2021年のタイ経済展望 コロナからの復興と挑戦の1年に
新型コロナウイルスの流行で世界経済は深刻な打撃を受けている。世界銀行によると、過去150年の歴史のなかで最も重大な経済危機に直面しているという。コロナショックの緩和、国民救済に追われた各国政府は未曽有の財政支出を進めている。 国際通貨基金(IMF)は、各国政府がコロナ対策・経済政策に吐き出した予算は総額11.7兆ドル(約1,200兆円)と試算した。実に世界のGDPの12%に相当する金額である。また世界の公的債務が2020年に対GDP比で100%近くに迫り、過去最高水準になるとの見方も示した。 タイはコロナの防疫対策に成功しているが、世界中の国々の経済が疲弊しているため、タイ経済も停滞を免れない。それは1997年に起きたトムヤムクン危機(アジア通貨危機のタイでの呼び方)を上回るものとなるだろう。というのも、タイ経済の2本柱は輸出と観光で、海外依存度が格段に大きい構図になっているからだ。 世界各国の経済成長は2020年第2四半期に底を打ち、現在は緩やかに回復しつつあるが、そのペースは各国でばらつきが生じる見通しだ。タイ経済も回復傾向にあるものの、依然として不透明感が強い状態が続いている。
変革を迫られるタイ経済
2020年、タイ政府は新型コロナウイルスの感染拡大で経済的打撃を受けた国民の救済、各種の景気刺激策、事業家に対する各種支援策を実施した。その結果、消費者信頼感指数、輸出見通しは次第に上向き、2020年のGDP成長率の減少幅は当初予測(最悪でマイナス10%以上)よりも軽減された。 NESDB(タイ国家経済社会開発委員会)は2020年のGDPはマイナス6%にとどまるとの予測を発表した。これは朗報で、仮に当初の予測どおりマイナス10%減退したならば、その回復には3年以上を要するだろう。失業者が溢れ、惨憺たる様相になったに違いない。しかしマイナス6%ないしはそれより軽微であるならば、2021年にはプラス成長も期待でき、12–18カ月のスパンでタイ経済は回復基調をとるだろう。 バンコク都はデジタル環境の整備を進めて優秀な専門家を軸とする外国人の人材誘致を計画している。2021年には13路線の電車整備、ASEANで最大の鉄道拠点となるバンスー中央駅の開発、フワランポーン駅の中央図書館化、各種の重要プロジェクトの核心となる東部経済回廊(EEC)の開発などが進められる。 医療・薬品分野にも新たな産業が芽生えつつある。2021年は、まさにタイが変貌する年となるだろう。コロナ終息後、すぐにはかつての繁栄に戻らないとはいえ、新たな経済の胎動は否定しようがない。官民協力のもと、かつてのタイを超える堅固な国家に進化せねばならない。 今日のタイの安定した金融市場は長年の努力の結果である。今後も将来の展望を見極め、新たな経済の主役となる産業へ、優良な外資系企業を積極的に誘致していくべきだ。その際に重要となるのは、労働集約型ではなく、省人化を軸とした新たな産業の波に乗ることである。
2021年はプラス成長へ
ここ数年、世界経済は伸びてきており、2017年は3.8%、2018年は3.5%、2019年は2.8%の成長を遂げた。2020年は一転して4.4%のマイナス成長となったが、2021年には5.2%のプラス成長に転ずると予測されている。 このように、世界レベルでの見通しは暗くはない。しかしタイを含め、世界経済の最大の懸念は米中貿易戦争であることに変わりはない。米国ではバイデン大統領が誕生したが、米中対立が激化するか、緩和するかは予測がつかない。 新型コロナについては、ワクチンが最大の鍵となる。2021年半ばには普及するとの見通しだが、2022年にずれ込むという見方もある。ワクチン接種が広く普及し、人々の生活が1日でも早く正常化することが期待される。 