タイ産業高度化の中心地へ 動き出した東部経済回廊(EEC)構想

タイの暫定政府が昨年打ち出した東部経済回廊(East Economic Corridor =EEC)の再開発プロジェクト。チョンブリ、チャチュンサオ、ラヨンの3つの県でインフラ整備や高付加価値産業の誘致などを進め、タイの産業高度化を促進しようというものだ。ゾーン制の廃止や国境付近の経済特区、国際地域統括本部及び国際貿易センターなど、これまで様々な政策が進められて来た中で、タイの産業発展の起爆剤となるかその行く末が注目される。

今回のEECプロジェクトはインフラの再整備と厚い投資恩典が両輪となっている。まず投資促進策では、上記の3県内を対象にタイ投資委員会(BOI)が次世代自動車、スマートエレクトロニクス、食品加工、航空など高付加価値産業への投資に恩典を付与する。既に法人所得税の免除を受けている企業に対しては、5年間の法人税50%減免の権利が与えられる。ただし、この恩典に関しては現段階で今年の12月29日までに投資申請書を提出する必要がある。また、EEC内で実施される“戦略的プロジェクト”の場合、今年制定された特定産業競争力強化法により最長15年の法人所得税免除および補助金が付与される。財務省でも研究者への減税案などを準備している。

インフラ整備では今年中に5つのプロジェクトをスタートさせる。その一つにラヨン県にあるウタパオ国際空港の拡張および航空産業の育成がある。2,000億バーツで新たな滑走路、旅客ターミナルを建設し、さらにフリートレードゾーンやメンテナンス施設を設ける計画だ。実際、3月にタイ航空が航空機大手エアバスと航空機整備センター設置を検討する覚書を結んでいる。調印式にはタイ政府のソムキット副首相が出席する力の入れようだ。タイ航空の意気込みも大きい。後の報道によると、タイ航空は来年3月までには着工を始め、4年以内に世界最大規模の航空機整備センターにすることを目指しているという。さらに大手ボーイングも投資を検討していると伝えられている。

また、1,580億バーツの官民パートナーシップ(PPP)方式でドンムアン空港、スワンナプーム空港、ウタパオ空港を1時間で結ぶ高速鉄道を敷設。643億バーツでマプタプット港とレムチャバン港間の鉄道の複線化、新線の整備も実施する。

レムチャバン港は880億バーツでフェーズ3工事を進め、コンテナ取扱量を700万TEU/年から1,800万TEU/年へ、自動車輸出能力は現100万台/年から300万台/年ㇸ増強する。その他、EEC3県でバイオエコノミー、自動車・自動車部品・電気・ロボット、航空・メンテナンス、メディカルハブに関する産業を育成するほか、環境に配慮した新しい都市づくりを進める。

恩典とインフラ整備に外資企業も関心

EECは5年間に官民で総額1.5兆バーツを投じるという壮大な計画となっている。円滑な進行のためには、タイ政府は暫定憲法44条の駆使も辞さない構えだ。投資企業としてタイ政府はやはり日本企業に大きな期待を寄せている。6月にはソムキット副首相らが日本を訪れ、タイ投資シンポジウムに出席。EECを日本企業にアピールした。ソムキット副首相は京セラやスパイダー、クラレ、SUBARUの幹部とも会談し、投資を要請している。また、菅義偉官房長官らを交えた第3回ハイレベル合同委員会で協議を実施、東部経済回廊及び産業構造高度化に向けた協力に関する覚書などを交換している。

日系企業の反応はどうか。ジェトロが4月27日から5月3日にかけて日系企業に行ったアンケートでは、回答があった28社のうち22社がEECへの優遇策を効果的と答えたという。インフラ整備に期待する企業もある。バンコク日本人商工会議所もBOIのヒランヤ長官らと会談した折に、EEC投資全般をまとめる委員会などを組織したと伝え、さらに投資申請期限の延長も要望したという。

