タイ コピー製品攻防戦
バンコクのプラトゥーナムにあるIT製品のショッピングビルとして有名な「パンティップ・プラザ」が昨年、「パンティップ・プラトゥーナム」としてリニューアルオープンした。バンコクの秋葉原と呼ばれるほどパソコンなどの店が集積していた一方、コンピュータソフトの違法コピー販売のメッカとしても以前は有名だった。しかし、マイクロソフトなど世界のIT企業の抗議を受け、リニューアルオープンとともにコピー販売店が見事に消えた。現政権はバンコクの繁華街の屋台を急速に減らして歩きやすくする改革を進め、路上で売られていたコピー製品も激減した。ただ、違法コピーが消えたのはバンコクの中心部だけであり、バンコク周辺や地方ではこれまで通り、コピー製品があふれている。
タイのある日系機械メーカーでは、中国や台湾の企業にコピーされた同社ロゴ入りの製品がタイに輸入されて価格競争が起きて困っている。「以前は品質が悪く無視していたが、ここにきて明らかに品質を上げてきているので、当社もうかうかしてられない」と本物の機械の品質向上を図る方針という。バンコクの中華街で機械工具関係を中心に50社もの日本企業の総代理店を数十年続けている華人系のボリパット・マーケティング(萬利両合公司)でも、扱っている日本製製品の中国製コピーがタイで多く出回って悩んでいる。
同社のオーナー経営者一族で営業トップを務めるタヌット氏は、「ユーザーも中国のコピー品だと知って買うのだから仕方ありません。中国製の偽物の値段は本物の2割ほど。例えば当社で扱う日本製エアドライバー、エアドリル、エアハンマー、インパクトレンチ、サンダーズなどが5,000バーツとすれば、中国のコピー品は1,000バーツ程です。当社が中国のコピー製品を扱うことは絶対ありませんが、台湾で製造された『同様品』をお客様から要請されて扱うケースはあり、値段は2,000バーツ程です。台湾や中国製の保証期間はなく、スペアパーツもないので壊れると捨てる羽目になります」と話す。
知的財産など手掛ける外資系法律事務所
世界トップレベルの知的財産事務所であるROUSE(ラウス)は、英国人のラウス弁護士が1990年に英国(ロンドン)で設立した。これまでに欧米、中近東、アジア、オーストラリアなど世界 18拠点を構え、弁護士、弁理士(特許専門代理人、パテントエージェント)、商標弁護士、知的財産権専門調査プロフェッショナル、技術理系博士号取得者、多言語に対応する翻訳者専門チームなどの専門家600人以上を擁している。東南アジアでは6カ所の都市に事務所を構えている。2000年にバンコク事務所を設置し、当時すでにタイをベースにIPR保護で活躍していたフランス人弁護士・弁理士であるファブリス・マッテイ(Fabrice Mattei)氏が社長に就任した。
タイとミャンマーのトップでアジアの特許部門責任者でもあるマッテイ社長は「兼務しているミャンマーには毎月、タイとも連携し自動車部品や鉄鋼関係を中心に日本企業の案件が増えているインドネシア、ベトナム、フィリピンには2カ月に一度、日本にも年5回は行きます」と忙しい日々を送る。タイではバンコク本社の他にパトゥムタニにあるサイエンスパークに支店を構えている。
ミャンマーには2013年に進出したばかり。「ヤンゴンでミャンマー人の弁護士ら4人が勤務しています。ミャンマーへの外国投資が増えてきてはいますが、法制度が未整備な現状ではまだまだ投資企業は少ないのが現状です。海外投資家など多くの人がミャンマーで特許法と商標法が施行される日を待っていますが、これら知的財産権の法制化時期が未定です。しかし商標登録はすでにでき、刑法に基づく訴訟も可能です。近年における担当業務の一例として、ミャンマーでも著名な三菱電機ブランドの権利が侵害される事態が発生し、当所が権利行使業務を担当させて頂いたケース等があります。新法律の施行を待ってROUSEの本社からも弁護士派遣の応援も得てヤンゴン事務所を拡充します」とマッテイ社長は見立てる。
日系クライアントが数年前に比べて倍増
同社のサービスの強みについてマッテイ社長は「特許及び商標出願、調査、模倣対策、訴訟を含む権利行使対応等、知的財産保護に関わる全般的なサービスをアジアのネットワークを駆使して取り組んでいる点です。特許関係は技術が関係し複雑なのでそれぞれの分野に詳しい担当者がチームを組んで対応している」と語る。クライアントには日本の大手企業を始め、米国のアップル、グーグルといった世界的な企業も多い。米国関係の仕事が増えているのも最近の特徴で半導体などのIT関係の他、医薬品関係のクライアントも多くなっている。
