タイの自動車産業 2021年の挑戦とEV生産ハブへの道
昨年のタイの工業セクターは、多くの部門が新型コロナウイルスの打撃を被った。とりわけ自動車産業は、新型コロナの他にも、米中貿易戦争による国際通商の不振、バーツ高が続いたことも逆風になった。業況悪化の底は脱したものの、いまだに生産台数は回復していない。2021年はどのような道筋をたどるのか。メーカー各社は今後も起こり得る危機に対し、どのような準備を進め対処すればよいのか、その方向性を検証する。
文/Jeeraporn Thipkhlueb
GM撤退と長城汽車の参入
米ゼネラルモーターズ(GM)は昨年2月17日、タイの工場を中国の大手自動車メーカー、長城汽車に売却し、販売からも撤退すると発表した。タイの自動車市場では日本車のシェアが9割近く、GMは苦戦が続いていたとはいえ、このニュースはタイ社会を大きく揺るがせた。 タイからの撤退はGMの世界的な事業見直しの一環である。ただし、販売済みの車両の定期メンテナンスや保証などのアフターサービスは継続する。また傘下の「ACデルコ」ブランドの部品販売に全国の拠点を活用し、販売業者の支援策としてGM以外の車両の修理・メンテナンスサービスも開始した。 長城汽車は工場取得を機に東南アジア市場に参入する。スリヤ工業相は、同社がタイで計画している投資額が226億バーツ、雇用人数が3,435人に上ると明らかにした。ラヨン工場ではまずピックアップトラックとスポーツ用多目的車(SUV)の生産から開始し、年産能力は8万台を見込む。 長城汽車は現在、アセアン市場のニーズに応えるため、グローバル戦略に沿ってラヨン工場のレベルアップを進めている。最先端のスマートファクトリーへと改装し、将来はプラグインハイブリッド車(PHV)やバッテリーなども生産し、東南アジア向けの研究開発(R&D)拠点も設置するという。特にインテリジェント技術の導入に力を入れており、人材の能力アップも図っている。同社はタイを右ハンドル車のグローバル拠点として位置づけ、周辺地域やオーストラリアなどに輸出する計画だ。 タイ法人の長城汽車アセアン&タイランドの張佳明社長は次のように語った。 「タイはアセアンの自動車産業のトップランナーであり、世界の自動車生産台数の国別ランキングでもトップ10に入る。自動車メーカー、部品メーカーが多く、技能レベルの高い労働者が揃っている。当社は勇んでこのアセアン最大の自動車生産国に工場を取得した。ラヨン工場を取得してから9カ月、有力な戦略工場へと改編を進めてきた。高い技術と充実したサービスで、タイ人の生活のレベルアップをサポートしていきたい」
2020年はコロナ禍で停滞
昨年3月以降、新型コロナの感染拡大を受け、日本勢を含む自動車メーカーは世界各地で工場の停止を余儀なくされた。タイでもロックダウン政策がとられ、官民の多くの人々が在宅勤務に移行した。自動車メーカー、部品メーカーも工場の稼働を停止し、各社とも政府と協調姿勢をとり対処した。その一方、消費者心理は急速に冷え込み、2月の新車販売台数は前年同月比17%減に落ち込んだ。 タイ工業連盟(FTI)の発表によると、昨年の自動車生産台数は前年比29.1%減の142万6,970台だった。2年連続でマイナスとなり、3年ぶりに200万台を下回った。乗用車の生産台数は同32.6%減の54万2,437台、商用車のうち1トンピックアップトラックは26.9%減の86万1,449台だった。仕向け先別では、国内向けが26.0%減の72万2,344台、輸出向けが32.1%減の70万4,626台。輸出向けの比率は49.4%、完成車の輸出台数は30.2%減の73万5,842台にとどまった。 一方、昨年のバイク生産台数は前年比20.1%減の202万3,433台。うち完成車(CBU)は同17.1%減の161万5,319台、輸出向けの完全組み立て生産(CKD)部品は30.2%減の40万8,114台だった。12月のバイク生産台数は前年同月比6.5%減の20万4,469台。CBUは同0.2%増の15万9,099台、CKD部品は24.2%減の4万5,370台だった。 2020年の自動車輸出台数は、前年比30%減の73万5,842台だった。うち乗用車が30%減の26万1,284台、ピックアップ車が29%減の41万8,122台、PPV車が40%減の5万6,436台。車両と部品の輸出総額は、25%減の5,919億バーツだった。 一方、バイクの輸出台数は前年比23%減の72万7,152台だった。うち完成車(CBU)が12%減の31万9,038台、輸出向けの完全組み立て生産(CKD)が30%減の40万8,114台。部品を含む輸出額は、19%増の882億バーツだった。自動車、バイク共に輸出はなお先行きが懸念されている。 昨年の国内の新車販売台数は前年比21.4%減の79万2,146台だった。マイナスは2年連続。新型コロナの影響で大幅に減少し、3年ぶりに100万台を下回った。しかし12月は前年同月比11.3%増の10万4,089台だった。これは新型車、プロモーションなどで弾みがついたことによる。