タイ自動車研究所のナッタポン理事は先日開かれたセミナーの席上、「現在、EECプロジェクトにおいて、外資企業が特別な視線を注いでいる」と明かした。今後5年間に1.5兆バーツと計画されるEECへの投資が継続されると、タイ経済の成長率は毎年5%になるとも予想される。「政府が主導する10のターゲット産業には1,000億バーツの投資が集中するでしょう。またこのプロジェクトは年間1,000万人の観光客を吸引し、観光収入は少なくとも4,500億バーツ増大します。BOI事務局長によれば、2015-16年間にはこの方面への投資の認可申請が増加し、3県への投資額は合計2,870億バーツに至ったといいます。今年第1四半期の認可申請プロジェクトの投資額は合計160億バーツ。エリア内のインフラ開発計画が明確になり、EEC法が施行されれば、投資が一段と増えるでしょう。大手自動車メーカーとしては日産、BMWがそれぞれEECプロジェクトに強い関心を示しています。今年、EECエリアへの投資額の目標1,500億バーツに置いています」とナッタポン理事は話した。

研究開発を促進するEECi構想も同時進行

EECでは、東部経済回廊イノベーション特区(EECi)構想も進められている。EEC内の3,000ライの土地に研究開発とイノベーションに満ちた新たな経済エリアを出現させることが狙いだ。タイの競争力の増進のため、実験、分析が充分にできるように整備する。これまで民間企業、教育機関、研究所、政府機関、さらには海外の諸機関を合わせて、51の機関がプロジェクトのパートナーとしてサポートをしている。

チュラーラット科学技術省スポークスマン兼科学技術庁次長はU-MACHINEの取材に対して、「とりわけEECiエリア内における自動車・航空機をはじめ、各種産業の研究開発とイノベーションのサポートが焦点となっています。EECiのもとで研究開発とイノベーションを強化させるのが目的です」と語る。現在、科学技術省の科学技術開発庁がEECiの適地の調査を進めており、EECエリア内の各地の意見調査では多くの反響が得られたという。チュラーラット氏は「これはEECiによって地域の開発が進み、住民の生活も具体的に発展すると理解されたからでしょう。また科学技術開発庁はターゲット産業分野からも意見の聴取を進めています。ニーズをまとめ、EECi開発のマスタープランに織り込むことで産業競争力を増進し、タイの経済成長を進めます」と意気込む。

チュラーラット氏はEEC計画の進捗についても語る。「ウタパオ国際空港開発プロジェクトは5年以内に収容能力を1,500万人に高めます。最終目標は20年後に6,000万人で、スワンナプーム空港とドンムアン空港の過密状態の緩和につなげます。またウタパオ空港に航空産業の人材養成センター、および航空機のメンテナンスセンターを併設し、アジア太平洋で最新の航空産業工業団地の造成も併行して進めます。レムチャバン港第3期開発プロジェクトでは水深18.5メートルの桟橋を造って積載量16万トン(1万5,000ETU)の大型船の停泊を可能にします。また年間1,100万ETUの貨物積載を支える施設を増設、自動車輸出能力を年間300万台まで高めます。また鉄道と接続するレムチャバン・コンテナ輸送センターの開発、A桟橋の築造、構内交通の渋滞を解消するための利便施設の更新、さらにレムチャバン港から他の諸港への必要かつ十分な輸送システムの開発を進め、増え続ける船と貨物の多様化にも対応します」。

その他、マプタプット港は液化天然ガス輸送の主要港としての機能を拡充し、関連産業への利便性を増進する。第1期港湾施設に接続する形で1,000ライの敷地に施設を増設。うち前半550ライ、後半450ライで、液化天然ガスのタンカー接岸港が2カ所、ガス積替え桟橋が3カ所できる。敷地内には貨物倉庫、天然ガス関連事業所、沈泥溜め、サービス施設、砂防石堤、防波堤も築造される。

サタヒップ港は防波堤を築造し、フェリー向けのターミナル・ビルを建設。現在のタンカー向けから、大型遊覧船、貨物・旅客用フェリーの受入機能を備えた観光向けの商業港に脱皮させる。フェリーはホアヒン、チャアム、バンコクとの間を往復し、タイ湾の東西を結ぶ。港湾局は既にパタヤ・ホアヒン間のフェリーを認可している。

