新車向け需要でタイの金型生産回復へ 単独インタビュー タイ金型工業会ビロージェ会長

この度、タイ金型工業会(TDIA)のビロージェ(VIROJ SIRITHANASART)会長に単独インタビューすることができた。ビロージェ会長は数年間に渡ってその座をバトンタッチしたことがあるが、現在を含め計12年間もTDIA会長を務めている。タイ政府が指導して2008年にタイの機械、樹脂成型など12の製造業界団体による裾野産業協会連合会(A.S.I.A.)を結成したが、ビロージェ会長はA.S.I.A.会長も兼務して業界育成を図っている。

同会長によるとTDIAはとりわけタイ政府の投資委員会(BOI)とBOIの部品産業育成プログラム(BUILD)、工業省工業促進局(DIP)などと密接な協力関係を維持して、タイの金型産業育成に力を入れている。特に「日本の金型企業のタイ進出を最重要視している」という。
タイの日系を含む金型メーカーからは、タイ人従業員がすぐ辞めるので熟練工が育たないといった不満がある。それに対してビロージェ会長は「私の会社では金型製造部門で辞める従業員はまずいない。従業員が金型製造で働き続けることに魅力が感じられる制度にすれば解決できる」と明言した。

しかし一般にタイ人の転職が多い点は認め、とりわけ金型製造で必要とされる熟練度の高めるためTDIAでは「8年ほど前にタイ政府機関と協力して金型工場の従業員をT1からT7までランクづけする制度」を開始したという。
TDIAの事務所はバンコクのラマ4世通りのクロントイでタイ政府工業省が保有する裾野産業振興部(BSID)ビル内にあり、資本金の過半数をタイ側が持つ企業(49%以下が外資側)なら会員になれる。ビロージェ会長によれば「TDIA会員企業として350社が登録され、会員になっていないアウトサイダーの金型メーカーを含めて約500社の金型メーカーがタイにある」としている。

タイの金型輸出増を推進

タイ金型工業会(TDIA)では会員名簿を公開しているものの、プレス型やプラ型などの会員企業の金型タイプの分類をこれまで行っていない。そこでビロージェ会長に聞くと「おおまかに言って、55%がプラスチック金型で金属プレス金型は35%、自動車と二輪向けが多いダイカスト金型は10%程度。ゴムやガラスなどの金型は極めて少ない」と話した。日本と同様にタイでも金型専業メーカーは典型的な中小企業業種であり、タイの金型業界の規模は「従業員数5人以下が70%を占め、12人以上60人までが25%、60人以上の従業員を抱える金型メーカーは5%」。この比較的大手の5%の企業の中には日系企業との合弁会社も含まれている。「会員企業の合弁相手は日本企業だけ」という。

TDIAはタイ唯一の金型専業メーカーの業界団体だが、タイの金型業界に関する公式統計を持っていない点など日本の各工業会とはまったく異なる。ビロージェ会長は「TDIA会員企業として350社が登録され、会員になっていないアウトサイダーの金型メーカーを含め約500社がタイにある」と話す。TDIAが2年に1回発行している最新名簿(TDIAダイレクトリー)によれば個人会員も含め700社となっている。TDIAではまたタイ語による機関誌「タイ金型ジャーナル」も年4回発行している。

タイは工業製品の大量生産に不可欠な金型は、日本などからの輸入に頼らざるを現状が長く続いている。だが、ビロージェ会長は「現在のタイの金型輸入は年250億バーツだが、輸出が年120億バーツある。10年前はタイの金型輸入は200億バーツで輸出が70億バーツだった。タイの工業化が進んできたことに比例して金型が足りずに輸入が増えているが、輸出が輸入よりも伸びていると言える。当面はタイの金型の輸出入が均衡するレベルを目指したい」と見る。

長引く自動車不況がタイの金型業界にも大きな影響を与えている。今後に関してビロージェ会長は「今年第2四半期に底を脱して徐々に回復に向かう」との楽観的見通しを示した。その根拠として新車需要が出てくる点をあげた。「ベトナムやインドネシアの巨大な二輪市場向けにタイは多くの部品、金型を輸出しているが、インドネシアからの輸入はない。ASEANではシンガポールからだけタイは輸入している」。