200万台回復は2025年か
タイ工業連盟(FTI)は今年の自動車生産台数を昨年比5.1%増の150万台と予想。国内向けが同3.8%増の75万台、輸出向けが6.4%増の75万台とみている。FTIのスラポン副部会長は、「第4四半期の消費刺激策により国内向けを中心に需要が回復してきたことから、昨年比で10万台のプラスに設定した」と説明。ただ、新型コロナウイルスの感染が再拡大している事態を受け、目標値を見直す可能性も示した。 バイクについては、2021年のCBU生産は前年比15.2%増の186万台と見込む。 国内市場向けが20%増の156万台、輸出向けが6%減の30万台となる。 スラポン副部会長はさらに、次のように語った。 「自動車生産が200万台を回復するには、2025年まで待たなければならないだろう。政府の各種対策が効果を上げて、現在、車の販売に勢いが出てきた。最大の目標はコロナを2025年までに収束させることだ。ただ新たな懸念材料として、半導体不足の問題がある。今年に入り、世界中の自動車生産が予想を上回るペースで回復しているため、自動車と電子製品メーカーは半導体の供給不足に直面している。半導体不足は自動車メーカーのラインを止める原因となる。その影響は深刻で、すでに世界各地で生産調整が始まっている。この問題に対し世界の自動車業界はどのように対処していくのか見守っていく必要がある。 電気自動車(EV)など電動車両の生産については、各社が投資委員会(BOI)から事業認可を得ている。長城汽車がEV生産に踏み出すこともあり、今年の生産台数は昨年を上回るだろう」
今後3年間の挑戦とリスク
アユタヤ銀行傘下のクルンシィ・リサーチは、新型コロナの影響によって、昨年の自動車の国内生産、新車販売、輸出とも大きく落ち込んだと指摘した。生産台数は前年比32~33%減の約135~137万台、新車販売台数は30~31%減の70~71万台、輸出は34~35%減の69~70万台と説明した。 その上で、21年から23年にかけては、景気回復に伴い年平均3~4%のペースで回復が見込まれるとした。その理由として、建設業や電子商取引(EC)、ロジスティクス産業の伸びによる商用車の需要増を挙げた。ただ、景気悪化により消費者の購買力は落ちており、また金融機関は容易に融資に応じないことから、回復は緩やかなペースになると予想。輸出の伸びも年平均4~5%程度とした。東アジア地域包括的経済連携(RCEP)協定と新型コロナのワクチン普及、中国経済の回復が原動力になるとみている。 その一方、米中貿易戦争は未だ膠着状態で先が見えない。またフィリピン政府が乗用車とピックアップトラックの完成車に対して緊急輸入制限(セーフガード)を発動したことへの懸念もある。セーフガードは8月8日まで適用され、それぞれ完成車の輸入に1台当たり1,500ドル、2,300ドルが課される。フィリピンは、タイの乗用車の輸出先では3位、ピックアップトラックでは2位の市場となっている。 長期的な傾向としては、自動車産業はEVの開発競争に突入するということだ。中国や欧米諸国、その他新興国でもEV化に向けた政策が議論され、自動車業界に参入する企業も増えている。タイ政府も、2025年までにタイをアセアン地域のEV生産ハブとする目標を掲げた。バッテリー生産の拡大と低価格化も今後、タイのEV販売を押し上げ、新たな需要を掘り起こす大きな要因となるだろう。 タイ政府は2030年までに、タイ国内の自動車生産台数のうち、電気自動車の占める割合を30%まで引き上げることを目標としている。投資委員会(BOI)は、電動車両関連の生産に対する新たな投資優遇措置を決定した。 EVとプラグインハイブリッド車(PHV)の生産については3年間の法人税免除を認め、年産台数1万台以上など一定の条件を満たせば延長も認める。投資額が50億バーツ以上のEV生産には8年間の法人税を免除する。 電動のバイクと3輪車、バス、トラックの生産についても、2022年までの生産開始などを条件として3年間の法人税免除を認める。電動の船舶については、総トン数500トン未満を条件とし、8年間の法人税を免除する。また、EVなどの基幹部品の生産にも8年間の法人税免除を認め、バッテリー生産については原材料の輸入関税を2年間は90%引き下げる。
産業構造の見直しが必要
