タイ鉄道新時代へ

【第100回(第4部16回)】インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想/タイ中高速鉄道5 サラブリー

建設中の「タイ中高速鉄道」は中部の古都アユタヤを発つと、一面の穀倉地帯や沼地をひた走る。左方には蛇行しながらも、チャオプラヤー川の主要な支流であるパーサック川。ペッチャブーン山脈を源流とするこの河川は、周囲一帯に豊かな水を供給し、パトゥムターニー県北部に広がるランシット運河地帯の水源にもなっている。上流のロッブリー県との県境には農業用水や生活用水のためのパーサック・チョンラシットダムも開設されている。こうした長閑な田園風景の中を走行する高速列車は、アユタヤ駅から20分も走れば新サラブリー駅に到着する。新駅の建設予定地は県中央部ムアンにある貯水池のほとりの一角。県庁舎の東側に位置し、国道2号線などとのアクセスも十分な場所だ。国際鉄道網「インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想」の中核路線タイ中高速鉄道は、いよいよ東北部イサーン地方との県境にさしかかる。(文と写真・小堀晋一)

人口65万人ほどのサラブリー県は、バンコクから北東に約100キロ。北部地方と東北部イサーン地方のちょうど分岐に位置する。「沼の町」というのが県名の由来で、各地に水場が存在する。バンコクから北に伸びチェンライに至る国道1号線(パホンヨーティン通り)は、この地でイサーン地方に向かう2号線(ミットラパープ通り)が東に分離する。ドンパヤーイェン山脈(カオヤイ山麓)を越えれば、その先は東北の玄関口ナコーンラーチャシーマー県だ。
特に産業があるわけでもない農業県で、唯一有名なのがセメント産業。県境にそびえる山々からは良質な石灰石が取れ、これがこの地の基幹工業となっている。観光地としても特に著名なものは少なく、県北西部にあるプラプッタバート寺がわずかに知られる程度。寺院名のプラプッタバートは釈迦の足跡「仏足跡」の意で、信仰の対象だ。かつてこの地方にあった水場が仏足跡に見えたことからこう名付けられたという。仏教の国タイでは、北部チェンマイ県やランパーン県、東北部ウドンターニー県など各地に同じ名の寺院がある。
高速鉄道の駅舎ができるのは、現駅舎から東に3~4キロほどのプリーアウ運河に面した一帯だ。現駅舎の周辺は住宅や商店などが立ち並ぶ比較的密宗地帯で、用地確保に難航するという判断があったらしい。一方、予定地は貯水池の隣接地で建物もなく、総合的な開発が見込めると判断された。「運河」とは名乗っているもののパーサック川に接続する貯水池で、この地方の水源の一つに過ぎない。ハスの花を見ることもでき観光目的としては一定の効果もあるだろうが、平日は人気の全くない辺鄙な田舎町だ。
ところが、何もないはずのこの土地の値段がこのところ高騰している。駅予定地周辺は1ライ(1600平方メートル)が50万バーツほどだったのが、今では1000万バーツに値上がっている。いくら地方とはいえ、数年で20倍とは驚異の金額だ。県は高速鉄道の建設計画が固まると、2019年11月に駅舎予定地を含めた周辺一帯の「総合都市計画」を策定。18段階に至る開発計画を進めている。分譲住宅地から百貨店などの商業地、ホテル、公園、学校などを整備するとしており、これを当て込んだ不動産投機が行われているもようだ。
これは、バンコクから向かう時に、この地が北部地方と東北部地方の分岐点に当たるという地の利によるところも大きい。東北部からの長距離トラックは、そのほとんどがサラブリーを通過する。休憩需要も見込むことができる。また、隣地のナコーンラーチャシーマー県にあるカオヤイ国立公園という避暑地にも近く、一定の観光客需要が見込める。地元商工会議所もホテルやレストランなどの誘致に力を入れている。
県内にある工業団地各社も高速鉄道駅の誕生を企業誘致や産業の拠点化につなげたい考えだ。工業団地・貸倉庫運営大手のWHAコーポレーションは「MG(名爵)」ブランドのMGセールス(タイ)と共同で、電気自動車(EV)の充電ステーションを県内で展開するWHAサラブリー工業団地内に設置。地域のEV化の拠点としていく方針だ。また、素材大手のサイアム・セメント(SCG)も、太陽光発電のための新規事業を独立発電事業者ガルフ・エナジー・デベロップメントと共同で、同工業団地内で進めることにしている。年間の日照時間が多いというこの地域の特性を活かして、再生可能エネルギー事業の集積地として育てていく計画だ。(つづく)

2023年3月1日掲載

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