タイの電動バイク市場 カーボンニュートラルに向けEVシフトが加速
EV生産ハブを目指すタイでは、二輪の電動化が進んでいる。タイ工業連盟(FTI)が発表した2022年末の電動バイク(E-Bike)の登録台数は、バッテリー式電気自動車(BEV)が前年比2.5倍の1万6,540台、ハイブリッド車(HV)が4.9%増の9,023台だった。エンジン車を含むバイク全体の登録台数(11.9%増の180万台)と比較すると規模は小さいものの、伸び率は全体を大きく上回っている。新興勢力が続々と参入している電動バイク市場の現状をリポートする。
▶ 支援政策も普及を後押し
環境意識の高まり、化石燃料の価格上昇、充電スタンドの急増、新興メーカーによる手頃なモデルの発売がASEAN諸国の電動バイク市場を活性化させている。タイでも商用・個人向けの電動バイクの利用が増加しており、関連分野の市場成長が続くと見込んで外資や地場企業が続々と参入している。
タイ政府による振興策も普及を後押ししている。2050年のカーボンニュートラル(炭素中立)および2065年のネットゼロ達成を目指すタイ政府は電動車の普及に積極的で、22年2月に開いた閣議においてバッテリー電気自動車(BEV)購入に対する補助金の支給や、税軽減を決定。BEV購入支援策の対象には電動バイクも含まれており、電動バイクの価格が15万バーツを超えない場合、すべての部品の輸入と完成車の輸入を含めて1台当たり1万8,000バーツの補助金が付与される。補助金交付の期間は2022~25年の4年間。支援策の対象となるには、BEVの輸入業者及び国内製造業者は、財務省物品税局と合意事項の覚書(MOU)を締結する必要がある。
電動バイクの購入支援策への参加条件は以下の通り。①タイ自動車協会の認定を受けた48ボルト以上のリチウムイオン電池を使用、②バッテリー容量3キロワット以上または1回の充電で走行距離が75km以上。③工業製品規格に適合したタイヤを使用。④電動バイクの安全性試験に合格。
▶ 販売上位は台湾・中国系
タイの二輪車市場は日本ブランドの独壇場だ。運輸省陸運局によると、2022年通年の二輪車の新規登録台数は前年比11.9%増の180万1,902台だった。このうち1位のホンダ(137万9,001台)と2位のヤマハ(28万4,009台)でシェア全体の9割を超えている。
しかし電動バイクの分野では、メインプレーヤーは日本ブランドではない。タイの電動バイク市場では、台湾や中国のメーカーと提携したローカルブランドが台頭している。タイ自動車研究所(TAI)が発表した2022年の電動バイク新車販売ランキングによると、販売台数1位はデコ・グリーン・エナジーの「DECO」(1,190台)だった。同社は電気バイクと衣料品を製造販売するメーク・トゥー・ウィン・ホールディング(MTW)傘下の電動バイクメーカーだ。主にパーソナル(個人)向けの電動バイクを3~7万バーツの価格帯で販売している。
1996年設立のMTWは衣料メーカーとして成長し、2018年に台湾の来克電能(LAIKE)と合弁で電動バイクメーカーの子会社デコ・グリーン・エナジーを設立した。中部ナコンパトム県に工場があり、年産能力は1万1,500台。電動バイク「DECO」ブランドのほか、電動自動車、スペアパーツ、リチウム電池など、車両と部品の両方を製造している。電動バイクの生産計画は22年が3万2,000台、23年が3万8,400台、24年が4万6,400台、25年が5万6,000台としている。デコ社は22年5月、電動バイクの購入支援策の適用が決まり、財務省物品税局と覚書を締結。電動バイクメーカーでは適用第1号となった。
親会社のMTWは22年12月、タイ証券取引所(SET)の2部市場に上場し、約2億5,000万バーツを調達。その資金で電動バイクの新工場を建設する。デコ社が21年9月に用地を取得しており、23年第1四半期に工場とオフィスを建設する。機械の購入なども含め投資総額は約2億バーツとなる見通しだ。
