タイのEV革命 生産ハブへ加速化、充電網構築も拡大

2022年、電気自動車(EV)は戦国時代に突入する。世界的な脱炭素の流れを受け、電動車の主役とされるEVへのシフトが一段と加速しそうだ。そうした中、「日本車の牙城」と呼ばれるタイでは急速に「中国EV」が浸透している。対する日系メーカーは、EV対応でやや出遅れた感がある。EVに欠かせない充電インフラにおいても、外資系と地場エネルギー大手がしのぎを削っている。タイ政府の支援策も追い風となり、EV関連事業は勢いを増すばかりだ。本稿では、EVシフトに向けたタイ政府の取組みと自動車メーカーの動向をリポートする。

政府がEV奨励策を決定

タイ政府は2月15日、電気自動車(EV)の購入支援策の大枠を閣議決定した。補助金の交付と輸入関税、物品税の減免で価格を引き下げ、普及を図るとともに、メーカーに国内生産を促す狙いだ。乗用車とピックアップトラック、バイクが対象となる。

乗用車とバイクは国内生産を予定するメーカーの車両に限り、ピックアップトラックは国内製の車両に限る。補助金交付と物品税引き下げは2022~25年の4年間、関税引き下げは22~23年の2年間適用する。

乗用車は、小売価格が200万バーツ未満で、バッテリーの容量が30キロワット時(kWh)未満なら7万バーツ、30kWh以上なら15万バーツの補助金を交付し、価格が下がるようにする。通常8%の物品税率は2%とし、関税率はFTAを利用した上で40%を超えない場合は免税、同条件で40%を超える場合はそのうち40%を削減、一般関税80%での輸入の場合は40%に引き下げる。

これにより、自由貿易協定(FTA)で関税が引き下げられている日本製(税率20%)や韓国製(同40%)の乗用車は関税免除が可能となり、すでに免除されている中国製と同一条件にできるようになる。

小売価格が200~700万バーツの乗用車には補助金はないが、物品税率は2%とし、関税率はFTAを利用した上で20%を超えない場合は免税、同条件で20%を超える場合はそのうち20%を削減。一般関税での輸入の場合は60%に引き下げる。ピックアップトラックは200万バーツ未満で、バッテリー容量が30kWh以上なら15万バーツの補助金を交付し、物品税は免除する。電動バイクは15万バーツ未満なら1.8万バーツの補助金を交付する。

乗用車とバイクのメーカーには24年までの生産開始を義務付け、23年までの2年間に輸入した台数の1.5倍以上の生産も義務付ける。また、基幹部品の輸入関税免除も決定した。期間は22~25年の4年間。バッテリーやトラクションモーター、ドライブコントロールユニットなど9品目を対象とする。 トヨタは脱炭素を加速

各自動車メーカーもEVシフトを加速させている。タイ国トヨタ自動車(TMT)の山下典昭社長は1月27日、同社のオンラインチャンネルで次にように述べた。

「トヨタはタイで他社に先駆け2009年から電動化技術を導入してきました。アセアン地域での電動化車両保有台数の80%をトヨタが占めています。CO2排出量削減は14.8万トンで、これは200万本の植樹に相当します。2021年にはレクサスのEV『UX300e』や、PHEVモデル『NX450h+』を発売しました。さらに2022年には、トヨタの次世代バッテリー式電気自動車(BEV)シリーズ・bZ(ビーズィー)の第1弾モデルである『bZ4X』を投入予定です。また今後さらに国産部品の活用を促進していきます。タイを各種電気自動車組立の主要生産拠点に押し上げるこの取り組みは、電力の使用を促進するというタイ政府の方針と一致しています。我が社はBCG(バイオ・循環型・グリーン)経済モデルに沿って、製品のライフサイクル全体を通してカーボンニュートラルを達成していきます」

TMTはタイ政府が押し進める炭素中立目標に全面的に協力していく構えだ。その一環として現在、地場エネルギー大手のタイ石油公社(PTT)や豊田通商、大阪ガス、関西電力と共に、温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル工業団地」を計画している。東部のマプタプット工業団地でクリーンエネルギーを導入する実現可能性調査を実施し、その後に実証実験を行う計画だ。燃料電池車や太陽光発電、バイオエネルギーの活用を想定している。

