「キューポラのある街」からアユタヤへ タイ事業を拡大する 鋳造用副資材メーカー

15世紀後半から16世紀初頭までのアユタヤ王朝時代、当時のアユタヤにあった日本人町の首領として「山田長政」という人物がいたとされる。信頼できる資料がなく、「山田長政」が実在した人物かどうかは不明だが、アユタヤを流れるメナム河(正式にはチャオプラヤ川)の支流は「山田長政」の時代から現代に至るまで日本とタイを結ぶ船が行き交っている。  アユタヤで鋳造用の微粉炭を製造する研究開発型企業である大木(おおき)マテリアルタイランド(本社は埼玉県川口市川口にある大木産業)の大木秀雄社長は現在、アユタヤに住んでいるが、日本の本社の前社長で生まれも育ちも川口市。川口市は、1962年に公開された「キューポラのある街」の映画で有名。かつて川口市には鋳物工場が多く、そこで働く職人一家の日常生活を描いた小説が吉永小百合主演で映画化された。当時の川口市には「キューポラ」と呼ぶ鋳物を溶かす溶解炉の煙突が立ち並んでいた。  主要原料の石炭は他社ではほとんど使われていない針葉樹がオリジンの良質な原料炭で極東ロシアをバルク船で出港、日本経由でタイ東部のレムチャバン国際コンテナ港に近いシーチャン島にあるバルク専用国際港まで運ばれる。ナホトカで積まれた1万トンの石炭はまず日本で3,000トンか6,000トンを同社の日本の工場用に降ろし、残りがアユタヤに向かう。  レムチャバン港に近いシーチャン島からアユタヤまでは、数隻のバージ船が連結されて、まずタイ湾を横断してからチャオプラヤ川に入り、その支流のアユタヤ港まで1週間かけて運ばれる。アユタヤ港では近くにあるサイアムセメントの工場向けに、インドネシアやオーストラリアから運ばれてきた石炭も降ろされている。アユタヤ港からは砂、砂利など建設資材やコメなどが日々大量にメナム河を下って行く。

鋳造用微粉炭の製造販売

大木産業(埼玉県川口市川口1丁目9番35号、資本金4,050万円)は2013年6月にタイのアユタヤにOKI MATERIAL(THAILAND)CO.,LTD.(以下、大木マテリアルタイランドと表記します)を設立した。アユタヤ県のナコンルアン工業団地に工場を構え、鋳造用石炭微粉炭「スーパーコール」の製造販売を中心に「得意分野に特化した研究開発型企業」として新製品も次々開発している。「スーパーコール」とは砂型と呼ばれる砂で作った鋳型に溶けた鉄を流し込んで鋳物を生産する時に鋳物砂に3%ほど混ぜて使うことで鋳傷が無くなるなどの効果がある。  大木産業の前身は川口市で1938年に鋳物耐火物販売会社として設立された大木商店で、1950年に鋳物用微粉炭の製造開始、1976年に現在の大木産業に社名変更した。大木秀雄前社長は2018年に長男の大木康嗣氏に社長の座を譲り、アユタヤに移住した。  大木マテリアルタイランドは2012年10月に商務省に登録、2013年4月に工業省から操業許可を得ている。「常に新しい事に挑戦し、それに必要な設備投資を積極的に行うためにBOIへの申請はしない」と大木社長。従来は日本で行われてきた製品開発をタイでも進め始めた。  大木マテリアルタイランドがアユタヤ工場で生産しているのは鋳造用石炭微粉炭「スーパーコール」がメイン製品だが、他に高純度カーボン、アルミダイカスト金型洗浄剤「モルピカ(Mol Pika)」、不定形耐火材「ラドルラム(Ladle Ram)」、鋳物生砂型用離型剤「ローダミン」の製造販売も行っている。  「スーパーコール」は何度も繰り返して使う鋳物砂の品質管理に必要不可欠なもの。「スーパーコール」を砂に混ぜることで鋳傷を無くし、鋳肌を良くする。また、砂落としも楽になり、砂にコーティングし易いので放解性などの品質が高い鋳物が製造できる。  また、アルミダイカスト金型洗浄剤「モルピカ」を使えば、アルミダイカストの金型の表面の離型剤の汚れや付着したアルミの金属カス、錆の溶解などで除去できるなど金型の多様な汚れに対応できる。不定形耐火材「ラドルラム」はアルミナ原料の溶融還元後に粉砕整粒した白色アルミナに耐摩耗性に優れた効果を発揮する。鋳鉄溶湯用各種搬送取鍋を始め誘導溶解炉の出湯口樋や保持炉などの補修剤としてなど、幅広い用途に利用できる。さらに鋳物生砂型用離型剤「ローダミン」は模型に付着する範囲が広いため、安定した離型が可能という。鋳型の型崩れを防ぎ、鋳物肌を平滑で綺麗に仕上がるので鋳物砂の復用性を高めることもできる。  大木マテリアルタイランドの主力の顧客はオカモト、キリュウタイランド、安田工業、小山カースティング、テクノメタルの他、インドネシアのPTいすゞ(インドネシア)、PTパリン(リケン)などの日系企業が中心。出荷先はタイ向け60%、インドネシア向けが40%。

