来たれタイ自動化の担い手たち ~SIer育成へLASIプロジェクト開始~
タイランド4.0の方針のもとで産業高度化を図るタイ政府。EV(電気自動車)を筆頭とした次世代自動車、スマートエレクトロニクス、航空宇宙、デジタルなど10のターゲット産業を定め、手厚い恩典などを通して外資の投資を奨励している。その一つにロボット産業も含まれている。そして今、タイ政府の中ではロボットの産業化にあたって、ロボットを使って自動化を進めるシステムインテグレーターの育成に重心を置こうとしている。オートメーションを担う人材輩出を後押しする新たなプロジェクトを追った。
取材・長沢正博
リーンオートメーションを教育
5月11日、タイの工業省はウッタマ工業相らを招き、製造業に携わる中小企業の技術支援などを目的としてバンコク都内に設立した産業転換センター(ITC=Industry Transformation Center)の開会式を盛大に開催した。そのITCの中に、システムインテグレーターへの教育を行うLASI(Lean Automation System Integrator)が開設された。
LASIは、IoTやヘルスケアなどの新しい産業分野において日本企業と東南アジアの現地企業との連携や新産業の創出などを促進するジェトロの「日ASEAN新産業実証事業」(第2回)において、デンソーの「Connected Industriesにおけるリーンオートメーションシステムインテグレーター(LASI)の育成検証」が採択されたことからスタートしたプロジェクトだ。
言わずもがなだが、自動化はロボットを購入すれば済む話ではない。ロボットの手にハンドを付け、動きをティーチングするなど、ロボットを使った生産工程の設計、組立、据付を行う、SIer(エスアイアー)とも呼ばれるシステムインテグレーターの存在が不可欠。タイ政府は現在、200社ほどともいわれるタイのシステムインテグレーター企業を5年間で1400社まで増やす目標を定めている。LASIは、その目標達成に向けたプロジェクトの一つになっている。
システムインテグレーター育成はロボット産業単体としてだけでなく、他の航空機や食品などタイのターゲット産業における生産活動の高付加価値化を進めるためにも重要課題。また、日本並みのスピードに少子高齢化が進むタイでは、図①のように15歳以上65歳未満の生産年齢人口が既に減少局面に入っている。2016年に発表された世界銀行のレポートでは、タイは2040年までに生産年齢人口が11%マイナスになり、900万人近く減ると予測した。賃金も上昇傾向にある。もはやタイにとって自動化は避けては通れない道になっている。
では、今回のLASIの特徴は何か。一つは名前にもあるように、リーンオートメーションを実現するシステムインテグレーターの養成を掲げている点にある。リーン(Lean)とはやせた、引き締まったなどの意味の英語。そこから、無駄を排した効率的な生産システムをリーンマニュファクチャリング(またはリーン生産方式)と呼び、日本の製造現場で長年培われてきた。
5月の開会式であいさつに立ったデンソーの杉戸克彦常務役員は「LASIプロジェクトはデンソーが今まで培ってきた日本流のものづくりであるリーン生産を基盤とした自動化、すなわちリーンオートメーションをタイに浸透させ、さらなる発展を目指すもの」と目的を語った。要はLASIでは単なる自動化ではなく、リーンマニュファクチャリングを基盤にした、リーンなオートメーションの教育を目指している。タイは日本の自動車メーカーが数十年前から進出して生産活動を行っており、他の国に比べて日本流のモノづくりとの親和性が高い。そのため、リーンオートメーションが深く根付く土壌があるといえる。
カリキュラムはタイの教育機関や大学などとも協力して作成した。それは「生産システム概論、工程設計、設備設計、ロボットの操作、設備の維持管理といったシステムインテグレーターに必要な研修項目をリーンオートメーションの視点からまとめた世界初のカリキュラム」(開会式にて杉戸氏)という特徴を持つものになっている。
研修用のショーケース(ミニ工場)を設置
