アジアの生産ハブを目指す タイのEV戦略

新型コロナウイルスの流行はタイの自動車産業に多大な影響を及ぼした。メーカー各社は一時的な生産停止を余儀なくされ、今年の自動車生産は大きく落ち込んでいる。自動車産業全体への投資はもとより、EVの開発・生産への影響も免れない。技術開発、EV走行環境の整備など関連分野にとっても大きな打撃となるだろう。官民のEV関係の専門家は、この緊急事態をどのように受け止め、どうやって切り抜けるのか。対策立案の正念場を迎えている。

コロナのEVへ影響は短期的

ブルームバーグNEFのアレン・トム・アブラハム副編集長は、コロナ後の世界におけるEVの状況に関して、次のように語った。  「コロナの流行は、EVを含めすべての産業に影響を及ぼした。しかし、EVの売れ行きはマイナスばかりではなく、中国、日本、インドでは落ち込んでいるものの、韓国、米国、欧州の一部では回復基調にある。長期的にはEVは十分に盛り返すポテンシャルを秘めており、コロナによる販売不振は短期的な現象になるだろう。単に原油価格の動向からだけではなく、各国政府が一致してEV支援の政策を進めていることも大きい。技術革新、イノベーションへの助成も十分に行き渡っている」  EV産業では、新たなイノベーションが絶え間なく生まれている。EV向けバッテリーの価格が継続的に下がっているのも、その成果の表れである。バッテリー価格の低下は今後、各国のEV販売を押し上げる大きな要因となるだろう。  商用車、公共車両のEV販売はコロナの流行後、再び伸びに転じている。これは世界的な傾向で、2040年までのEV販売台数は、世界の乗用車販売台数の58%、自動車販売台数全体の31%を占めるとされる。アセアン諸国でもEV普及率は高く、特にタイ、ベトナム、インドネシア、フィリピンが盛り上がりをみせている。

危機は変化へのチャンス

タイ電気自動車協会(EVAT)のヨサポン会長は、「危機は変化へのチャンス」として、環境の改善を例に挙げた。  「コロナ以前はPM2.5の平均値はかなり高かったが、コロナ対策の出入国制限やロックダウン(都市封鎖)などにより環境が大幅に改善された。しかし、以前の交通量が戻るにつれ、PM2.5の濃度は再び上がり、乾季に入ればまたスモッグが問題視されるだろう。スモッグ防止の決め手はやはりEV普及以外にない」  EVの普及により今後、充電スタンドを展開する企業による、タイ発電公社(EGAT)、地方電力公社(PEA)、首都圏配電公社(MEA)からの電力購入が増加する。現状、オフピークの電力料金は家庭用よりもはるかに安く、ピーク時の電力使用量に従って追加課金されるデマンドチャージもない。販売価格は会社によって異なるため、各企業は工夫をこらしてスタンド運営に力を入れるだろう。  EVの普及は2025年から2030年の間に急速に進むとみられている。普及が速くなるのも遅くなるのも政府と企業の姿勢次第である。一般国民のサポートもEV普及を後押しする大きな力となる。

BOIはEV投資を推奨

投資委員会(BOI)もEV関連の投資を奨励しており、6月には電動車両の生産事業の認可が24件、合計年産能力が50万台に達したと明らかにした。これはEVとプラグインハイブリッド車(PHV)、ハイブリッド車(HV)の生産事業で計画されている年産能力を集計したもの。  直近では6月17日に自動車部品大手のサミット・グループ・ホールディングの事業を認可した。年産能力はEVの3万台。4月13日には三菱自動車(タイランド)の事業も認可した。年産能力はEVが9,500台、HVが2万9,500台。また、電動車両用バッテリーの生産事業の認可が10件となった。充電スタンドの事業も2件を認可している。  BOIは、EVやPHVといった次世代の自動車産業を誘致するため、EVなどを生産するメーカーに対し、最大8年間の法人税免除などの特典を用意している。

EV普及で環境を改善

タイではコロナによって休業する工場が多く見られたが、EV生産工場は以前の状況に戻りつつある。コロナの流行によって原油価格も下がったが、しかしそれ以上に人々は未来の生活様式について深く考えるようになった。ニューノーマルをはじめ、クリーンな大気、環境について真剣に取り組むようになった。  タイ政府は25万台のEVを普及させる目標を定め、2025年までに電気バスを3,000台、電動バイクを53,000台導入するとしていたが、現在は公衆衛生を優先し、その他の投資や事業活動を一時的に止めている。  しかし、EV普及は着々と進んでいる。コロナ収束後、世界の国々は温室効果ガスの排出削減や、スモッグを規制する姿勢に立ち戻るだろう。タイ政府は特に温室効果ガスの削減を焦点に、2030年までに20~25%削減すると発表した。EVの普及はそれを実現するための後押しとなるだろう。  コロナの影響によりメーカー各社は戦略を転換し、新たな動きに乗り出している。すでに技術は高みに達しているが、まだ需要不足のため、今後は消費者の手の届きやすい価格設定や、その他の条件を整える必要がある。EVの購買意欲は黙っていては盛り上がらない。充電スタンドのさらなる増設など、目に見えるきめ細かい対策が重要だ。電動トゥクトゥク、電動タクシー、電動バイクもさらに増やすべきだろう。EVを軸にすることで産業の復旧は加速するだろう。