一方でビロージェ会長は「4年ほど前からエレクトロニクス業界向け金型生産でタイはベトナムに追い抜かれた」と認める。ただ、メインの自動車産業向けでは圧倒的にタイが強い状態が続いている。「日系メーカーで、タイよりも人件費が圧倒的に安く能力も高いと考えてベトナムに進出したところがあるが、失敗してタイに戻ってきた。(その企業は)ベトナム工場でも生産性向上に力を入れたが、3%から10%も不良品が出続けることに嫌気がさしてタイに戻ったと直接聞いている」と実例をあげてタイがベトナムより生産性が高いケースと説明。「タイでは長い年月をかけて広い分野で日本企業によるモノづくりの哲学がタイ人に教え込まれてきて、それが定着している。ベトナムにはまだそこまでの歴史がなく、品質に対する認識ではタイ人の方が断然高い」と明言する。

ランク付け制度で金型産業を支援

EV(電気自動車)の普及が進むと部品点数が現状から極端に減るため、タイで育成されてきた自動車産業への懸念が出ている。ビロージェ会長はまったく心配していないという。「EVにすべて置き変わると仮定すれば金属部品が激減し、プラスチック部品を除いて金属部品は壊滅的打撃を受けるでしょう。しかし充電施設も皆無に近い現状でEVをタイで普及させることは無理。距離が一定の路線バスに電気バスが増えるくらいで、中国からバス以外のEVも大挙してやってくるなどといったことにはなりません。タイでは電気(モーター)併用のハイブリッド車や1000㏄以下のエコカー、エタノール燃料車が伸びても、EVへの大きな変化が起るのは遠い先の話であり私はまったく心配していません。しかし二輪だけは電池式がある程度は増える」と見通す

8年ほど前からTDIAが中心となって、金型技術レベルアップを目指すタイ人従業員を「T1」から「T7」までランクづけする制度を、タイ政府のサポートも得て開始した。給与ベースをT1からT7までの7ランクに分け、その給与水準はたとえ他の金型企業に転職しても同一だから辞める人の激減につながったという。例えば「T1」に昇格するとそれまで9,000バーツだった基本給が1万2,000バーツ、さらに技能を高め「T2」になると1万8,000バーツに昇給する。「T4」と「T5」は上級スタッフで基本給は月2万2,000バーツ以上となる。「T6」は大学の修士以上のそれなりの幹部給で、「T7」はビロージェ会長のような金型企業のオーナーやCEO向け。ビロージェ会長によれば「金型を内製しているタイ最大手の自動車部品メーカーであるタイ・サミット・グループもこの制度を取り入れて成果を出している」という。

「タイの国際競争力を上げて輸出を増やしたい」と考えているビロージェ会長は、日本、中国、インドなどを含むアジア10カ国の金型工業会が加盟しているアジア金型連盟(FADMA)メンバーとしての活動にも積極的に参加、バンコクでFADMAの会議を開くこともある。工業省でもタイの金型技術レベルを上げるための予算を組み、タイのモンクット王工科大学、カセサート大学工学部など、技術系大学と協力して人材育成に力を入れているという。

ビロージェ会長は「タイ政府の金型産業育成政策は成功してきた」と語る。TDIAではタイジャーマンインスティテュート(TGI)と組んで毎年タイの優秀な金型メーカーを表彰する制度を2017年から開始した。6月にバンコク国際貿易展示場(BITEC)で開催された金型展「インターモールド」内の金型セミナーの一部として行われた。

ビロージェ会長が経営しているマスターテック・システムズ(サムットプラカーン県)はタイ独資の金型関連企業。他に日本企業の合弁でUIグループという従業員数32人の金型工場、また、チャチュンサオ県にはスリーブライトエンジニアリング、スリーブライトマニュファクチャリング&サプライからなる従業員数90人のTBEグループがあり、それぞれビロージェ会長がMDを務めている。ビロージェ会長はこれら日本企業のパートナーと「5年ほど前のMETALEXで知り合い、その2年後に合弁が実現しました」と明かした。

(写真・文) アジアジャーナリスト 松田健

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