研修では実践を重視している。ショーケースと呼ばれるミニ工場がLASIに設置され、10個ほどの部品で成り立つミニカーの製造を通して、リーンオートメーションを学ぶ。例えば、ミニカーをまず手で組み立てる作業。部品がバラバラに並べてある状態で組み立てるのと、各部品を分別し、冶具を設置して組み立てるのとでは、スピードが大きく変わってくる。そういった授業を通して、どうすれば無駄な作業がなくなるのか、また無駄だけど必要な作業を極力少なくできるのかを、受講生に考えさせる。自動化は人が行っている作業を単純にロボットに置きかければよいものではない。工程を見直し、作業の無駄を排した上で、自動化を進めていくことに大きな意味がある。
LASIで教壇に立つデンソーの小島史夫エグゼクティブアドバイザーは「リーンマニュファクチャリングをしっかりやることによって、オートメーションがやりやすくなります。それが第一ステップとして大切。実践すると気づきがあります。気づいてもらうことに意味があるカリキュラムにしています」と狙いを語る。ほか、ロボットを使った組立設備、最先端の生産シミュレーター、成型機のオートメーションも導入され、サイバーとフィジカルの両面から多彩な内容を学べる環境になっている。
講師陣は日本人、タイ人の混成で構成。日本人の授業はタイ語の通訳が同席している。全120時間の授業からなる育成プログラムは5月からスタートしており、既にタイのシステムインテグレーター企業からなる第1期18名、タイの大学生を中心とした第2期16名が修了。9月から再びシステムインテグレーター企業からなる第3期が行われる予定となっている。
小島氏はタイのシステムインテグレーター、学生らとLASIで接して「モチベーションが高い人が集まっているので一概には比較できませんが、日本の学生よりはるかにまじめです。ただ、能力はあるけど、教えられていない。教育されていないからできない、分からないだけです」と評する。
同じくLASIに携わるデンソーのFA事業部FA開発室の横瀨健心課長も「最初はタイの人口構成などすごく概論的で、受講生は一体何が始まるのだろうという状態だったと思いますが、自分たちが今まで仕事の領域として捉えていたよりも、もっと広い領域を考えないといけないと気づいてもらえたと思います」と語る。
LASIでTPM(Total Productive Management)で教えるデンソーOBの佐藤氏は、このLASIのために日本から派遣されてきた。「TPMは設備のロスを少なくして、生産性を上げる活動です。どういう視点で無駄のない生産設備を作るのか、という観点からカリキュラムを作っています。機械を設計したり、作ったりするときに、どういう風に現場で使われるかを分かった上で設計するのと、自分たちがエンジニアのイメージだけで機械を作るのでは変わります。今回のカリキュラムは特に設計、製作する人が対象です。どういう風に使われるか、という視点で機械を見るようになってほしい。そこを重点的にやっています」。
佐藤氏はタイにも3年ほど駐在した経験があり、タイのシステムインテグレーター事情を肌で感じている。「日本は0から専用機の構想を作ることを経験しています。タイはモデルがあるリピート品の経験はある程度ありますが、0からというのはなかなか少ないのでは。図面があればモノづくりは意外と楽なんです。でも今、タイで手作業しているものを自動化していこうとすると、全く図面がない。自分たちで作っていかないといけない。どうやって0から構想して具現化していくかが、今後タイで専用機が広がっていくカギ」。
今年のLASIの活動は第3期生をもってひとまず終了する。来年以降の活動に関しては、今後タイ政府などと話し合いを進めていく。LASIへのタイ政府の期待は高いという。「基本は増やす方向です。LASIを浸透させていくという考え方で動くことは間違いない。あとはどう広げていくか」(小島氏)。マネジメントをタイ側に置き、講師もより移管を進めていく方針だ。「これだけ日本企業がお世話になって、タイの方も日本に親しみを持ってくれている。こういう環境を時代が変わってもどう続けていくかが大事です。LASIがより良い関係をタイと築く一つのツールになることができればと思っていますし、賛同していただける企業があれば一緒にやりたい」と小島氏は呼びかける。横瀬氏も「これまで経験してきたことをどんどん伝えていって、よりタイと強くつながっていけたら」と語る。
タイの産業高度化に日系企業が協力できる余地はまだまだある。産業界をあげた、両国の関係性の深化が期待される。