タイ鉄道新時代へ
【第81回(第3部41回)】 中国「一帯一路」の野望・番外編3
タイ中高速鉄道とラオスの首都ビエンチャンで接続し、同国内を経て中国雲南省に至るラオス初の高速鉄道「中老鉄路」は、終着昆明駅で中国高速鉄道網とホームをともにする。ここで乗客は、日本の新幹線車両にあたる「和諧号」に乗り換え一路西へ。やがて列車は中緬国境を超え、ミャンマー国内を縦断。インド洋に面する港湾都市チャオピューに滑り込むというのが大国中国が描く「一帯一路」の高速鉄道網だ。現在、最後の実地調査がミャンマー国内で行われており、早ければ2年後にも着工の火蓋が切られる。19世紀から20世紀にかけ、列強諸国に翻弄され続けた「漢帝国」復活の序章がいよいよ始まろうとしている。
(文と写真・小堀晋一/デザイン・松本巖)
ミャンマー中東部のシャン州(州都タウンジー)と北部カチン州(ミッチーナー)は、中国雲南省と国境を接しており、合わせた国境線は計1997キロ。日本の本州縦断より長い。国境一帯は大半が険しい山々で、チベット高原から流れ出すいくつもの大河が山を削って深い谷を作り、長らく人の自由な立ち入りを阻んできた。ここで渓谷の流れに逆らうかのように建設されるのが中国の高速鉄道構想網。同国の威信を賭けたプロジェクトだ。 中緬国境は古くから両国の貿易路として活発な往来がされてきた。主な交易拠点は4カ所。シャン州ではムセ~瑞麗とチンシュエホー~清水河、カチン州ではルウェジェ~章鳳とミッチーナーに近い北方のカンピケティ~猴橋だ。長い軍政下で経済力に劣るミャンマーにとって、中国との交易は欠かすことのできない存在だった。 4カ所の貿易合計額は、輸出がミャンマーの総輸出の約3割前後、輸入が総輸入の1割前後で近年推移をしており、直近2018年度(2018年10月~19年9月)の総額は約59億米ドル。貿易全体の約17%を占めた。新型コロナウイルスの感染拡大が襲った今年度は一定のダメージを受けると見られるものの、それでもミャンマーにとっては貴重な外貨獲得に変わりはない。 中国へは、主力のコメや豆類、トウモロコシ、果物、ゴム、水産物、ゴムなどが輸出され、代わってミャンマーへは家電製品やバイク、医薬品、肥料、消毒剤、加工食品などが輸入されている。新型コロナの蔓延で中国政府が国境を閉鎖する4月下旬までは、ミャンマー人のトラック運転手が国境をそのまま超えて荷物を運搬することができた。現在は国境ゲートで、中国人運転手にトラックを引き渡す運用が採られている。
4拠点の中でも、高速鉄道と高速道路が建設されるムセ~瑞麗の周辺は、起伏が少なく交通路としても比較的整備されてきたことから往来が活発。早くから開発の一番手として検討が進められてきた。18年度下期(19年4月~9月)だけでもムセを通じた貿易総額は約30億米ドルに達し、国境貿易全体の7割を占めるほどの盛況ぶりだった。 また、ムセから南に約180キロの地点には、中部マンダレーへの中継地点の街ラシオがあり、そこから先にかけてはミャンマー国鉄が旅客列車をデイリー運行をしている点も大きく考慮がされた。山岳地帯に新たに橋梁やトンネルを建設するよりも、総工費が抑えられるとの見積もりがあった。 一方、昆明や保山からのアクセスが比較的容易なシャン州東部を結ぶルートにも中国政府は関心を強めており、ムセ~瑞麗やチンシュエホー~清水河に加えて、シャン州コーカン自治区のラウカイ~南傘付近の開発にも近年力を入れている。ラウカイからミャンマー国内に5キロほど入った地点では、目を疑うような豪華なカジノホテルが中国資本によって次々と建てられ、本土の富裕客がリゾート観光に興じている。
だが、こうした地理的利便性をよそにシャン州とカチン州では政府との調停を拒否する少数民族の武装グループが今なお反政府活動を続けており、リスクは決して低いとは言えない。昨年8月には、コーカン自治区を拠点とするコーカン族の武装組織ミャンマー民族民主同盟軍(MNDAA)とムセ東方のパラウン自治区で活動を続けるトーアン族のタアン民族解放軍(TNLA)などが、ムセに至る橋梁などを爆破。交易が一時止まる事態となった。 カチン州でも同様で、カチン族のカチン独立軍(KIA)などが政府に抵抗を続け、独自に地場ビジネスを展開。土地を政府に無断で外国に貸し出し外貨を稼いだりするほか、他の少数民族武装組織に対してゲリラ戦指導や武器の供与を行ったりするなど治安面での不安は拭えていない。 (つづく)
20年9月8日掲載