22年の電動バイクの販売台数2位は、中国製の電動スクーター「Niu(ニウ)」(990台)だった。Niuは中国の電動バイク大手、小牛電動(Niuテクノロジーズ)のブランドだ。Niuテクノロジーズは2014年の創業。本社は中国の常州市。スマート電動スクーターの設計・製造・販売を手がけ、中国での累計販売台数は100万台以上。タイでは自動車やバイクの輸入・販売を手掛けるチャーリッチ・ホールディング傘下のディーラー、General Auto Supplyや、ECモールのShoppee、Lazada、JD Central等で電動スクーターの販売を展開している。
中国では、Niu社の創業以前より電動バイクは普及していたが、主に鉛バッテリーが使用されていた。鉛バッテリーは安価で信頼性が高い一方で、重量が重く、充放電を繰り返す中で性能が低下するというデメリットがある。そうした中、Niu社はテスラのEV等にも使われている最新のリチウム電池を搭載した電動バイクを発売。瞬く間に市場を席巻し、2018年には米ナスダック上場を果たした。創業10年未満と若い企業だが、すでに10モデル以上の製品シリーズがあり、中国では3000以上の取扱店を構える。また50カ国以上に販売網を構築し、これまでに全世界で累計270万台以上の電動スクーターを売り上げた。
Niu社の人気モデル「NQi GT」はBOSCH製のモーター(定格出力1000w)を搭載。脱着式のバッテリーを2つ搭載することで最大134kmの航続を可能にした。「NQi GT」は、スポーツ、ダイナミック、E‐セーブの3つの走行モードを備えている。それぞれの走行モードには最高速度が設定されており、スポーツは約70km/h、ダイナミックは約45km/h、E‐セーブは約20km/hとなっている。
Niu社は23年発表の新型車に、ナトリウムイオン電池を採用することを明らかにしている。その背景には、原料価格の高騰により従来採用していたリチウムイオン電池の価格が上昇し、車両価格を上げざるを得なくなっていることがある。
▶ タイ企業も躍進
タイ企業も躍進している。22年の販売台数3位には、電動バイクや電動カートを製造・販売するHセム・モーターがランクインした(738台)。Hセムは「チャオ(49,700バーツ)」「モビラ(87,000バーツ~)」「ウイングス(87,000バーツ)」の3ブランドで電動バイクを販売している。レンタルサービスも展開しており、レンタル料金は保険・バッテリー代込みで1日150バーツから。また、商用電動バイクのレンタルも強化しており、企業や商業施設に対して、コストの低さや温室効果ガスの削減効果をアピールしている。レンタル料金は30日の契約で1日95バーツ、15日の契約で同97.5バーツ。カシコン銀行の携帯端末向けアプリケーション「K+マーケット」で決済できる。バッテリー交換は無料で回数制限はない。同社のワンチャイCEOは、今後の事業展開について次のように述べた。
「2023年は電動バイク事業の強化に4~5億バーツ投資し、目標販売台数を1万台とする。バッテリー交換所も現在の60カ所から100カ所に増やし、利便性を高めていく。政府が導入した電動バイクの購入支援策の効果もあり、2032年は販売台数が急増するだろう」
同社の電動バイクの年産能力は1万台あり、稼働率は30%となっている。バッテリーは現在、中国から輸入しているが、アユタヤ県の工場でのバッテリー生産も検討中だ。
2015年設立のスタートアップ企業、イートラン(EATRAN)も徐々にシェアを伸ばしており、22年は481台の電動バイクを販売した。同社は19年に独自開発の電動バイクを発売したのを皮切りに、21年には自動車車体部品メーカーのサミット・オート・ボディーと共同で、宅配業者向けの電動バイク「ETRAN MYRA(イートラン・マイラ)」を開発した。同モデルは簡易型冷蔵庫を荷台部分に設置できるほか、走行ルートや時間などを記録でき、最高速度は120km/h。1回の充電で最長180km走行できる。サイアム商業銀行(SCB)が運用している食事宅配アプリ「ロビンフード」の契約ドライバーに供給するなどして売上を伸ばしている。
マイラには3つのサブモデルがある。それぞれの価格は、エントリーモデルの「マイラ・ゼロ」が6万9,500バーツ(バッテリー内蔵なし、月額バッテリーレンタルパックで使用可能)、ミドルモデルの「マイラ・プラス1」が11万5,560バーツ(バッテリー1個付属、最大走行距離90km)、上位モデルの「マイラ・プラス2」が14万9,800バーツ(バッテリー2個付属、最大走行距離180km)となっている。
