タイ ロボット革命の夜明け

自動車や電機電子業界を中心に、生産活動の必需品とも言える産業用ロボット。産業界に限らず、多方面への展開も期待されている。今、タイはタイランド4.0の旗印の下、国際競争力を強化する10のターゲット産業を指定。将来的にタイ経済を支える新S字カーブ産業の中に、ロボット・オートメーションも含まれ、官民挙げてロボット振興に力を入れようとしている。果たして、その萌芽は見えてきているのか。

取材・文 長沢正博、Bussayarat Tonjan

5年間で2000億バーツの投資促進目指す

タイ政府は昨年、今後5年間で2000億バーツの投資の促進、1,400のシステムインテグレーターの創出などの中期目標を打ち出した。そして、2026年までにロボット輸出国になるというプランを持っている。タイ投資委員会(BOI)のドゥワンチャイ事務局長は昨年末に開かれたセミナーで「ロボットとオートメーションは、生産工程に高度なイノベーションを引き起こしてタイランド4.0に向かうためのターゲット産業の一つです。2013年以降、生産効率の改革対策を今なお続けており、関連プロジェクトを239件認可し、合計372億2,200万バーツの投資額を数えます。エネルギー削減のための投資、環境に対する負荷を減らすための代替エネルギーの使用など、関連プロジェクトは合計235億6,200万バーツの投資額でした」と語った。

昨年の生産効率の改革対策のもとに認可されたプロジェクトの例としては、電気器具部品の製造、ソーラーセル・パネル製造、動力移転ギアセットの製造、石油化学製品の製造などがある。次いで、生産効率を増進させる機械設備の更新に、合計114億3,600万バーツが投資されたという。

ドゥワンチャイ事務局長は「現在、BOIは認可プロジェクトの種類を増やすとともに、国内の工業セクターに連結するオートメーション・システムを導入したプロジェクト向けの恩典を充実させています。メーカー、ユーザーともに恩典が付与される対象になります」と話す。

さらに「メーカーの立場からは、各種の事業活動に直接の恩典の付与を求めることができます。例えば機械と機材の製造、ロボットの製造、エンジニアリング・システムによる設計、などです。一方、ロボットとオートメーション・システムのユーザーの立場からは、生産効率の改革対策のもとでの恩典の付与を求めることができます。これまでに権利・特典の付与を受けたことのある企業でも、そうでない企業でも、ともに申請が可能です。ただBOIが定めた業種の該当していなければなりません」と述べた。

鍵を握るシステムインテグレーター

切削工具、ベアリング、ロボットを中心とする不二越のタイ法人、ナチテクノロジータイランドの寶島章副社長は「昨年、タイに来たロボットの数というのは10%程度伸びました。様々な予測の数字を見ても、タイはまだまだこれから伸びるだろうと思われます」と語る。少子化による労働人口の減少やタイ特有の人材の流動性の高さから、ロボットの導入によって生産性の安定を図ろうという背景がある。「日系企業よりも、自動車部品メーカーや食品産業など、タイ企業の方が積極的にロボットを導入しようという傾向があります。食品加工の現場では、ワーカーの方たちがずらりと並んで作業しています。そういうところで少しでもロボットが力を発揮できれば」。ロボット価格が最低賃金2年分を超えるかどうかを、ロボット普及が加速する一つの基準に置いている。その点、タイの最低賃金はまだ基準に及ばない。裏を返せば、今後さらに広がる可能性があるということだ。

ただ、課題もあると寶島氏は指摘する。ロボットは、ロボット単体で大きな力を発揮するわけではない。最適なロボットシステムの構想、設計から導入までを担うシステムインテグレーターの存在が欠かせない。先にロボットが普及した日本やヨーロッパ、アメリカに比べ、タイはまだ歴史が浅い。「システムインテグレーターの数が少ない。そのための教育が重要」と話す。

ナチテクノロジータイランドでは昨年7月に、バンコクにロボットテクニカルセンターを開設した。溶接ロボットやパレタイジングロボットなどを設置し、実際に動く姿をユーザーに見せることで、ロボットへの理解を深めと導入のイメージを膨らませる。さらに、顧客向けのスクールも実施。将来は一般向けにも拡大する意向で、一層のシステムインテグレーターの育成にもつなげる方針だ。タイローカルのシステムインテグレーターも増えてきている。「彼らに力をつけてほしい。そうしないと全体の市場の伸びがない」。

また、ナチテクノロジータイランドとしてもシステムインテグレーター事業への拡大を目指している。「お客様は最終的にロボットを用いたシステムとして使います。そのシステム自体をまだタイでは作れません。ロボット単体だけを提供するやり方では限界があります。今、システムインテグレーターが足りないという点を考えると、自分たちで作る、設計するということをしていけば、全体のボリュームアップにも貢献できます」。

寶島氏は長くロボットに組み込むソフトウエア開発に従事。将来のロボット進化の方向性と尋ねると、「恐らくティーチレス。今はペンダントや、パソコン上で動きを教えていますけど、そのような作業がなくなるのが一番良いですね。それに加えて、人と共存できること。ロボットを置いただけですぐに人と一緒に働ける、というのがベストだと考えています。ロボットは重いものを運んだりするのは得意ですけど、細かい作業や複合動作など苦手な分野はまだまだあります。人は両手があって、色んなことができる。人ってすごいんですよ」と語った。