社長就任後に事業を再構築

1997年の橋本龍太郎政権時に消費税が3%から5%に引き上げられたことをきっかけに平成大不況が始まったことから、経営の厳しさが同社でも増していた中で大木秀雄氏は大木産業の4代目社長に就任した。大木社長は就任直後から事業の再構築に取り組み、「専門分野に特化した開発型企業として顧客と対等の立場に高めてきた」(大木社長)。  そして大木マテリアルタイランドの工場を2013年6月からアユタヤ県のナコンルアン工業団地で立ち上げた。この工場を取得する前年である2012年にはアユタヤは大洪水に襲われ、現在の工場も3.5メートルの洪水に3か月間も浸かった。洪水が引いて清掃、整備された工場を取得したが、洪水が来るまでは57社が操業していたナコンルアン工業団地では撤退する企業が相次いだが、現在までに大木マテリアルタイランドなど28社が入居しておりその半数が日系企業という。  「土地と工場建物を7,000万バーツで取得した。日系企業のこの工場の広さが当社に適当だと感じていたし、工場の天井の高さも石炭を工場内に積んでそれをコンベアで炉の上部に送り込むために必要な高さが確保できると計算して買った。原料の石炭を粉砕して微粉にするラインはまた洪水が来ることも想定して3メートル以上地面から高くしてから装置を導入した」と大木社長は説明した。「乾燥機には厚さ12ミリの鉄板で使ったので30年は持つはず。タイ製で特注した乾燥機だが、内部に使っているローラー部は日本製を日本から輸入した」(同)という。キルンについても設計図は業者に任せずに大木マテリアルタイランドで描き、日々指導しながらタイのメーカーに作らせた。しかし工場の環境を良くする集塵機については日本製を導入した。  アユタヤ港で陸揚げされた石炭は港に近い石炭貯蔵施設の大木マテリアルタイランドが契約している専用のスペースに貯蔵され、さらに当面の必要量を2キロ程離れたアユタヤ工場まで運ばれる。貯蔵スペースである石炭の山の上部にシートを掛けているが、雨が降ると石炭の水分が下部などから増す問題の解決のため、アユタヤ工場内に屋根付き大倉庫を作ることを計画している。  大木産業では1971年に埼玉県川口市に新郷工場を新設、1981年に同じ埼玉県の川越の芳野台工業団地内に川越工場、1996年に福島県いわき市中部工業団地に小名浜工場を建て現在までの日本国内での主力工場にしている。「原料の石炭を降ろせる港が使えることが当社の工場立地の条件」と大木社長が説明するように、大木産業の主力工場が小名浜にあるのも、原料の石炭の運搬で小名浜港が使えるからだ。川口市などでは石炭の港からの輸送コストが掛かりすぎる。小名浜工場は2012年に、アユタヤ工場は2014年にISO(国際標準化機構)の9001シリーズの認証工場になっている。

研究開発を最大限に重視

大木産業では1994年にインドネシアから酸化物除去剤である黒曜石の輸入を開始したが、しばらくしてインドネシア政府は資源保護の観点から輸出を禁止したので、その後は太平洋セメントが北海道の奥尻島で産出している黒曜石を購入している。  2006年にはインドネシアに100%出資の販売会社PT.OHKI INDONESIAを設立し、当初はジャカルタに本社を置き郊外のカラワンに倉庫を建てた。しかし交通渋滞が激しくて仕事にならないため、バンドンに会社を移転し現在もオフィスはバンドンに置いている。しかしインドネシア進出当初からすべてのビジネスに多額の賄賂が存在することに嫌気がさした大木社長はインドネシアよりも汚職が少ないと感じたタイでのビジネスに力をいれるようになった。  大木産業では2010年、ドイツのミネルコ社からAWBバインダー(無機)の特許権を取得した。このバインダーを使うと不良の低減及び砂のリサイクルが可能となり、廃棄する砂がほとんど無くなるため、従来のプロセスの欠陥を無くすことができる。しかしこのバインダーを使用するためには砂の再生技術を確立させる必要がある。そこで大木産業では補助金も得て砂再生技術の開発に取り組み、ヤマハ発動機の指導、助言も得て、2015年には両社で共同特許を取得、鋳造各社への営業展開を開始している。「今後も同業他社にできないことに次々と取り組んで行きたい」と大木社長。  大木社長が日本で2年かけて開発した不定形耐火材「ラドルラム」などのすべては大木社長の陣頭指揮で研究開発してきたもの。大木社長は開発にあたっては基礎データを確実に蓄積することが最重要だと考えており、日本本社の研究室には電子顕微鏡などの検査機器をそろえている。大木社長は石炭を「自然の傑作資源」と呼び、新たなビジネスとして活性炭にも注目している。「活性炭を原料に新たなバッテリーを作ることを目指して2年前から大学との産学共同研究も進めている。今後3~5年でパイロットプラントを作りたい」(同)という。

20年9月8日掲載

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