山下氏は2022年のタイの自動車産業の見通しについて次のように述べた。

「新型コロナウイルスが引き続きタイ経済や自動車産業に影響を与えると思われます。しかし経済全体の回復に伴い、タイの自動車産業も徐々に正常化していくでしょう。部品不足の問題も市場の拡大と共に解決していきます。2022年の自動車販売台数は前年比13.3%増の86万台に達すると予測しています。トヨタは15.5%増の28.4万台の販売を目標としています」

東南アジアの自動車市場は、トヨタを筆頭に日本メーカーが8割のシェアを握っている。しかし日本勢はEV対応では後手に回っており、タイのEV市場では近年、中国メーカーのプレゼンスが急速に高まっている。中国勢は充電設備の自前整備や車両の大幅値下げをするなど、日本車の牙城に切り崩しをかけている。

 

長城汽車は電動5車種を投入

中国の大手自動車メーカー、長城汽車(GWM)は2021年6月、米ゼネラル・モーターズ(GM)からイースタン・シーボード工業団地内の工場を買い取り、タイ市場に本格参入した。同社のタイ法人、長城汽車タイランドはこれまでに小型車の「ORAブラックキャット」、スポーツ用多目的車(SUV)のハイブリッドモデル「HAVAL H6」「HAVALジョリオン」の計3車種を販売し、昨年の販売台数は3,702台だった。

長城汽車は、タイをアセアンの生産拠点に位置付けている。2月にはタイにおける2022年の事業計画を発表し、年内にEVを中心とする電動車5車種を投入する計画を明らかにした。「ORA」ブランドのEV2車種と「HAVAL」のプラグインハイブリッド車(PHV)も含まれる。また、今年は販売店「GWMストア」を30店から80店まで増やす方針だ。加えて、2023年までにEV充電スタンドを全国100カ所以上に設置する方針も示している。同社は昨年11月、バンコク都心の繁華街サイアムスクエアで1カ所目の「Gチャージ・スーパーチャージング・ステーション」を設置した。この充電スタンドには2台同時に使用できる急速充電器が3基あり、計6台が同時に充電できる。地方電力公団(PEA)のエンジニアリング子会社PEAエンコム・インターナショナルと協力し、公共充電スタンドとして設置した。

タイ政府の支援策も追い風となっている。長城汽車は3月21 日、EVの購入支援策の適用が決まり、財務省物品税局とEV普及で協力する覚書を締結した。そして3月23日に開催された「第43回バンコク国際モーターショー」のメディア向け発表会でタイでのEVの価格改定を発表した。支援策の適用対象となった「ORAグッドキャット」は3モデルあり、「400TECH」は98・9万バーツから82.85万バーツに、同「PRO」は105.9万バーツから89.85万バーツに、「500ULTRA」は119.9万バーツから103.85万バーツにそれぞれ引き下げられた。

長城汽車は、タイで2024年のEV生産開始を目指している。

EV販売トップは上海汽車

上海市に本拠を置く中国の国有自動車最大手、上海汽車もタイで躍進している。上海汽車とタイ財閥CPグループの合弁会社、SAICモーター・CPは「MG」ブランド車を展開しており、昨年のタイでの新車販売台数は前年比9.5%増の3.1万台だった。新型コロナの影響で新車市場が低迷する中、スポーツ用多目的車(SUV)を中心に堅調に販売を伸ばした。

上海汽車は2014年6月にタイ市場に参入し、翌15年から7年連続で販売台数を伸ばしている。EVはこれまでに中国製のSUV「MG ZS EV」とステーションワゴン「MG EP」の2車種を投入しており、昨年の販売台数は約1,000 台。EV販売で国内トップだった。現在は2車種とも中国から輸入しているが、来年にはチョンブリ県の工場でEV生産を開始するという。