チュラーラット氏曰く、「都市間のモーターウェイをはじめ、バンコク・チョンブリ間の7号線はパタヤ・マプタプット区間のルート拡張工事が30%進んでおり、2019年に開通の見通しです。またレムチャバン・ナコンラーチャシマ間のモーターウェイ61号線は、新版20年計画(2017-36年)の都市間モーターウェイ開発マスタープランに基づくプロジェクトで、東部と東北が繋がります。現在、事業化調査が行なわれています。鉄道複線化に関してはチャチュンサオ・クローンシップガウ・ケンコーイ間の路線で目下、工事が進んでいる。バンコク・ラヨーン間の高速鉄道計画は、中間に位置する工業地帯、3カ所の主要な国際空港を結びます。その他、ウタパオ鉄道駅の建設、シーラチャー・マプタプット・ラヨーン・チャンタブリ・トラート間の複線鉄道路線のプランも練られています」という。

EECプロジェクトは、タイランド4.0構想下にある。その根底には30年を越える東部地域経済開発の成功がある。このプロジェクトは国を一気に発展させる推進力の一環をなす。経済成長8%を誇った時代はアジア通貨危機にあえなく終わり、5,000工場の入居を可能にする32の工業団地が造成され、タイ最初の深海港レムチャバン港など各種のインフラが開発され、東部は主要産業の生産基地に変貌した。アジアのベスト5に入る大規模石油化学生産基地、自動車・部品産業、開発が重ねられた各種のインフラの充実に加えて、地域物流の中心となる地理的優位性により、EECプロジェクトはタイ経済をインダストリー4.0時代に突入させる新たな希望である。

タイ産業を長く支えてきた東部臨海地域

ウッタマ工業相は「EECプロジェクトは、タイランド4.0の構想下に誕生し、30年を越える成功を収めてきた東部臨海工業地域のさらなる発展拡充を目指します」と語っている。首相を委員長とするEEC政策推進委員会が政府によって組織され、プロジェクトを統括している。工業省はEECオフィスを設置した。

EEC開発の方向性は、インフラ開発区域、新産業区域、ニュータウン開発区域からなり、ターゲット産業を奨励する狙いを持つ。エリアは3県にまたがり、ターゲット産業10部門をすべてカバーする。ターゲット産業は可能性の高い在来の産業5部門、すなわち自動車・部品、石油化学・環境にやさしい製品、電気・エレクトロニクス・IT通信、農産加工、ロジスティクス、および新産業5部門、すなわち航空機産業、医療ハブ、ロボット産業、デジタル、バイオ燃料である。投資の拡大と併行して陸・海・空の物流ネットワークを拡充する。ルートは相互に連結し、迅速、円滑な貨物輸送が実現する。

ウッタマ工業相は「巨大な生産基地、工業団地と住宅を結ぶ便利な交通インフラ、世界的な観光地との連結。投資に対する各種の特典が用意され、EECの可能性は投資の増大と安定を約束します。エリアの市街区は拡大し、アセアン市場のニーズの増大に対応することになります」と語っている。7月に入ってEEC政策推進委員会は、レムチャバン港、マプタプット港、複線化の3つの計約2,300億バーツ規模の事業を既に承認。スピード感を高めている。

タイ東部は、東洋のデトロイトと呼ばれるほど自動車産業や化学産業が集積し、タイ全体のGDPの約2割を構成するなど、バンコク首都圏に次いで長年タイ経済を支えてきた。それをあえて再整備して産業振興を図ろうという試みは、これまで矢継ぎ早に打ち出されてきた政策と合わせて、是が非でも一層の経済成長を実現したいという政府の意気込みの表れでもあるだろう。さらに今年末とされた投資申請期限は、2018年内にも予定されている総選挙を控えて、現政府が今のうちに成果を出しておきたいため、とも見えなくない。一方で政策の一貫性がなければ、投資する側の企業の困惑を招きかねない。また、タイ特有の流動的な政情が政策を断絶させる可能性もある。

3県合わせた面積は、約1万3,000平方キロメートル。約50万平方キロメートルのタイ国土全体からすれば僅かな比率だが、カンボジアやミャンマー、ラオスといった近隣国との接続性などを考えれば、深海港も持つ東部地域はまだまだ大きな可能性を秘めている。この地を舞台に、タイの将来を占う取り組みがスタートした。

 

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