ニューノーマル時代のものづくり戦略 転換期を迎えたタイの製造業

新型コロナウイルスの感染拡大は、仕事や日常生活におけるデジタル活用を急速に進展させ、人々のニューノーマルへの適応は消費行動の変化をもたらした。企業が市場や需要の変動に対応するためにはスマート工場化やDXを進め、インダストリー4.0へとアップグレードする必要がある。効率的な経営の実現にはデータ活用が欠かせない。データを収集・分析し、作業を効率化すれば製造業はより速く、より柔軟に製品を生産できるようになる。それが結果的にタイの産業競争力を強化することにつながるのだ。
文/Jeeraporn Thipkhlueb

新たな核となる8つの技術

製造業は、新型コロナがもたらす不確実性と混乱に対処しなければならない。コロナ禍で消費が落ち込み、多くの企業が停滞する中、新たな需要を開拓し、新製品を生産するために生産拠点を追加、変更、または移動したメーカーもある。こうした動きは業界における技術の効率性を高めることにつながる。データを収集、分析して生産プロセスを合理化することで柔軟な調整が可能となり、高品質の製品を生み出すことができる。

インダストリー4.0の開発は、外的要因の変動が激しい中でビジネスを持続可能なものに導き、産業システムにAI(人工知能)やIoTを導入するための重要な選択肢となる。

以下に、インダストリー4.0に付随する8つのテクノロジーを挙げる。これらは今後の製造業を支える重要な技術であり、すでに多くの分野で活用されている。

①DWH(データウェアハウス)……文字通りデータの倉庫であり、業務で発生した各種情報を時系列に保管したデータベースのこと。ビッグデータを用いて高度なデータ分析が行え、産業システムにおける作業計画を効率的に立てることが可能になる。
②自律型ロボット……人間が操作することなく自身で判断して行動するロボット。効率と生産性が向上し、高速なので時間節約になる。また人件費を削減し、精度が高いので作業ミスも減らせる。新型コロナは全ての産業に変化をもたらしたが、とりわけロボット産業は、産業用ロボットが生産ラインの作業員に取って代わるため、ますます重要性が増している。今後、あらゆる産業が感染拡大防止のためにロボットを導入する可能性が高い。
③シミュレーションソフトウェア……設計に使用する様々なシステムの動作や、プロセスと潜在的な結果を予測する強力な解析ツール。プロセスや作業を分析することは時間短縮とコスト削減にもつながる。また機械の設定を調整することで、より効率的に作業を行える。
④垂直統合・水平統合……垂直統合は、商品・サービス供給に必要な工程の範囲を広げること。水平統合は、特定の工程を担う複数の企業が一体化すること。ビジネスの概念やアプローチを変え、価値創造や顧客の利益に焦点を当てることにつながる。
⑤産業用モノのインターネット(IIoT)……IoT(モノのインターネット)を製造業に応用したもの。機械導入により高度な分析システムを実現する。接続センサーとエッジデバイスを使用して、リアルタイムで製品の品質と工場の運用効率を向上させることができる。産業界がよりスマートで迅速なビジネス上の意思決定を行うのに役立つ。
⑥サイバーセキュリティ……あらゆる産業に欠かせないセキュリティシステム。近年は製造業の制御システムへのサイバー攻撃の脅威も高まっている。製造業がDXを推進するうえで、サプライチェーンにおける安全対策も求められる。
⑦クラウド……ネットワークを含むあらゆる面でユーザーの仕事をサポートするコンピュータシステム。データベース、ストレージのインストール、様々なビジネスでの専用ソフトウェアの使用など、クラウドを利用することで関係者はデータウェアハウス接続によるデータ利用とアクセスが常時可能になり、機械の動作に関するリアルタイムの情報が確保される。
⑧アディティブマニュファクチャリング(AM)……3Dプリンティング技術などの積層造形技術を用いた製造方式のこと。試作部品から希少な交換部品、カスタマイズ部品の製造まで、様々な用途に使用できる。AMはドリリング、ターニング、グラインディングといった従来の方式とは異なる製造技術であり、今後のものづくりに大きな影響を及ぼす可能性が高い。

工業省は4.0技術の活用を支援

工業省のパヌワット事務次官は、テクノロジー4.0とニューノーマルに関するウェビナーにおいて、「新時代の製造業を牽引するテクノロジー4.0の活用を支える」と題して次のように語った。

「世界は今、テクノロジーの飛躍的な進歩により急速に変化している。自動車は、EV(電気自動車)が内燃機関の車に取って代わろうとしている。パワートレインの構造が違うため、使われる部品や技術も従来と異なる。その結果、自動車メーカーと部品サプライヤーとの関係が変容し、サプライチェーンも大きな影響を受けるだろう。

