タイ東北部スリン 織物生産で豊かになった村
タイ東北部を放浪中、スリン県観光推進協会の石丸久乃さんから、農家の主婦44人が草木染めコットン織物を共同で製造するグループを結成、OTOP(One Tambon One Product)で最高品の5★製品として相次ぎ認定されるといった大きな成果をあげていると聞いて取材に行った。スリン市から北へ2時間近く走るサノム郡のサムローン村がその村。「草木染めコットン織物(パーファイ)グループ」と村の入り口に大きく掲げられているゲートをくぐって村に入った。訪問する約束をしていたグループリーダーのラッタナーさん宅に到着すると長年に渡ってこの村の女性村長を務めるナリンラットさん(51歳)を始めとして十数人の農家の主婦が筆者の到着を待ち構えてくれていた。 「人口825人で130世帯」などとサムローン村についてのナリンラット村長のプレゼンテーションの後、同村長の司会により集まってくれた農家の主婦全員の自己紹介が始まった。主婦たちの家業はタイ名産のコメであるカオホームマリ(香り米)の生産だが「織物生産の収入が本業のコメ生産を上回った」と村の農家の主婦たちは満面の笑顔。製造した製品をタイ王室に献上したこともあるという。「生産しても次々にタイ市場ですぐにすべて売り切れる状態が続いており、ある程度は持っていたい在庫も思うようにできない」という嬉しい悲鳴をリーダーから聞かされるほどだった。取材した日も在庫ゼロで休日返上でのフル生産中だった。しかしこの取材は「コロナ」問題が深刻化する直前のこと。 長引く「コロナ」の影響についてこのコットン織物生産農家の様子をスリン県観光推進協会の石丸さんに聞いてもらったところ、「どうしても必要なケースしか注文がこない」時代になって受注が激減。原材料のコットン糸が入らずに生産を一時止めた時期もあったが8月にはコットン糸が届き、100枚単位のオーダーも入り始めたという。
主婦グループによる事業化
「草木染めコットン織物グループ」がスリン県サムローン村に結成されるよりも前から、この村の農家の中には綿花の栽培から始め、それを紡いで綿糸作り、そしてスカーフなどの最終製品に仕上げることに取り組むところが数軒はあったようだ。しかし「そのような作業工程ではあまりにも時間が掛かりすぎて、いつまでたってもビジネスとは言えないことに気づきました。そこで東北部で生産されている綿糸を買うところからの製品作りを考えました」とグループリーダーのラッタナーさんは説明する。 現在のタイではマイクロファイナンスやタイ政府のSME(中小企業)銀行などの小規模融資を受けてスタートアップ(起業)することも可能になっているが、同村では2001年に地元のコミュニティ開発局事務所を通じてサムローン村での綿製品作りに対する国際支援を要請したところ、オーストラリアの政府機関が15万バーツの補助金を供与してくれることが決まった。それを契機として農村で初めて主婦のグループよる事業化が始まった。 そして製品が完成し、タイ市場で売れるようになった背景には観光客の口コミ効果が大きかった。今回の取材にはサノム郡コミュニティ開発事務所のサムアンさんも私の取材のために同席してくれていた。「絞り染めの体験をしたいグループをバンコクで募って村に来てもらうといった活動も展開するなどの支援をしてきた。参加者はSNS(交流サイト)でサムローン村の農家の主婦グループによる草木染めコットン織物製造を広げてくれた。今後は世界に向けてこの村のストーリーを発信していきたい」とサムアンさんは考えている。彼女によれば現在、製品の包装を魅力的にする方法を検討中という。
OTOPの5★に認定
「草木染めコットン織物グループ」に属するメンバーの家には地元製の織り機が設置されている。取材したリーダーであるラッタナーさんの家には「コットンの草木染について学ぶ場所」と掲げた看板の下でグループ作業ができる地元製の織機などの木製の機器が設備され、在庫を置く場所も確保している。生産に従事しているのは女性ばかりで、最高齢者は73歳。得た利益は誰からも文句がでないようにメンバーで話しあって分配している。 サムローン村の草木染めコットン織物で人気製品はスカーフ、ショール、ブランケット。OTOPには2005年に登録したが、2010年に初めて、最高品に与えられる5★として認定されている。最近ではスカートとショールも品評会に出品したところ、やはり5★に認定されている。「どのようなオーダーも受け付けていきたい」とラッタナーさん。