長城汽車と同様、上海汽車も3月21日にEVの大幅な価格引き下げを発表した。政府が導入したEV購入支援策の適用が決まり、補助金と減税で大幅な値下げが可能となったからだ。1台当たり22.7万~24.6万バーツ、最大23%引き下げた。ステーションワゴンの「MG EP」は98.8万バーツから77.1万バーツに、「MG EPプラス」は99.8万バーツから76.1万バーツに、新型SUVの「MG ZS EV」は118.9万バーツのモデルを94.9万バーツに、126.9万9万バーツのモデルを102.3万バーツにそれぞれ値段を引き下げた。「MG ZS EV」は、2019年から販売している中国製SUVのEVを改良したもの。バッテリーの容量は44.5キロワット時(kWh)から50.3kWhにアップされ、航続距離は337キロから403キロに拡大。最高出力は150馬力から175馬力に、最高時速は140キロから175キロに高まった。タイでの予約販売を開始しており、6月末までに納車を開始する。

また同社は、25億バーツを投じてタイ国内にバッテリー式電気自動車(BEV)用のバッテリー工場を建設し、来年に生産を開始する計画だ。BEVのタイ国内生産は2023年末までに開始するとしている。

電動バイク市場も活発化

タイの電動バイク市場も拡大している。タイで電動バイク「イートラン(ETRAN)」を製造するスタートアップ企業のイートラン(タイランド)は昨年6月、自動車車体部品メーカーのサミット・オートボディーと共同で新型バイク「イートラン・マイラ(ETRAN MYRA)」を開発した。宅配業者向けに開発し、最高時速は120キロ。1回の充電で最長180キロ走行できる。新型コロナの流行を受けて、食事宅配事業での電動バイク需要が急拡大したこともあり、昨年の販売台数は2,000台に達した。昨年12月には米系シェブロン(タイ)と業務提携し、電動バイク用バッテリー交換所を共同で展開している。

イートランのソラヌン最高経営責任者(CEO)は次のように述べた。

「イートランは、社会と環境にとって持続可能な交通機関を作り、CO2排出量を削減したいという思いからスタートしました。まずはデリバリー業やバイクタクシーなど、輸送時のエネルギー需要が高いユーザーを対象に、脱炭素を実現していきます。今年中に5,000台の生産を目指し、バッテリー交換ステーションも拡張していきます」

そのほか地場の電動バイクメーカー、iモーター・マニュファクチャリングも22年第1四半期に電動バイクを生産することを明らかにしている。モーターの出力は3,000ワット、最高時速は120キロ。1回の充電で100キロ走行できる。同社のプリチャー社長は、「タイ人のみでデザインから製造まで手掛ける電動バイクは国内初となる」とアピールした。部品の85%を国内で調達し、当面の月産量は2,000台を見込むという。

日系では、ホンダの現地法人タイ・ホンダ・マニュファクチャリングが2月、スイス系流通大手DKSHと電動バイクの導入試験を開始すると発表した。ホンダの中型スクーター「PCXエレクトリック」と小型スクーター「ベンリィe:」を使用。配送車両として、バンコク都内のラマ3世通りにある医療関連製品の物流拠点に配備する。近隣の病院などへの医療用品の配送に利用してもらい、コスト削減効果や問題点などを検証、車両開発や電動バイクの利用促進に役立てるという。「PCXエレクトリック」「ベンリィe:」は1回の充電でそれぞれ最長41キロ、43キロ走行できる。最高時速は74キロ、67キロ。いずれも交換式のリチウムイオンバッテリーを使用する。

また、ヤマハのタイ法人タイ・ヤマハ・モーター(TYM)は「第43回バンコク国際モーターショー」で、エンジン排気量125㏄相当の電動スクーター「E01(イーゼロワン)」を公開した。「E01」は実用性と都市間の移動に適した走行性能を備える電動スクーター。EVインフラやシェアリングビジネスなどの構築にあたって、顧客ニーズの把握やその他周辺ビジネスの可能性探求、新たな市場開拓などの実証実験用として、事業所、自治体、官公庁などに向けて導入するモデルとなる。TYMは7月より順次、「E01」を日本、欧州、台湾、インドネシア、タイ、マレーシア向けに導入するという。

充電スタンドの設置も拡大

タイ国家EV政策委員会は、2025年までに累計105.1万台のEV(乗用車・ピックアップ、二輪車、バス・トラック)を生産するという目標を掲げている。それに伴い、EV普及の課題である充電設備の普及も加速している。

