タイのロボット・自動化の未来 加速する製造業のイノベーション
ロボット産業は政府が注力する12のターゲット産業の1つである。タイの生産全体の効率化、低コスト化、競争力向上につなげるのが狙いだ。自動化システムの導入は、慢性的な労働力不足を解消し、産業のハイテク化を加速させる。タイでは新型コロナ流行による外国人労働者の帰国が、自動化推進の最大の要因となった。外国人労働者への依存度が高い中小企業では、生産工程の効率化が急務となっている。
インダストリー4.0が加速
TGI(タイ・ドイツ協会)のソムワン会長は、新型コロナウイルスをきっかけに、タイの工業セクターは2.0、3.0の時代からインダストリー4.0へと移行し、多くの産業が製造プロセスのスマートファクトリー化を進めていると述べた。 「IoT、ロボット技術、自動化、ビッグデータの活用がポイントです。当協会は工業省と共にロボット・オートメーション産業開発センター(CoRE)のプロジェクトを進めています。CoREセンターには現在17の部門があり、教育や商業分野において、高度な工業用ロボットを普及させるために、ロボット工学と自動化技術を駆使してオートメーションの発展に寄与しています。政府のターゲット産業であるSカーブ産業(有望分野)を中心に、プロダクツ(製品)、プロセス(生産工程)、ピープル(労働者)の3点にIoT、AI、ロボットを活用しています。 コロナの直撃を受けた産業、例えば観光業などでは進度が遅れ、特に医療・保養分野の観光は停滞していますが、スマートエレクトロニクスやメディカル産業は今年も好調で、先行きは明るいです」(ソムワン会長) タイの工業セクターは現在、年間4,000億バーツの機械を輸入し、2,000億バーツのシステムを輸出している。そのうちオートメーション関連は10%を占めており、タイは10年以内に同分野でASEANトップの輸出国になることを目指している。主に医療機器、農業、食品関連に注力し、自動車産業については将来の動向を見据えて対応する見通しだ。 コロナ流行が緩和されれば、外国人労働者は次第に戻ってくるが、中小企業は生産工程へのロボット導入を進める必要がある。現状、商品を出荷しようにも市場が衰退し購買力が落ちているため、各業界でロボット導入が本格化するのは平常に戻った後になるだろう。
コロナ後は自動化の成長機会
タイ・オートメーション・アンド・ロボティクス協会のナラコーン会長は、テックトーク@インターマックのウェブセミナーで、「コロナ流行後のロボット・オートメーションの成長のチャンス」と題して次のように語った。 「生産工程を軸に各種の変化が起こるでしょう。基本は利益体質の強化であり、焦点はコスト削減と生産性向上です。労働者を使って効率を上げるにはどうしたら良いか。賃金上昇にはどう対処したら良いか。これらを突き詰めれば、生産工程への自動化システムの導入は自然の流れになります。国際ロボット連盟の2015年のデータには、ロボットによる自動化はすでに自動車やエレクトロニクス、金属、プラクチック、化学、食品関連など、様々な分野で普及していることが示されてます。しかしコロナ流行により、これらの産業の市場価値は下がっているのが現状です。 コロナ流行で影響を受けた産業は、自動車を筆頭に、化学、農業、商業、航空、観光、石油・ガスなど多岐にわたります。一方、打撃が少なかったのは、飲料・食品分野でした。コロナ禍が収まった後は、影響の少なかった分野から自動化導入が進み、次第に他分野へと広がっていくでしょう。コロナ流行の真っ只中にあっても、自動化への流れはもう止まりません。ただし、まだ課題も多いため、投資家は市場を丹念に見定めることになるでしょう。 ASEAN諸国ではロボットが広く普及しており、トップはシンガポールです。シンガポールの労働賃金はタイの3倍なので、タイよりも早く自動化に投資する価値があることが分かります。タイは比較的変化が遅かったのですが、コロナ流行がロボット導入の起爆剤となりました。タイの労賃も上がる一方なので、自動化への投資は今後ますます加速するでしょう。それに伴い、人間の労働力とのバランス問題が発生することが考えられます。企業は人間とロボットの併用など、最適なバランスをとる方法を考える必要があります」
労働者からロボットへ
