考えたのだが、どうやら日本の金型学校はドイツのTGIのような戦略性に欠けていた。TGIでは当初こそドイツ人技術者が金型や自動化などを教えていたが、しばらくするとドイツ人は去り、タイ政府機関が管轄しタイ人だけで運営する職業訓練機関となった。TGIには「宮沢基金」が投入されたこともあった。
TGIには高性能機械が導入されており、タイ企業が要望する少量、サンプルなどの加工を有料で引き受けている。タイの日系大手もこの制度を利用して小ロットやサンプル生産を依頼している。この作業は教官の指導のもとに研修生が体験できるため、TGI側のメリットも大きい。
旧態依然としたタイプの日系企業にとっては、現状のままでは将来厳しくなりそうだ。それを切り抜けるためには、タイ企業に負けない最新鋭機械を導入して、先に紹介したタイの中小企業のような共同使用といった従来にない生産方法が求められる。