BMWの果敢な挑戦

BMWは今年初めに中国で新型EV「iX3」を発売する予定だったが、予期せぬコロナの流行で延期された。しかし同社は6月9日、「iX3」の量産に向けた最終テストを終え、生産の準備が整ったことを発表。中国および欧州での販売に必要な法規等への適合試験が無事に終了したという。これにより、今夏にはグローバルマーケットに向け、現地メーカー「華晨汽車」との合弁で、中国での量産がスタートする見込みだ。  「iX3」は同社にとっては初のピュアEVで、EVパワートレインには第5世代の「BMW eDrive」テクノロジーが搭載される。  BMWグループは2021年末までに、EVまたはPHVを100万台以上販売する計画だ。その過程でBMWグループは新型EVを5車種、市場に投入する。2021年には、新型EVのBMW 『iNEXT』や『i4』を投入していく。これらすべてに「BMW eDrive」テクノロジーが搭載される。

日産はタイでEV生産へ

日産は5月に発表した23年度までの事業構造改革計画で、電動化と運転支援技術を成長のけん引役に位置付け、販売回復を目指す方針を示した。世界では中小型車を中心にeパワー搭載車を積極的に拡大する。同社はこれまで、売上一筋で過剰な生産設備を抱え込んでいたが、今後は事業や投資効率の適正化のため選択と集中を進める。  構造改革の一環としてスペインのバルセロナ工場を閉鎖し、北米の各工場は生産車種をセグメントごとに集約、生産効率を改善する。インドネシア工場も閉鎖し、タイ工場に生産を集中する。  日産はタイをアジア太平洋地域でのEVの生産拠点の主要候補としており、5月にはハイブリッド車のSUV「キックス」を発表した。中部サムットプラカーン県の工場で生産する。ガソリンエンジンで発電し、モーターで駆動させる日産独自のハイブリッド技術「eパワー」を搭載している。「eパワー」搭載車の国内販売は初めてであり、日本以外で生産するのも初となる。  日産が完全にEVへ移行するかは定かではないが、技術面はすでにクリアしており、タイ政府は同社に対し電気自動車(BEV)の生産を認可している。タイは東南アジアで最初にEVメーカーに対しての優遇税制措置を実施するなど、投資先としての魅力は大きい。日産は新型車の販売を軌道に乗せ、反転攻勢に出られるのか。今後の動向に注目したい。

エナジーアブソルートの躍進

バイオ燃料の製造などを手がけるエナジー・アブソルート(EA)のソムポート・アーフナイCEOは次のように語った。  「政府のEV支援の姿勢は確固として揺るがず、世界中の自動車メーカーがタイに進出している。しかし、経済状況は悪く、各社とも生産工程を調整しつつ、投資プランの修正、タイミングの見極めに入っている。その一方、コロナ流行による原油安とPM2.5の減少により、人々の健康意識は一段と高まった。エネルギー産業はソリューションに力を入れ、ニーズに応えていかねばならない。そのためには人と環境に対する汚染を最小限にすることが重要だ」  EA社は充電スタンドを1,000カ所に増やす方針を示しており、現在すでに400カ所を数える。また、EVとバッテリーの生産を年内に開始する方針も明らかにした。原油価格下落やコロナなどの逆風が吹いているが、長期的な市場成長の見通しに変わりはないとみて計画を続行する。  新たな工場は東部チャチュンサオ県に設置し、独自開発したEVを組み立て生産する。リチウムイオン電池を製造する30億ドル規模の工場も建設中で、完成し工場がフル稼働すればタイはリチウムイオン電池生産量が世界第3位となる。EVの年産能力は1万~1万5,000台とし、来年は1万台の販売を目指す。すでにタクシー用を中心に4,562台を受注しており、来年第1四半期に納車を開始する予定だ。  コロナ収束後、EV産業はタイの事業家に多くのチャンスをもたらすに違いない。タイはすでにアセアンのEV生産ハブになりつつある。経済が活発になれば、官民一体となってEV生産、普及に邁進していくだろう。

 

2020年8月1日掲載

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