タイ企業動向
第67回 「コロナ禍で成長続ける自販機業界」
一日当たりの新規感染者数1万~2万人。一時期の数人~数十人が嘘であるかのようにタイで感染が広がる新型コロナウイルス。恐怖に怯える人々は実店舗での買い物を避け、購入はもっぱら電子商取引(EC)やデリバリー(宅配)。スーパーやコンビニエンスストアなどでは閑古鳥が泣く有様だ。政府も少しでも人流を減らそうと、午後8時以降のコンビニ営業の停止や同9時以降の外出の禁止を指示。このため、夜間から未明にかけて食糧や生活必需品を求める人々が行き場を失う状況に陥っている。こうした人たちの事実上の救済役として機能しているのが、幅広い品揃えをして設置が進む自動販売機(自販機)だ。ほんの少し前までタイではほとんど目にすることのなかった自販機。その業界の「今」を概観する。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
缶コーヒーやペットボトル飲料、雑貨、各種金券販売などで馴染みの日本の自販機。日本自動販売システム機械工業会によると、20年現在の国内の総設置台数は約400万台。漸減傾向が続いているものの、今も変わらぬ世界有数の自販機大国だ。一方、業界関係者によると、タイのそれは中古品も含めてもまだ数万台程度。それも多くはバンコク首都圏に限られるなど、地方の消費者にとっては未知なる存在だ。
かつては日本の中古品を輸入して据え置くのが一般的だった。日本の円表示がそのまま残っていたり、展示サンプルと異なる商品が出てくることも少なくなかった。街では無数の屋台が営業を続け、対面での買い物を好む客が大半を占めた。深夜になると売り上げや釣り銭を奪う自販機荒らしも横行した。割高な電気を食うだけで犯罪の温床となる自販機が、タイで活躍できる余地はほとんどなかった。それを大きく変化させたのが支払方法の多様化と新型コロナの蔓延だった。
政府が消費拡大の起爆剤の一つとして導入を進めたキャッシュレス化の流れ。18年ごろからはQRコードなどを使ったキャッシュレス決済が本格化し、スマートフォン一つで支払いができるようになった。売る側も買う側も安心して売買ができるようになり、地場の自販機メーカーも次々と参入を表明。新型機を投入していった。日本製の中古品は置き換えられ、電子決済可能な最新鋭の自販機が鉄道駅や商業施設、病院、オフィス街などに設置されていった。
消費財大手サハ・グループ傘下の「Sun108」が手掛ける自販機は、20年末で全国に1万4000台余り。1年間で約3000台増加した。電子化とコロナ禍で一気に需要が高まった。今年も同様のペースで増設を図っていく方針だ。現在のタイの自販機市場は30億バーツほどと見ている。
自販機販売・設置の「ベンディング・プラス」も今年は累積設置台数が1万台を突破する。20年からは実に2倍の増加となった。伸び率100%は驚異的な数字。合わせて取り扱いの商品数も拡張した。衣類から化粧品、健康関連商品など消費者のニーズを先取りした格好だ。資本関係のある同業の「サバーイ・テクノロジー」も来年中の1万台到達を見据え、IT機器販売などに力を入れている。
品数の多いタイの自販機は実に個性的だ。飲料、コーヒー、スナック菓子などは定番だが、日本でもそれほど目にすることのない暖めるだけで食べられる食事を扱う専用自販機も珍しくない。タイ料理でお馴染みのガパオライス、洋食の一番人気カルボナーラ・スパゲッティなどが数種類も陳列されている。仕事で遅くなり、コンビニも閉店した中で、人々が頼れる最後のオアシスとなっている。
タイに止まらず、周辺国でも自販機の設置が進んでいる。シンガポールでは、今や必需品となったマスクの自販機があちこちに登場。中国の生活雑貨大手メイソウは、対面での購入を躊躇する人を対象に玩具商品の自販機販売を始めた。フィリピンでも電子決済できる自販機を投入したところ、利用者が飛躍的に増加したという。これら東南アジアの総人口は、ヨーロッパの約5億人を上回る6億1500万人。自販機の導入促進が、新たな消費を呼び起こす可能性を秘めている。(つづく)
2021年9月1日掲載
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