RCEP(東アジア地域包括的経済連携)は、日本や中国、韓国、それにASEAN各国など15カ国が首脳会議で正式に合意し、協定に署名した。RCEP経済圏は世界の人口および国内総生産(GDP)のおよそ3割を占め、世界最大級の自由貿易圏となる。RCEPにより、タイの輸出は2021年に好転することが予想される。 米国のバイデン大統領の通商政策、とりわけインド太平洋戦略の動きも注目される。米国はRCEPのメンバーではないが、人権問題に強い影響力があり、また世界貿易機関(WTO)での発言力も大きい。米国が今後、タイにとってプラスの動きに出ることが期待される。加えてタイは州レベルの個別FTAを海南省(中国)、テランガナ州(インド)、京畿道(韓国)等との間で交渉中だ。実現すれば輸出入を軸に官民の経済活動が一層活発になるだろう。 2020年の実質GDP成長率はマイナス6%、2021年はプラス4%と予測される。2020年1月‐10月期の対米輸出はマイナス7.2%、欧州への輸出はマイナス14.3%、対中輸出はプラス2.7%、インドへの輸出は1‐9月期はマイナス30.5%であったが10月にプラス13.7%に転じ、輸出は回復への兆候を示した。ただ近隣諸国でのコロナ流行により国境貿易は減退している。ミャンマー市場はマイナス40%、ラオスはマイナス21%、カンボジアはマイナス17%となった。
政府の経済復興策が奏功
政府は新型コロナ対策に伴う経済対策として1兆バーツ(約3兆4,100億円)を借り入れる計画を承認した。使途内訳は、保険省の公衆衛生対策費に450億バーツ、国民への給付金に3,000~4,000億バーツ、残り5,000~6,000億バーツはコロナが収まらなければ逐次対策に投入する。 通貨市場ではタイバーツが7年ぶりに高値に上昇しているが、これは米国の大統領選で多量のドルが流れ込んだことによる。政策金利はすでに低金利を極めており、これ以上下げればゼロ金利、マイナス金利となるだろう。 金融市場では国内で資金を回すことが重要だ。政府はコロナ禍の支援策として、国内旅行の振興活動、生活必需品購入費の半額を補助するコーペイメント事業、債務返済猶予などを実施し国内消費の活性化に務めている。また財務省は中小企業のスタートアップ起業家を支援するほか、1,500億バーツの債務者支援策、250億バーツの起業家支援策も同時に進める。 こうした財務省の資金準備により国内での資金は順調にまわり、成長率のマイナス幅は当初予測ほど大きくはならないと見られる。消費者信頼感指数は底を打ち、2020年第3四半期の成長率は当初のマイナス7‐10%の予測値よりも高いマイナス6.4%だった。2021年は一転し、プラス4‐5%成長となるだろう。 アーコム財務相は、タイを訪問する外国人観光客数について、2021年は800万人となり、新型コロナ感染拡大前の4000万人の水準を回復するのは2024年になるとの見通しを示した。経済の回復に比べ、観光の回復には時間がかかるため、その間に経済構造の改革を進めて将来の安定を確実にすべきだろう。具体的には、コロナを教訓として経済のオンライン化、ハイテク普及を進め、環境浄化産業、医療機器・機材産業、東部経済回廊(EEC)の主力産業の発展に力を入れることである。
新時代の経済活動
タイの工業セクターはこれまで順調に発展してきた。しかし2019年に勃発した米中貿易戦争、2020年のコロナ禍といった海外発のマイナス要因がタイ経済にも大きな悪影響を与えた。サービス部門から各分野の中小企業に至るまで、その衝撃は計り知れない。しかし、政府による数々の経済復興策によりタイ経済は下げ止まりつつあり、工業セクターが駆動力となって回復への道を進んでいる。 工業省は現在、主軸を国内経済、とりわけ地方の経済活動に置き、国内のサプライチェーンを充実させ、各地の産品の付加価値を高めることに務めている。同時に工業セクターの人材開発を進め、とりわけロボット・自動化分野に注力している。