私たちは、タイが重要な転換期を迎えていることを認めなければならない。タイは2桁の高いGDP成長率の時代を経て、激しい貿易競争に突入し、現在はあらゆる面で新たな課題に直面している。産業活動は多くの労働者に依存しているが、経済の成長に伴い労働力不足が深刻化し、近隣諸国から非熟練労働者を入れざるを得ない状況だ。生産効率の問題や、技術やイノベーションの限界もある。

また昨今は米中貿易戦争による多国籍企業の生産移管や新型コロナの流行など、タイは外部要因の影響を受け続けている。タイは資本と労働力を中心とした従来の経済構造を、価値ベースの経済、あるいは4.0時代の経済に転換する時期に来ている。

目標はGDPの成長だけではない。外部からの変動の影響に対応できるよう国内経済を強化し、世界の潮流の変化に合わせることで、国の経済構造のバランスをとることが重要だ。インダストリー4.0という概念は、世界中で起きている変化である。これからの時代、企業が生き残れるかどうかは、時代や技術に適応できるかにかかっている。大企業だからといって生き残れる時代ではない。

コロナ時代およびポストコロナ時代は、ニューノーマルの産業が世界の工業を変えていく。生産システムのグローバル化に伴い従来の生産方式はその役割を縮小し、製造業の国内回帰が進むだろう。タイもコロナ禍で窮地に立っているが、まだチャンスはある。特にロボットやオートメーション産業では、利用者が増え続けている。ニューノーマルを促進するための様々なアプリケーションシステムが開発されており、タイの事業家にとっては新しい市場に参入するチャンスだ。

ただし、事業家は将来の新しい課題を見据え、準備する必要がある。これは、私たちが精通している従来の生産方式とは異なるかもしれない。例えば、規模の経済に焦点を当てた大量生産は役割を終え、小ロット生産が増えるだろう。急速に変化する顧客のニーズを満たすためには柔軟性が必要だ。ニューノーマルの社会では、ニーズにあった新製品をタイムリーに市場投入することが求められる。今後は生産工程におけるIoT、ロボティクス、オートメーション、デジタル技術の活用が加速していく。

政府はタイランド4.0のビジョンに基づき 10 の重点産業(Sカーブ産業)への投資拡大を打ち出し、産業の高度化・高付加価値化を図っている。工業省には、国内の既存の産業分野をインダストリー4.0にアップグレードするという重要な使命がある。近年はSカーブ産業の推進に加え、次世代の有望分野(新Sカーブ産業)であるオートメーションおよびロボット、航空・ロジスティックス、バイオ燃料・バイオ化学、デジタル経済、メディカルハブの分野においても産業振興策を実施し、関連する製造業の発展を後押ししている」

鍵を握るCoREネットワーク

工業省は起業家を支援し、産業をアップグレードするための様々なエコシステムも用意している。その1つが、同省が2018年、国内の主要なロボット・オートメーション機関の共同ネットワークを利用して設立した、Center of Robotics Excellence(CoRE)だ。CoREネットワークは、以下の4つの主要なミッションを遂行する。

①BOI(タイ投資委員会)による法人所得税免除などの特典、政府機関からの様々な特典を申請したい人のための資格の開発と認定。自動化システムへの投資金額の支援。ロボットや自動化システムの生産に使用される部品の輸入取引の免税。
②様々な教育機関の研究成果を産業分野の商業化に結びつけることで、ロボットや自動化のプロトタイプを開発する。システムインテグレーターとの研究やイノベーションを推進するためのテストラボの運営。
③ロボット産業の人材育成。過去にはタイ・オートメーション&ロボット協会(TARA)と共同でトレーニングコースを開催し、工場内のシステムインテグレーターを対象にトレーニングを実施した。現在はシステムインテグレーション(SI事業)を行う企業や関係者と協議をしたり、システムインテグレーターが複雑で質の高い仕事を引き受けられるよう、トレーニングコースの基準を設定したりしている。同時に、タイのシステムインテグレーターのレベルを測定する基準も設けている。
④企業にロボット・オートメーションに関するアドバイスをする。また、技術移転を支援する。これまでもCoREネットワークは、ロボット・オートメーションの技術開発のために様々な機関と協力してきた。タイのSIのレベルアップを図る目的で、日本との人材交流研修も実施している。

工業省はCoREの役割を重視しており、パヌワット事務次官は、産業をより効率的に推進し、インダストリー4.0の事業をより多くの地域に拡大するために、CoREネットワークの業務を再構築するよう指示を出した。

また、基礎経済を強化するためには、中小企業とスタートアップをアップグレードする必要がある。工業省はコロナ禍下において、国のガイドラインに従い、中小企業開発基金の融資プロジェクトにおける債務モラトリアムなど、中小企業の再生支援に乗り出した。そこには中小企業の能力開発プロジェクト、事業家の金融流動性を高めるための信用支援策も含まれる。