イートランは充電スタンドの拡充にも取り組んでおり、米系シェブロンと業務提携して電動バイク用バッテリー交換所を共同展開している。同社は環境意識の高まりを背景に、2025年までに10万台の電動バイクを販売し、タイの電動バイクシェアの50%獲得を目指すとしている。
近年はタイの大手企業も電動バイク市場に参入している。国営石油PTTは主にバッテリー事業に注力しており、子会社のスワップ・アンド・ゴーを通じて電動バイクの交換式バッテリーの販売、交換式バッテリー交換所の設置、アプリケーション導入の3事業を展開している。スワップ・アンド・ゴーは22年12月、電動バイクメーカーのスタリオンズ・グループと提携し、バッテリー交換所のネットワーク拡大と電動バイクの利用促進で協力している。スタリオンズは「TAILG」ブランドの中国の電動バイクメーカーで、東莞市台鈴車業(TAILG)の電動バイクを取り扱っている。
海運大手トレセン・タイ・エージェンシーズも22年7月、電動バイク事業を開始すると発表した。電動バイクメーカーのストローム(タイランド)と開発した電動バイク「P80ゴー」を投入し、PTT傘下のスワップ・アンド・ゴーが展開するバッテリー交換所を利用できるようにする。両社と提携し、傘下のP80ゴー社が電動バイク事業を担当する。「P80ゴー」を販売するほか、短期や長期の契約で貸し出す。
▶ 日本メーカーの動向
日本メーカーは二輪の世界シェアで5割近くを占めるが、電動バイクの商品化では遅れが目立つ。しかし近年は各社、二輪の電動化に向け動き出している。ホンダは昨年9月、2025年までに10モデル以上の電動バイクを投入し、今後5年以内に年間100万台、2030年には二輪車の世界販売で15%に当たる350万台を電動バイクにすると発表した。
タイ・ホンダでは法人向けにビジネススクーターのEV化を進めており、21年より国営郵便会社タイランド・ポスト(タイポスト)がホンダの業務用電動バイクを導入している。中型スクーター「PCXエレクトリック」と小型スクーター「BENLY(ベンリィ)e:」の2車種で、1回の充電でそれぞれ最長41km、43km走行できる(最高速度は各60km/h)。ホンダはカシコン銀行とも協力関係を結び、同行支店にバッテリー交換所を設置して「ベンリィe:」などのバッテリーを交換できるようにしている。その他、ドイツ系食事宅配サービス「フードパンダ」とも提携している。フードパンダはタイ国内77都県でサービスを展開しており、国内の宅配サービスでは23%のシェアを持つ。ホンダとの提携を通じ、フードパンダは「ベンリィe:」をレンタルしている。
ホンダは22年10月、タイ財務省物品税局と電動バイクの購入支援策の適用に関する覚書を締結した。「ベンリィe:」が対象となり、補助金で価格を19万バーツに抑えられる見込みだ(2025年まで補助金が交付される)。今後は「ベンリィe:」等で培ったビジネスバイクシリーズの電動化技術をベースにした個人向けの電動バイクをアジアで展開していく計画だ。
一方、ヤマハはBEV・FCV(燃料電池車)の販売比率を2030年に2.6%、2035年に20%、2050年に90%まで引き上げる目標を掲げている。同社はカーボンニュートラル社会の実現に向けて、EVスクーター「E01」(イーゼロワン)を開発した。「E01」は、将来の電動スクーターの市場開拓に向けた実証実験のために開発されたモデルで、日本やタイなどに投入している。
「E01」は専用に開発したモーターと車両固定型のリチウムイオンバッテリーを搭載し、104kmの航続距離を実現した。最大出力は8.1キロワット(11馬力)。モーターは高回転型の空冷永久磁石埋め込み型同期モーター(IPMSM)で、バッテリーの容量は56.3アンペア時(Ah)。実証実験は22年9月よりタイ発電公団(EGAT)と共に開始している。東北部ナコンラチャシマ県のラムタコン水力発電所で使用してもらい、エネルギー消費量などのデータを収集。発売に向けた改良に役立てる。
脱炭素社会を背景に、電動化の波は4輪だけでなく、バイクのような2輪にも押し寄せている。安価な電動バイクメーカーが急速にシェアを拡大しているタイの電動バイク市場において、日本メーカーはどのようにプレゼンスを発揮していくのか。今後の動向を注視していきたい。
2023年3月1日掲載