今後は研究開発の成果が続々と新製品を生み出すことになるだろう。 スリヤ工業相は新たな経済活動について、次のように述べた。 「今後はエレクトロニクス、ネットワークシステム等をキーワードとする新時代の経済活動が重要になってくる。ニューノーマルに適応する製品、医療分野の各種ロボット、スマート農業等に大きな可能性が期待される。また食品分野は安全性と品質を堅く守り、優れたラボを焦点に消費者の信頼をさらに高めていく。それに伴い梱包もレベルアップし、輸送手段もより改善される。 国内の衣料品メーカーは、医療従事者向けのマスクなどの個人用防護具(PPE)の開発、増産を進めるべきだ。それにより、コロナ流行による衣料品の需要減の影響は緩和されるだろう。 またオンライン市場の競争が活発になる。工業セクターの国内需要向けの生産シフトが強まることで、長年の輸出頼みの構造が、バランスのとれた方向に修正されていくことが期待される。これらの方針に沿って工業省の各部局が動き、迅速な結果が続々と出されるだろう。とりわけ閣議で認められた将来性の高い部門、すなわちEV、ロボット産業、バイオ、食品を中心に本格的な資源の集中を進める。それに伴い、インテリジェント・エレクトロニクス、医療機器、メガプロジェクト関連の鉄道、空港、深海港で使われる各種機材、観光、輸送、デジタル分野等が活気を帯びてくる。工業省は現在、デジタル化を進め、スマート行政に転換している最中である」
2021年は挑戦の年に
複数の調査機関が2021年のタイ経済の動向を予測している。カシコン銀行傘下のカシコン・リサーチセンターは、2021年はプラス2.6%となり、前年(マイナス6.7%の予測)から回復する見通しを示した。サイアム商業銀行(SCB)の調査部門は、2020年はマイナス6.5%、2021年はプラス3.8%と予測する。 カシコン・リサーチセンターのナタポーン社長補佐は次のように述べた。 「2021年は政府・民間の消費、投資の予測をベースとし、プラス2.6%となる見通しだ。高いGDP成長率予測とならないのは、未だ全体的に不確定要素が多いことによる。コロナがどこまで拡大するか先行きが見通せず、ワクチンの実効性、普及率も具体的には予測できない。外国人観光客の受け入れにもまだ時間を要するだろう。加えて、政情不安もつきまとう。輸出は2020年はマイナス7.0%、2021年はプラス3.0%と予測する。輸出企業の間では昨今のバーツ高への懸念が高まっている。輸出競争力を維持するため、中銀は1ドル30バーツを超えるバーツ高には対策を講じるべきだ」 2021年の工業セクターは回復基調に入るだろう。今後は基礎が整いつつあるEVの開発にさらに注力すべきだ。その他の諸部門においても改革に挑戦しなければ、世界レベルの競争にはついていけない。2021年はたとえプラス成長になろうとも、それは世界経済の回復、景気刺激策の効果、また下半期におけるワクチンの普及と使用効果の拡大によるものであり、経済減退の基本問題は依然として残される。 2021年のタイ経済のリスク要因は、第1にコロナ流行の新たな波の発生、ワクチン普及の遅れ、第2に不良債権増加による金融システムの不安定化、第3に外資進出のブレーキとなる政情不安、第4に水資源備蓄の未発達と旱魃の脅威、第5に急激なバーツ高である。 世界経済を眺めると、コロナ流行は拡大する一方でまるで収まっておらず、タイ経済も2020年第2四半期に底を打ったとはいえ、各種の不確実性は依然として消えていない。遅々とした経済回復、コロナ第2波の脅威、ワクチン普及は下半期になるというタイムラグなど、高いリスクがまだまだ続く。 政府は金融政策、経済政策を効果的に進め、コロナ以前の繁栄を取り戻すことができるのか。2021年はタイ政府の真価が問われる1年となるだろう。
2021年2月1日掲載