タイ金型工業会のブンラート会長に単独インタビュー
タイ金型工業会(TDIA)の会長に2019年に就任しているブンラート・チョデチョイ(BOONLERT CHODCHOY)氏が経営している各種機械や装置メーカーで金型も内製しているC.C.オートパーツの本社工場をチャチュンサオ県に訪問してブンラート会長に単独インタビューした。 ブンラート氏は5年ほど前に、島根県の出雲大社の近くに本社工場を構える研電社とほぼ折半出資の合弁会社であるC.C.研電社(C.C.KENDENSHA Co.,Ltd)をC.C.オートパーツの本社工場内に設立している。この合弁の石飛稔(いしとび・みのる)社長は合弁設立後から現在までタイに駐在しているが、今回、同工場で同氏にもインタビューができた。 タイ金型工業会(TDIA)のブンラート会長は会長在任中にやり遂げたい目標として、「金型はCAD(コンピュータ支援設計)から高精度の切削や放電加工、そして金型磨きなどの仕上げ工程を経て完成するが、これら金型製造での各工程を専門別にクラスター化させていきたい」とブンラート会長は考えている。金型メーカー各社がこれまでのように1社がすべての工程を手掛けるのではなく、それぞれの金型工場が得意とする分野をさらに伸ばして高品質の金型製造を実現させるためには、他の金型メーカーからも得意分野を受注して品質や生産効率も高める協業化システム、クラスター化を進めたいとブンラート会長。 「TDIAとして金型製造のクラスター化を進める構想についてはすでにタイ政府工業省と交渉して、賛同されている。当初100万バーツ以上の予算を付けていただくことも決まった。今月(7月)にもクラスター化の実現に向けた取り組みを開始する」(同)方針。ブンラート会長はタイの金型技術人材のレベルアップつながる『T1』から『T7』の金型従業者のランク制についても取り組んでいることを説明した。
タイ金型工業会(TDIA)などタイの業界団体の多くは、日本の各工業会のような会員企業の実態調査すら行っておらず、正確なデータもない。そこで業界の現状はブンラート会長に聞く以外にない。同会長によればTDIAの現在の会員企業数は363社だが、タイには他にもTDIAに加入していないアウトサイダーの金型メーカーが150社はあると見られている。 ブンラート会長の記憶によれば、タイで専業のプラスチック金型メーカーは80社ほどで、金属プレス金型専業が50社ほど、ダイカスト金型専業は30社、ゴム金型専業では20社程度という。他にガラス金型などがあるが工場数は多くはない。
ランク制導入でレベルアップ
タイの日系を含む金型メーカーの経営者の多くには、「従業員がすぐに辞めるので熟練工が育たない」といった不満、悩みがある。そこで「従業員が金型製造で働き続けることに魅力が感じられる制度をつくりたい」と考えたTDIAでは、10年程前からタイの金型技術のレベルアップを図るため、金型工場の従業員を『T1』から『T7』までにランク分けする制度を開始させて成果を上げてきている。 技能を伴う金型製造では従業員の技能の熟練度を高めることが精度がよい優れた金型を製造するために不可欠だがタイ人従業員の転職率の高さが悩みだった。そこで、TDIAでは、タイの金型業界に熟練労働者を育てるためには転職を減らすしかないと考えた。そしてタイで金型製造に従事するタイ人従業員を『T1』から『T7』までの7ランクに分け、それに応じた給与ベースを策定した。その給与水準はたとえ他の金型企業に転職したとしても同じ給与になるため、金型工場を辞める人が激減したという成果を出している。 ブンラート会長によればタイでこの制度を始めた当初から『T1』から『T7』のランク分けをしていたが、最近は『T1』から『T8』に変更した。これはASEANの他の国でも同様の金型従業者のランク付け活動を展開してきているが、「タイ以外のASEAN各国の金型業界では『T1』から『T8』として実施していることにTDIAでもそろえることにしたもの」とブンラート会長。 ブンラート会長によれば「会員企業の内で100社近くは日本人専門家を抱えていたり、日本企業の資本が入っているなど、タイの金型業界と日本との関係は大きい」と言う。 タイでは自動車不況が長引いているところに新型コロナウイルス問題が追い打ちをかけ、製造業でも自動車部品メーカーなどで廃業するところが出ているなど、厳しい不況が続いている。だが、農業大国でもあるタイでは食品関係など自動車以外の業種向けへの機械や部品販売は元気だ。もともとはC.C.オートパーツも自動車部品メーカーとして創業しているが、その後これまでに、クボタのトラクター向けパーツ、鉄を切断するバンドソーなどの機械装置各種を製造販売している他、歯科向け治療椅子ユニットなどのメーカーでもある。