さらに、工業省と中小企業開発銀行は、EV産業、電気電子産業、メディカル産業、ロボット・自動化産業でインダストリー4.0を推進するために、サプライチェーン全体にリンクされたデジタルプラットフォームを構築している。

タイランド4.0は、民間企業、教育機関、メディア、市民社会など、すべての関係者の協力に加え、他国政府の支援が得られなければ成功しない。タイの産業を世界の変化に対応させるため、その原動力となる経営者や起業家をサポートし、安定した繁栄と持続可能な経済成長を実現することが重要だ。

CoREはこれまでに計15ユニット、システムインテグレーター1,395人のトレーニング、70事業者のインキュベーション、185台のロボットプロトタイプの開発などを行ってきた。東部経済回廊(EEC)もCoREネットワークの協力を受け、ロボットや自動化の人材育成、技術改革を進めている。

 CoREの一員である工業省傘下のタイドイツ職業訓練学校(TGI)のソムワン所長は、ウェビナーで次のように述べた。

 「インダストリー4.0に踏み込むためには、各業界の人材を育成する必要がある。東部経済回廊(EEC)に投資する投資家のニーズをあらゆる面から検討し、特に労働力の面でタイをインダストリー4.0に導くことが重要だ。タイの最低賃金はASEANの中で最も高い水準にあるが、すでに高齢化社会に突入し、深刻な労働力不足に陥っている。さらに、インダストリー4.0への参入により、デジタルスキルを持つ労働者の需要が高まっている。そのため質の高い人材を育成し、企業のニーズに応えていく必要がある」

 タイ・オートメーション&ロボット協会(TARA)代表のマヒソン博士は、起業家はトライ&エラーの機会を自分たちに与えるべき時だと指摘。「新世代、特にインダストリー4.0に移行しようとしている中小企業は、より多くの機会にトライしてほしい。そのためには生産現場で技術開発を始める必要がある。開始や変更を怠ると、競争の最前線に立てなくなる可能性がある」と述べた。

 新型コロナの感染拡大は、タイの製造業が抱える問題点を改めて浮き彫りにした。タイの生産現場は外国人労働者に大きく依存しており、これらの従業員がいったん本国に帰った後、国境閉鎖で戻れなくなった。その結果、労働力が不足し、大半の生産ラインが停止に追い込まれた。こうした悪循環を繰り返さないためにも、企業はコロナ危機の今こそ工場のスマート化に踏み切るべきだ。

また、製造業界が共通して抱える課題として、長い間使われてきた古い機械がある。これらの機械をアップグレードするには多額のコストがかかる。古い機械には、機能が動作せず損失が発生したり、メンテナンスに高額な費用が発生したりするリスクがある。そのため、新しい機械に投資して交換するか、レトロフィットするかの2つの選択肢が求められる。レトロフィットとは、既存の劣化した機械を修理し、精度や機能を新品同様に復元するだけでなく、新たな装置や機能を付加して最新鋭機にチューンアップすることを指す。インダストリー4.0へのステップとして、古い機械でも機能するセンサーを追加し、データを抽出できるようにレトロフィットする場合もある。

加えて、インセンティブも業界を牽引する重要なポイントだ。現在、多くの政府機関が資金や税金等の面で産業を支援しようとしている。しかし、そのようなチャネルにアクセスすることは困難な状況だ。そこでSMC(第二次抵当公社)は起業家向けに、適切なインセンティブを分析し見つけるためのサービスの提供を開始した。

タマサート大学シリントン国際工学部のパイザン博士は、インダストリー4.0について次のように述べた。

「インダストリー4.0は挑戦的かつ複雑であり、我々はまだゆっくりと開発しているところだ。教育、研究、産業部門の多くの組織が協力し合い、コンサルティング会社、システムインテグレーター、テクノロジー企業のオーナーは自社の技術をオープンにし、情報を共有するべきである。そのためにはネットワークを構築し、良好なコネクションを築く必要がある。インダストリー4.0へのステップとして、共同開発は良いソリューションになるはずだ。

費用対効果が最も高く、効率的なテクノロジーへの投資を選択するには、明確な準備と投資計画が必要だ。コスト、品質、納期競争力、顧客サービス、リードタイム、リーンなどの問題点を分析し、問題処理システムを構築する。そしてパイロットプロジェクトから始めて、適切な時点で使用するテクノロジーを選択し、短期間で行う。小さな投資から始めて、より大きなプロジェクトへと発展させるのだ。投資が速いか遅いかは関係ない。また、最新で開発されていないという理由だけで投資してはいけない。テクノロジー4.0を最大限に活用することが重要なのだ」

2021年9月1日掲載

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