新型コロナはタイの自動車産業に深刻な打撃をもたらした。こうした状況を見て、多くの専門家が、今後は真に製造するに値する車を選択して生産するよう提言した。コロナ後の工業セクターの変化を研究するアーチャナン・コパイブーン博士は次のように語った。 「ロックダウンによって自動車の国内市場、輸出市場は急速に縮小した。これによってメーカー各社は労働時間短縮、臨時休業などを行い、生産力を落として対応した。メーカー側は当初、50~70万台程度の落ち込みで収まると考え、一時金を払って熟練労働者を解雇した。しかし影響はOEM(相手先ブランドによる生産)やREM(交換市場向け)、スペアパーツなどサプライチェーン全体に広がった。OEM部品は選択肢が少なく、資金繰り、人員削減で対処せざるをえなかった。一方、REM部品は選択肢が多く、中国メーカーに対応して規模を拡大した会社もある。OEM部品は現在、オンライン市場の依存度が増えている」 ロックダウン解除後の自動車・部品の売れ行きは回復基調にあり、現在はロックダウン以前の水準に戻りつつある。これはメーカー各社の安売り競争、海外からの集中的な受注増が重なったことによる。 ただし、新車販売は今年もコロナ前の水準には届かないだろう。大手自動車部品メーカーは2021年の自動車生産台数を150~160万台と予測している。トヨタの山下典昭タイ法人社長は、「タイの自動車産業にとって再び困難な年になる」とコメントした。各社の工場は残った従業員を効率的に使うことを優先し、新規採用を見合わせている。再度のコロナ襲来を警戒して弾力的な姿勢をとっているからだ。 自動車産業はメーカーを軸として部品産業が集まるクラスタ-構造を持ち、タイの自動車生産は国内の部品産業に依存している。今回のコロナ禍では中国に依存したサプライチェーンのリスクが露呈したことから、生産集中・最適調達から、生産分散・現地調達優先へと移行することが予想される。その見直しの動きのなかで、タイと周辺地域との生産・供給体制の再編が必要となる。タイ政府は国産部品を奨励し、国内のサプライチェーンを一層強化していくだろう。 コロナ禍により、競争力増進を進める政府の役割の重要性が改めて鮮明となった。政府はEガバメント、デジタル技術導入による役所手続きの簡素化、各種標準認定の迅速化を急いでいる。いずれも工業セクターにとって長年の頭痛の種であったが、改善が進んだことで源泉徴収の計算も迅速になり、外資のタイ進出の魅力も増した。これらは国際競争力の観点からも重要である。
EV生産ハブを目指す
商務省のピムチャノック貿易政策・戦略室長は、「2021年は環境配慮型の製品に集中する」とし、次のように語った。 「今年はEV関連などの輸出に注力したい。EVの需要は世界中で増えており、環境面、健康面で有望なEVの奨励政策には多くの国が力を入れている。新たな技術が日々開発されており、タイのメーカーもこの波に乗るべきだ。EVは部品、充電施設、修理サービス、サポート方面のソフトウェア、アプリケーションなど関連事業は多岐にわたる」 新エネルギー車の市場は拡大している。国際エネルギー機関(IEA)の報告書によると、2019年のEVとPHVの販売台数は前年比6%増の210万台だった。世界全体でEVとPHVの台数は、2010年の1万7,030台から、2019年には717万台にまで拡大したという。IEAはさらに、2030年までにEVおよびPHVの普及台数は1億2,500万台になる可能性があるとしている。そのうち乗用車が最大のシェアを占め、中国、欧州、米国、インドが巨大市場になるとみられる。 新技術の開発により車は単なる乗り物ではなく、スマホのように多種多様な機能を搭載することになる。関連サポート事業も増大、繁栄し、自動車産業のバリューチェーンは循環型に変貌していくだろう。新時代の車部材メーカー、IT通信事業者、オンラインプラットフォーム、ソフトウェアメーカーなど様々な部門の事業がつながってくる。 貿易政策戦略局によると、2019年の世界中のEVの輸入高は前年比55%増の708億1,700万ドルだった。EV部品の輸入高は同0.45%減の450億2,200万ドルで、日本、ドイツ、米国、韓国、中国が世界のサプライチェーンの主流となっている。 一方、タイの2019年のEV輸出高は前年比69%減の1億2,850万ドル、2020年1-9月期は前年同期比155%増の3億9,300万ドルで、主な輸出先は日本、インドネシア、シンガポールだった。またEV部品の輸出高は68億8,700万ドル、2020年1-9月期は前年同期比22%減の41億4,500万ドルで、主な輸出先は米国、日本、中国だった。これらのデータを見ると、タイは新たなプレイヤーとして世界のサプライチェーンに食い込み、特に日本を足掛かりにして伸びる傾向にあることがわかる。 タイの官民はEVの事業環境の整備に力を注いているが、EV輸出の国際競争は激化している。アセアン諸国はマレーシアをはじめ、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナムがEV生産に参戦しており、日本、ドイツ、米国、韓国、中国に事業パートナーを求めて一層の飛躍に乗り出している。 タイのEV産業は将来、外貨の有力な稼ぎ手となり、経済発展の主要な役割を果たす立場になるだろう。今年は中国系の自動車メーカー、長城汽車や上海汽車CPのタイへの投資が注目される。特に長城汽車は、今後のタイの自動車・部品メーカーを導く先駆的な流れを作る可能性がある。2021年はEVから目が離せない。
2021年3月1日掲載