日本企業と合弁会社を設立
C.C.オートパーツで初の日本企業との合弁会社であるC.C.研電社の日本側パートナーは島根県の出雲大社の近くに本社工場を構える研電社。5年前に石飛稔(いしとび・みのる)社長は社長の座を長男に譲り、自らタイに移住してC.C.オートパーツと組んで環境保全関連の機械の製造販売を開始した。養豚糞尿脱水など家畜糞尿の1次処理、コロイダルシリカ排水、食肉排水グリストラップ、給食残飯排水処理脱水などの広い用途で「これまでタイに存在しなかった機械」として導入するタイ企業が増えている。 この研電社のメイン製品が特許も保有する「スリットセーバー」(楕円型固液分離装置)で、連続配置された楕円板群の上に固体と液体が混ざった廃棄物を流すことで固体と液体が分離できる。多数のステンレス製スリットの間を楕円板が回転することで、固形分の搬送がスリット間での目詰まりを防止する仕組みを取り入れている。平成29年の日本産業工業会主催の優秀環境装置表彰では、品質と性能が優秀で環境保全と環境装置産業の振興に貢献しているとして研電社は中小企業庁長官表彰を受けている。 この「スリットセーバー」は中国に技術供与先があるが「契約に基づいた特許料はある程度は支払われている」(同)という。石飛社長は中国進出に続き、東南アジアの中心国であるタイにも「スリットセーバー」の大きな市場があるはずだと考えてタイで同機の製造が担えるタイ企業を探していた5年ほど前、タイの各種機械・装置メーカーで現在はタイ金型工業会(TDIA)の会長会社であるC.C.オートパーツとめぐりあい、ほぼ折半出資の合弁会社C.C.研電社(C.C.KENDENSHA Co., Ltd)をC.C.オートパーツ本社工場内に設立した。
スリットセーバーの完成品製造を実現
両社が出会ったのは、タイ商務省がアレンジしたタイの中小企業製造業による日本の鳥取県、島根県、北九州への産業視察旅行だった。島根県の県庁所在地である松江市で島根県企業を集めた交流会が組織され、石飛社長は「スリットセーバー」を小型化したデモ機を会場に持ち込んで「タイでこの機械を作りませんか?」と売り込んだ。出席メンバーで手を挙げたのがブンラート社長だった。「当社にはこの機械を生産するために不可欠なレーザー加工機、旋盤、フライス盤、ベンディング機械などが揃っているだけでなく機械自体も社内生産している。プレス金型の内製、プレス部品製造も本業だ」と自社を説明し、石飛社長と意気投合した。 しかし視察メンバーはこの松江市での島根県企業との面談会の翌日には北九州市に向かわなくてはならず工場訪問は不可能だった。タイに戻ってからも、「スリットセーバー」への関心をさらに高めたブンラート社長は2015年2月、石飛社長が経営する研電社の工場を縁結びの神・福の神として名高い島根県出雲市の出雲大社近くに訪問した。石飛社長の家は出雲大社の氏子だそうだ。次いで石飛社長もタイに飛び、C.C.オートパーツの本社工場で両社が合弁会社を設立する話を進めた。そして8か月後の10月に両社でほぼ折半出資のC.C.研電社をC.C.オートパーツの本社工場内に設立した。 まずは「スリットセーバー」で使われる最重要部品として多数使用するステンレス製の楕円板を日本の本社工場向けにC.C.オートパーツで製造してもらうことになった。「スリットセーバー」のステンレス部品の楕円板は日本向け輸出を続けているが、試行錯誤を繰り返しながら「スリットセーバー」の完成品の製造もできるようになった。 「スリットセーバー」は日本で商標登録されており、石飛稔社長が4件の特許を取得している。中心的なサイズのもので1台100万バーツ(1バーツは3.3円)が中心。これまでに完成して納入を終えた「スリットセーバー」は数十台ほどで、続く機械も最終組み立て中の段階。「近い将来、タイ市場だけで年50台は売れるはず」と石飛社長は期待している。 「日本と同様に給食センターの残飯処理、魚介類の洗浄排水の処理、食品等の水切りなどの食べ物の処理、ディスポーザー廃液・破砕機排水、排水処理の前工程、廃油等の固体と液体の分離、プラスチック等の破砕屑の回収、建設現場で発生する汚泥を処理するスクリュープレスなど脱水機の前後処理、河川・湖沼の水質浄化(1次処理)・ヘドロなどの沈殿物の処理向けにも採用されるはず」と石飛社長は期待している。
20年7月1日掲載