タイ鉄道新時代へ
【第73回(第3部33回)】 中国「一帯一路」の野望その5
総事業費60億米ドル(約6600億円)をかけ、中国雲南省の省都昆明からラオスの首都ビエンチャンを目指す高速鉄道「中老鉄路」。中国の国家政策「一帯一路」の看板事業で、山岳地帯を縫うように走る全長1000キロ余りの鉄路は軌間1435ミリの標準軌。理論上は時速200キロ以上が可能だ。だが、2021年末の開業と同時に予定されているのは、日本の在来線並みの時速160キロ(貨物は120キロ)。高速鉄道と呼ぶには若干の違和感を残すほか、当初の運行見込便数も一日2往復程度とされ、利便性にも疑問符が付く。それでも国家の威信をかけた建設工事は着々と進む。その周辺では、ビジネスチャンスを狙った民間資本の動きも始まっている。
ラオス発のそのニュースは、ラオスや中国にとどまらず、隣国タイ国内においても瞬く間に広まった。タイの工業団地開発大手アマタ・コーポレーションが中老鉄路の開業を見越して、停車駅のあるラオス北部近郊に新たな工業団地「スマート&エコ・シティー」を開発するというものだった。 タイ証券取引所SET 100構成銘柄の1つ。1989年に設立し、東部でアマタシティ・チョンブリ工業団地(開発面積4330ha、入居企業687社)やアマタシティ・ラヨーン工業団地(2703ha、308社)を運営する同社。1994年からはベトナムに進出し、南部ドンナイ省でアマタシティ・ビエンホア工業団地(700ha、165社)を展開。さらに同省でアマタシティー・ロンタイン工業団地と、北部クアンニン省でアマタシティー・ハロン工業団地を新たに手掛けるなどタイ・ベトナム両国で積極的な投資を行っている。 3カ国目として同社が白羽の矢を立ててきたのが、民主化の進むミャンマーとタイの兄弟国ラオスだった。ミャンマーでは最大都市ヤンゴン北郊に約50平方キロメートルの敷地を確保。近くにあるティラワ経済特区の10倍ほどの規模となり、日系を含む多くの海外企業の入居を見込んでいる。
一方、ラオスでの工業団地計画は当初、首都ビエンチャン近郊で検討が進められていたものの、中老鉄路の早期完成が確実となったことなどから軌道を修正して、北部の沿線地域での工業団地開設を優先的して目指すこととなった。 ラオス北部で工業団地の開発が予定されているのは、中国と国境を接するルアンナムター県と、その南に位置するウドムサイ県の二つの県。それぞれ中老鉄路の開業によって設置されるナートゥイ貨物駅、ムアンサイ駅の近くにあり、人やモノの乗降が見込まれている。さらに、鉄路で北に進めば中国雲南省。南に幹線道路の国道を進めばタイ領内と、地の利が良いことでも知られる。周囲には競合するような大企業も少なく、労働者の確保の目途もつきやすいとみる。 アマタ側ではすでにラオス政府に事業化計画を提出して、土地収用に伴う損失補償や地域住民らとの話し合いを始めている。ラオス側も雇用の確保と地域の開発が一挙に進むとして、基本的には歓迎の意向だ。資源と資金を持たない小国ラオスにとって、中国一辺倒のリスクを分散させるためにもタイをはじめとした外資の進出は好ましい。産業のほとんどなかった北部ラオスの辺境で、中国とタイのつばぜり合いが始まっている。
中国・磨憨(モーハン)から国境を超えてラオス領内に進入する中老鉄路は、国境イミグレーションが置かれるボーテン駅で停車後は、ナートゥイ(貨物駅、ルアンナムター県)、ムアンサイ(ウドムサイ県)、ルアンパバーン、シエングム(以上ルアンパバーン県)、バンビエン、ポームローン(以上ビエンチャン県)などの各駅を経由して、終着ビエンチャン駅に到着する。 その後は、現在のタイ・ラオス鉄道の終着駅となっているターナーレン駅まで延伸。ここから新設されるメコン渡橋を経て、タイ中高速鉄道に接続される。相互乗り入れは早ければ23年中の見通しだ。 ラオスの将来を左右するとされる中国一帯一路の一つ「中老鉄路」。次回はインドシナ半島を縦断し、メコン川を遥かにまたぐ難工事が展開されているルアンパバーン周辺区間をお伝えする。(つづく)
2020年01月01日掲載