「織り機にかける横糸は最終製品の用途を考慮しながら3本から5本の綿糸を撚(よ)る。草木染で使う植物は近くの森の中で簡単に手に入るので、ケミカルは一切使わないオーガニック製品として付加価値を高めてきた」(同)という。 ラッタナーさんの家の前の路上で糸の染色作業をしていたが、出したい色に染色できる草木などの天然素材を鍋に入れて30分ほど煮詰め、それから天然素材を鍋から取り出し、そこに染色する糸を入れる。塩を入れるのは色付きをよくするため。また、染色のために煮詰めていた鍋の下で燃料として燃やしていた木から出た灰を熱湯に溶かし、この熱い灰汁液に先ほど染色した糸を上から吊るして漬けると漬けた部分だけが再変色した。灰汁液は布を強くし染めた色を定着させる効果もあるという。糸や生地を染色した後には水に漬けて洗ってから干す。ノーケミカルの染色液は使うたびに捨てる。
観光客誘致で販売促進
サムローン村は2005年に「タイ・大分特別技術支援プロジェクト」に選ばれJICA(国際協力機構)の技術指導を受けたこともある。ナリンラット村長は「OTOP最優秀製品として認定されるまでになったが、日本への直接輸出は実現していない。まったく天然素材の『草木染ナチュラルコットン』であることを知ってもらえれば日本市場が開拓できるはず」と期待している。「たまに日本人観光客が私たちの村に来て草木染製品をお土産として買ってくれるので、一部は日本に持ち帰ってくれたはず。日本人と結婚しているこの村出身のタイ女性が村に帰省した時もかなりの草木染を買ってもらって日本で販売してもらったことはあった」(同)という。 今回の筆者のサムローン村での「草木染めコットン織物グループ」取材は早朝から昼食後までの半日がかりになった。取材の途中でグループリーダーのラッタナーさんの家の近くにあるナリンラット村長の自宅も訪問した。ナリンラット村長は広大な土地を保有する地主。家業はゴム園、魚の養殖などだが、広い庭には村人達が集会や催しを森の木の下で行うことができる屋外施設もあちこちにある。庭の大きな池の周りにはリゾート風のロッジも10戸ほどあり、観光客などに開放している。人口1,000人に満たない小さなサムローン村であるにも関わらず、村長宅以外でも14軒の農家がホームステイを受け入れている。 バンコクに住む日本人駐在員子弟の90人の子供がサムローン村を訪問したこともある。分かれてホームステイ先に泊り、草木染、絞り染の見学に留まらず、参加者自らが染めたコットンのスカーフをお土産として持ち帰ってもらうなど、バンコクでは味わえない田舎生活を体験してもらう。バンコクなどから来る一般観光客向けにも草木染の見学だけでなく、お菓子づくりや村歩きなどで村の生活文化を体験してもらうプログラムも用意して1人1000円以下の「体験料」で実施している。 「草木染めを中心とする観光振興は私の最大の任務」とナリンラット村長。「草木染めコットン織物グループ」もコロナの影響を大きく受けているが、メンバー全員は農家だから食べるには困っていないが、「コロナ」が終息して各メンバーの現金収入も元に戻って欲しい、日本にも輸出を開始したい、とナリンラット村長らは期待している。 村に観光客がやって来る日は到着前に村の有線放送でその情報を流して村を挙げての歓迎を呼びかける。もしかしたら筆者の今回の取材も前もってこの有線放送がなされていたのかも知れない。長年の筆者のアジア各地での記者生活を振り返ってみても、サムローン村の草木染めコットン織物製造取材で受けたナリンラット村長を始めとするタイの農家の主婦らの心温まる大歓迎は忘れられないものになった。 サムローン村の草木染めコットン織物製造取材をアレンジしてくれたスリン県観光推進協会の石丸久乃(いしまる・ひさの)さんは、立命館アジア太平洋大学(APU)博士コース在学中の2010年からスリンに関わり、2012年からJICAが支援したAPU事業に従事、タイ内務省のスリン県コミュニティ開発事務所に属して5年間に渡りコミュニティ開発を進めた。石丸さん(hisais048@gmail.com)はこの任期終了後はスリン県観光推進協会に所属、スリンに常駐してコミュニティツーリズムの開発支援を続けているだけでなく、スリンをメインにタイ東北部と日本を結ぶ広い範囲の事業の応援でも飛び回っている。
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2020年10月1日掲載