エネルギー省は2月、全国でEVの充電スタンドを拡充する方針を明らかにした。同省は2030年までに充電スタンドを567カ所、急速充電器を計1万3,251基整備する必要があるとの結果をまとめた。このうち都市部が505カ所、8,227基、都市部以外の幹線道路沿いが62カ所、5,024基。また、電動バイクのバッテリー交換所も1,450カ所の整備が必要としている。ただし、充電スタンド事業はコストが大きいため、実現するには事業者を支援する必要があり、支援策を検討しているという。具体的な案として、設置場所や電源の確保、充電器の補助金、電気料金の割引期間延長などを挙げた。

充電設備の拡充に向け、企業の動きも活発化している。米フロリダを本拠とするEV充電網運営の米EVLOMOは2月21日、投資銀行から2.1億ドル(約68億バーツ)の資金調達に成功し、タイでの事業に活用すると発表した。国営石油PTTと昨年から提携し、同社のガソリンスタンドに併設する形で超急速充電器を備えた充電スタンドの設置を進める。EVLOMOはタイでのEV用バッテリーの生産も計画し、ロジャナ工業団地との合弁会社が東部チョンブリ県で工場を建設している。投資額は12億ドルの見込み。

また、EV用充電設備の販売・運営を手掛けるシャージ・マネジメントは3月24日、年内に600カ所体制に拡充し、充電器は2,000~2,400基に増やす目標を明らかにした。同社はガソリンスタンドや大手小売店、オフィスビルなどに充電スタンドを設置し、現在は約300カ所を展開している。今後はさらに規模を拡大し、住宅開発業者やオフィスビル、ホテル、病院、教育関連、駐車場、物流関連などと幅広く提携する構えだ。提携企業を年内に27社、2025年に50社まで増やといという。同社は25年までに国内のEVが累計105万台規模に拡大すると予測しており、充電スタンドの拡充を急いでいる。

シャージのピーラパットMDは次のように述べた。

「世界全体のEV保有台数(乗用車)は、2010年は1.7万台でしたが、そこから増加トレンドが徐々に加速し、20年には1,020万台に達しました。国・地域別のEV保有台数では、20年時点では中国が最も多く451万台となっています。次いで欧州316万台、米国178万台と続きます。やはり人口規模の大きい中国がトップという状況です。世界の主要国がEVメーカーに有利な支援策を展開しており、中国でも政府が免税やメーカーへの資金援助を積極的に行っています。充電スタンドや充電器などのEVインフラも世界中で増加し続けており、ドイツでは公共充電スタンドが2025年には30万台に増加し、2030年には70万台を超えると予想されています。我が社も将来のタイのニーズに対応するべくEV充電網の整備を進めていきます。これは世界中で起きているEVシフトというメガトレンドに沿ったものです」 EVの生産ハブを目指して

3月22日に開催された「第43回バンコク国際モーターショー」では、自動車26ブランド、バイク8ブランドが出展し、新モデルやコンセプトカーなどが披露された。今年はEVの出展が目立ち、過去最高の20車種が展示された。日系ではトヨタが年内にタイで発売予定のEVのスポーツ用多目的車(SUV)「bZ4X」を、ホンダはSUV「HR‐V」のハイブリッド「HR‐V e:HEV」や新型「シビックe:HEV」など電動車を前面に押し出したラインアップを披露した。

一方、中国メーカーの長城汽車は小型EVの「Ora グッドキャット」などを、上海汽車はSUVの「ZS EV」などを披露した。今年は国営石油PTTのEV関連事業の子会社アルン・プラスも初めて参加。台湾の鴻海科技集団とEVの国内生産を予定しており、試作車や充電設備などを展示した。各メーカーがEVをアピールした背景には、世界的なEVシフトの高まりと、タイ政府がカーボンニュートラル(炭素中立)の姿勢を強めていることがある。

EVは、世界の自動車産業の景色を一変させるほどの力を秘めている。「アジアのデトロイト」を標ぼうしてきたタイの自動車産業は今後、EVの生産ハブとしての地位を確立できるのか。タイ政府によるEV普及の取組みと、自動車メーカーの動向を引き続き注視していきたい。

2022年5月1日掲載

  • Facebook
  • twitter
  • line

関連記事