タイ企業動向
第25回 異業種入り乱れての再生発電市場
地球環境に高負担をかける化石燃料の使用から、再生エネルギーを発電に活かそうという動きがタイで本格的に始まっている。政府もこれを後押ししていく考えで、10年後には全発電量の20%を再生エネルギーで賄うことなどを目標とした中長期計画を立て、民間への協力を呼びかけている。企業の中には業界の垣根を超えて参入する動きも見られ、新たな市場の形成と産業の育成にも期待が持たれている。タイの再生発電事業の今を追った。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
タイ南部最大の商都ハートヤイ(ハジャイ)のすぐ北隣パッタルン県。最大の湖ソンクラー湖に近い一角に発電持ち株会社TPCパワー・ホールディングスのバイオマス(生物資源)発電所はある。今年7月上旬に商業稼働を始めたばかりで、同社としては5基目の発電所。発電出力は9200キロワット(kW)。電力は地方電力公社(PEA)に売却され、この地方の企業や家庭向けに供給される。
南部地方は天然ゴムやパーム油の生産が盛ん。毎年大量の天然ゴムの廃材や、パーム油の残渣(空果房)などが発生する。これをメタン発酵したり直接燃焼させて出たバイオガスや水蒸気を通じて発電するのがバイオマス発電だ。原材料が安価なことから近年この分野に対する関心が後を絶たない。日本などのコンサルタント会社も進出を強めている。
TPCパワーではこのほか6基の発電所の計画を進めているほか、新たに深南部のヤラー、ナラティワート、パッタニーの3県でのバイオマス発電所の建設計画を打ち出し、増産体制を強化する。発電した電力は同様にPEAや販売卸のタイ発電公社(EGAT)を通じて企業などに販売される。南部の国境付近には隣国マレーシアの企業が工場を展開しており、安定した電力需要が見込める。産業の誘致が進むことで雇用の確保も進むことから、同地域の治安の安定化にも資すると受け止められている。
バイオマス発電はこのほか、北部ピチット県や東北部ガラシン県、ロイエット県などでも盛ん。これら一帯はタイ有数の穀倉地帯で一年を通じて籾殻が多く排出されるほか、主力産業の一つサトウキビの絞りかすの入手も容易だ。地球環境への関心が高まる中、2000年代以降、急速に注目を集めるようになった。
政府も歩調を合わせている。エネルギー省が2015年に作成したタイのエネルギー供給に関する中長期計画「パワー・ディベロップメント・プラン(PDP)」によると、14年時点でタイの発電電力量は約1700億~1800億kW時。このうち天然ガスを使った火力発電が約3分の2(64%)と最も高く、次いで石炭火力発電の20%、バイオマスや風力、太陽光などの再生可能エネルギー発電はわずか8%に止まっていた。ほかに隣国ラオスなどからの水力発電輸入が7%ある。
同省はこれを劇的に変えていく計画でいる。まず現時点から約10年後の26年までに天然ガス火力発電への依存度を半分以下に抑えるとする。代わって引き上げるのが再生可能エネルギー発電で、最大構成比の目標値は20%。水力発電による輸入量も高め、最大で15%程度とする見通しでいる。計画最終年の36年にはさらに化石燃料依存を引き下げ、天然ガスで最大40%、石炭火力で25%以下としている。
再生可能エネルギー発電を拡充するための固定買い取り制度(FIT)は維持していく方針だ。同制度は脱化石燃料を促進させるため02年に始まったもので、小規模な再生可能エネルギー発電事業者(VSPP)に対し、EGATなど配電会社への売電時に一定の割増金を上乗せする仕組み。市場が成熟してきたことから割増金の見直しも政府内では検討されているが、出力1万kW以下の極小事業者に対しては引き続き堅持していく方針でいる。
こうした環境下で、企業の動きも活発だ。取り分けここに来て異業種からの参入が相次いでいるのが特徴と言えるだろう。送電・通信用の鉄塔向け鋼材製造のウアウィタヤーは、今年8月に東北部ブリーラム県で新たに2基のバイオマス発電所を稼働させた。これにより同発電所は計3基となり、今年度の発電事業による売上高は対前年比60%の増収となる見込み。鉄塔建設から発電まで自社内で完結することでコストも低く抑えることができるという。新規発電所については政府の投資恩典を受けており、最大で21年まで50%の法人税が免除されるという。
通信端末や無線通信システムのファーラムも同様にバイオマス発電への参入を表明した。子会社のファーラム・エナジーを通じて、南部スラーターニー県で稼働するバイオガス発電所への運営に参画する。同社が狙うのは主力である通信技術との融合だ。モノのインターネット(IoT)を活用した自動化や省力化で生産性を高めるとする。
バイオマス発電の燃料需要拡大に合わせた動きもある。木質生物資源燃料を生産するティパワットは新工場の建設を進める一方で、成長の早いギンネムを栽培する農家との契約を拡大している。マメ科の低木落葉樹ギンネムは手がかからず低コストで入手ができ、良質のバイオマス燃料として知られる。家具製造大手のファンシー・ウッド・インダストリーズも、家具の製造過程で排出される木材片を活用したバイオマス燃料生産に踏み出す。専門の工場を建て、木質チップを販売していく計画だ。
このほか、太陽光発電の普及が進むとの見通しから、東部チャチューンサオで太陽光パネルのリサイクル工場を建設する動きもある。これらの事業者らでつくるタイ工業連盟では、発電燃料や資材の安定確保に向けた施策の実施を政府に要請するとしている。タイの再生可能エネルギー発電市場は今、かつてないほどの盛り上がりを見せている。(写真は各社の資料から。連載つづく)