タイのクライアントとしての日本企業については「数年前に比べて倍増し、150社ほどの日系企業のお世話をしています。ほとんどが日本の大手企業ですが近年は日本の中堅、中小企業からの依頼も増えています。そして現在の当社のクライアントの45%が日本企業になっていますが、近い将来には50%以上に高めたい」とする。
さらにマッテイ社長は「日本の大手企業には法務部などの専門部署があり、当方に相談に来られる前に質問点などをしっかりと整理され、問題点の分析もされて必要資料も持参し、適切な質問をされるので我々も応対しやすいし、内容について当方が学ばされることもあります。日本企業は我々や法などの制度を信頼しています。欧米のクライアントには基本の弁護士費用さえ支払わないところがあり困っていますが、日本企業では中小企業を含めてそのようなことはこれまで1回もありません。ジャパンデスクとして久保田雄志氏に日本企業、日本人の窓口をしてもらっています」と話す。
訴訟でなく和解で解決目指すタイ企業
日本企業からは「大手企業には問題の分析、解決方法を求められるケースが多い。近年増えてきた日本の中堅企業のクライアントは自動車部品メーカーが多く、技術関係に限定された相談がほとんどです」と明かす。「日本企業は組織的に優れた対応をされますが、タイ企業は大手でも日本企業のようには洗練されていません。そして、知的財産紛争が発生した場合、タイ企業による一般的な対応として、訴訟ではなく法廷外交渉による和解を試みるといった傾向があります。以前、タイの旭硝子とHOYAの間で特許紛争が2年半も続き、被告である旭硝子の係争代理業務を担当しましたが、タイの特許訴訟史上最も複雑な訴訟でした」とマッテイ社長は振り返る。
日本企業への要望としてマッテイ社長は、「日本企業、とりわけ中小企業はタイ企業のように、知的財産に関係する問題で、もっとフレキシブルに対応されることをお勧めします。知的財産関係で問題を感じられたら、我々に相談されることで多大な時間やコストが削減できると思います。世界に特許を出願して取得、保持していくには経費も高いので中小企業には無理な場合もあるでしょうが、特許を取らなくても企業経営者としては、自社による発明や技術内容といった守秘情報の外部漏洩リスクを回避するため、発明者とは雇用契約上、そして取引先とは業務契約上、それぞれ適切な秘密保持契約を締結しておくべきです」とアドバイスした。
タイの周辺国との国境でもROUSE社は活動している。「現在はラオス国境でコピー品の潤滑油が輸出されている問題について税関などで調査して対策を準備しています。カンボジア国境のアランヤプラテートの倉庫では欧米の有名ブランドからの依頼で衣服、靴などのコピー品を調査しており、訴訟に入る準備を進めています。前には世界的なアルコールブランド企業からの依頼で、ミャンマーとタイの国境にあるメーサイでコピー品、また米国製タバコのコピー製品を告発するケースも扱いました。マレーシア国境の県であるナラティワートでも同様の活動をしましたが、周辺国は我々の活動に対して概して協力的です」とマッテイ社長は説明した。
ROUSEの半数が中国で勤務
実は、ROUSEの従業員半数は中国にいる。上海、北京、広州に事務所を構え香港にも事務所がある。「中国のクライアントのほとんどが外国企業で、日本、ドイツ、米国が多いです。中国への進出企業の他、中国でのコピーを問題にしている日本企業など外国企業がクライアントです。中国企業にとって我々のコストは高すぎるのでほとんど利用してもらえません。中国企業ではファーウェイ(華為技術)などごく一部の大企業から限られた案件で相談を受ける程度」という。
中国では国家知識産権局(SIPO=State Intellectual Property Office)に年に数百万件といった膨大な特許申請があるようで、マッテイ社長は「出願件数は膨大でも特許が取得できる比率では日本企業が中国企業に比べて断然上であり、申請数での比較はできません。中国では欧米などで定着している当然の権利が認められないケースがほとんどです。例えば中国企業が保有している日本の地名などを使った商標について無効だと取り消しを求めても、いったん当局が認めた商標だけに(取り消しは)極めて難しいのが現状」と説明した。
マッテイ社長は「イミノベーション」は中国から無くならないという。「イミノベーション」はイミテーション(模倣)とイノベーション(技術革新)からなる造語であり、「中国では今後もコピーした製品を革新しながら進むでしょう。しかし本物に近づくことがあっても本物を超えることはあり得ません。しかし本物製品も改良への努力を進めるべき」と力を込める。
(写真・文 アジアジャーナリスト 松田健)