ロボットシステム社のカンパナート社長は、タイの工業部門は技術とイノベーションを積極的に発展させ、とりわけロボティクス、IoT分野の進展が目覚ましいと述べ、次のように続けた。 「生産工程のデジタル化を軸として、各種のイノベーションが起きました。労働力不足への対処が最大の動機です。そこにコロナ流行が来て、多くの企業が存亡の危機に直面しました。労働者依存の生産工程が、問題の核心として捉えられたのです。深刻な打撃をこうむった事業家はもちろん、これまで関心の薄かった層にも危機感が広がったのです。特に食品・医薬品製造、農業、物流業界での危機感の高まりは尋常ではありませんでした。 事業家たちは、今こそ技術・イノベーションを生産工程に導入する好機と捉え、ロボット、IoT等に関心を向けました。大企業だけではなく中小企業もこの動きに乗じています。コロナ流行期は一時的に停滞しましたが、現在は再び本格的な導入の動きが進んでいます。ロボット設備の価格低下もあって中小企業にも手が届くようになり、ロボット購入が大きなうねりとなっています。現在および将来の事業存続の危機に備えるための本格的な投資です。 ワクチン開発競争が続くなか、タイの事業家はロボット・オートメーションの情報収集を進めており、特に食品産業は生産への人間の関与を極力排する方向です。年内には生産工程のデジタル化の波が起こり、資金力のある企業から労働者とロボットの置き換えを始めるでしょう。 企業にとっては、事業存続が最優先なのです。ロボットに代わられた労働者はスキルの再研修を受けて、新たな職務につくことになります。技術・イノベーションを有する企業は、いかなる危機も恐れることはありません。ロボット導入を進めるには、まさに今が好機なのです。 国もロボット活用を支援するための施策をもっと推進していく必要があります。特に税制上の優遇措置が求められます。恩典の書類審査も簡略化し、資金調達へのアクセスもスムーズにするべきです。
BOIは民間投資を支援
BOI(タイ投資委員会)はコロナ後の経済回復を見据え、生産効率化に役立つ自動化への投資プロジェクトを認可の対象とし、法人税最大100%免除の方針を示した。これまでの半年間で、生産効率向上の技術・イノベーション導入申請プロジェクトの投資額は11億バーツを超えた。BOIのドゥワンチャイ長官は次のように語る。 「BOIは新規プロジェクトを支援するだけではなく、在来の事業家の生産効率向上についても支援を惜しまない。コロナ流行を機に生産効率向上の新たな波が起きた。コロナ流行が緩和した後は、経済回復が円滑に進むだろう。 機械設備のロボット化による生産効率化対策では、機械輸入税免除、3年間の法人税免除を実施している。ロボット産業への支援も進め、投資額の最大100%までが控除の対象となる。機械改良、エネルギー効率の向上、研究開発、工業設計の発展にも支援が及ぶ。また農業分野の国際レベル化、生産工程のデジタル化においても3年間、法人税を免除とする(※上記いずれも土地代・運転資金を除く、投資額の50%まで)」 生産工程効率化によりBOIの認可を受けた自動車部品メーカー、シーボリスット・フォージング社のチャルームラット総支配人は次のように語る。 「コロナ流行により、当社への注文は激減しました。そこでロボットを導入し、労働コストの削減を進める良い機会と判断しました。BOIの認可を受けて一気に競争力を上げる動きに出たのです。法人税免除の恩典が大きかったです。 自動車部品産業は、毎年コスト削減を進めねばなりません。そのため代替エネルギー使用プロジェクトの認可をBOIに申請し、エネルギーコストを大幅に削減した後、今度は機械類の効率化プロジェクトの申請に進みました。自動化システムの導入において全て国産のシステムを採用したことで、認可の焦点となる法人税100%免除の恩典を受けました。苦しい状況下でのコスト削減で大いに助かりました」 BOIのデータによると、今年上半期、生産工程の効率化プロジェクトの申請件数は88件、投資額は約112億バーツ。そのうちエネルギー節減による生産効率向上が67件(92.6億バーツ)、機械類の改良による生産効率向上が21件(17.6億バーツ)だった。 将来的に、ロボット産業は工業セクターの生産工程を一変させる大きなメカニズムになる。事業家はこの流れに乗り遅れてはならない。そのためにも、この方面における政府の支援が目に見えるかたちでなければならない。製造業は今後ますます競争が激化する。自動化により投資効率を高め、利益体質を伸ばしていくことが生き残りの鍵となるだろう。
2020年10月1日掲載