タイはサービス用ロボットにチャンス

ドイツ発の大手ロボットメーカーのクーカ・ロボティクス(タイランド)のプティポン、タイ担当販売部長は、ロボット産業の視点から見て次のように語った。「現在、多くの工場にロボットが進出しています。しかし将来はサービス・セクターにおいてロボットの進出が増えるでしょう。今後、2、3年以内のうちに、世界のロボット需要は2倍に拡大すると思われます。ユーザーの指向は変わり始めています。工業セクターは労働者不足の問題を解決するとともに、絶えざる生産性向上を進めて競争力を開発することになります。遠からずタイはロボット製造において中国の挑戦に直面することになるでしょう。中国は年々、この方面での存在感と重要性を増しています」。

サービス・セクターにおけるロボットの使用は将来増える傾向だという。オートメーション・システムの導入で作業の重複が減少するほか、ロボットはプログラッム通りに動く。作業の重複・錯綜が進んだとしても人工知能がロボットをサポートできる。

プティポン氏は「現在の消費者性向の変化が順次、ロボットによるサービスの提供を容認することになるでしょう。一部のサービスにおいてはロボットの導入に消費者は関心を強めています。より便利で快適になります。汚れる作業もリスクの高い作業も、人間がしなくてもよくなります。すでに世界の工業セクターのうちの主要5部門ではロボットがこなす作業が85%を超えています。自動車、電機電子、鉄鋼、ゴム、プラスチック、それに食品加工も含まれます。労働者不足を解消し、生産性向上を進めて競争力を高める動きは、中国が断トツのプレイヤーになってきました。工業セクターでのロボット使用は今や世界最大です。世界のロボット市場の30%は中国が占めており、将来ますますシェアが拡大する動きにあります」と語る。

プティポン氏は産業用ロボットの製造において、タイは中国の挑戦に直面することになると見る。しかし、サービス・セクター向けのロボットにおいては、タイはなお製造活動をつづけるチャンスがあるという。今後、2~3年後には世界のロボット需要が2倍になるとはいえ、現在、タイ製ロボットのシェアはなお微々たるものでしかない。プティポン氏は「産業用ロボットにおいては、タイから主要なメーカーが出る可能性は小さいでしょう。しかしサービス用ロボットにおいては、タイにはより大きなチャンスが広がっています」と力を込める。

タイも高齢者社会に突入するトレンドがいよいよ見えてきた。ロボットの進出も工業セクターからサービス・セクターにおいて広がっており、前に述べたような消費者思考の変化も加わってきた。また、タイの大学生は世界的なロボット開発コンテストで優秀な成績を上げており、「タイの開発能力の高さに疑問の余地はないでしょう。あとは商業ベースで成功させるまでの開発資金のサポートですね。今後のタイのロボット産業のチャンスを開くポイントは、まさにこの点にありますね」。

世界的に高まるロボット需要

2016年の全世界のロボット販売は前年比16%増の29万4,312台。電機電子産業向けが41%増の9万1,300台と牽引して全体の31%に増加した。自動車産業向けは6%増の10万3,300台で35%、ほか金属・機械が3%減の2万8,700台、ゴム・プラスチックが8%減の1万6,000台、食品・飲料は20%増の8,200台。

アジア市場の存在感は大きく、19%増の19万492台で最大のマーケットとなっている。ヨーロッパは12%増の5万6,000台、アメリカ大陸は8%増の4万1,300台。

また、中国、韓国、日本、アメリカ、ドイツの5カ国での販売台数が全体の74%を占めている。特に世界最大市場となった中国の伸びは顕著で、27%増の8万7,000台と全体の30%に及び、アメリカ大陸とヨーロッパを足した規模(9万7,300台)に近づいている。さらに中国のロボットメーカーはマーケットシェアを2013年の25%から2016年は31%へと伸ばしている。

2位は韓国の4万1,400台、3位は日本の3万8,600台、4位はアメリカの3万1,400台、5位はドイツの20,039台。中国、韓国、日本を除いたアジア市場としては台湾が7,600台で全体の6位。タイは2,646台となったものの、2012年の4,000台には届かなかった。

2017年に関しては、18%増の34万6,800台の見通しとなっている。以降、2018年から2020にかけては少なくとも15%の成長を続け、2020年には全世界の販売台数は52万900台に届くとし、2017年から170万近いロボットが新たに導入されると見ている。

 

 

生産工程の自動化、ロボット化と一口に言っても、ロボットを導入すれば解決といった単純なものばかりではない。自動化が進んだあるメーカーの工場では、見学に来た顧客に「ロボットを使えば何でもできる」と思われがちだが、実際は製品設計の段階からどうすれば自動化しやすいかを念頭に置いて設計しているから、可能なのだという。製品による部分も大きいが、自動化は図面の段階から始まっているといえる。

タイに関してはロボット需要の柱となる自動車産業が生産設備を過剰に抱えており、加えて2011年の洪水の影響からか大きな更新需要まだ出てこないといった指摘もある。政府の思惑通りにロボット産業が勃興するには、市場の拡大も必要だろう。まだ道のりは長いが、タイは一歩ずつ歩みを進めている。

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