高まる需要にビジネスチャンスあり
変革期を迎えたタイの医療機器産業

コロナで急成長する分野

タイ投資委員会(BOI)のスティケート部長は、新型コロナウイルスに関するウェブセミナーの冒頭で次のように語った。  「少し前までは、2020年のタイのGDP成長率は2.5~3%になると予想されていた。懸念材料として挙げられていたのは、米中貿易摩擦とバーツ高だった。ところが現実は、より過酷になっている。新型コロナウイルスの流行は誰も予見できなかった」  世界銀行は、タイの2020年の国内総生産(GDP)成長率について、前年比5.0%減との見通しを示した。1月に発表した予測の2.7%増から7.7ポイント下方修正した。コロナの影響により、1997年のアジア通貨危機以来の経済危機が到来すると予測している。  コロナは産業全般を直撃したが、特に深刻なのが自動車とその関連部品、電機・エレクトロニクス業界だ。その一方、農産物、食品、医療機器などの分野は成長の余力を残している。  スティケート氏は、「コロナ流行が一巡した後、2021年の医療機器のグローバル市場規模は3,429億米ドルに達する」と述べ、需要拡大の要因として、高齢化社会の到来、健康・衛生ニーズの高まりなどを挙げた。コロナがこの流れをさらに加速させるだろう。  医療機器コンサルティング「Emergo(エマーゴ)」の専門家たちは、アジアを世界の高成長センターと位置づけた上で、医療機器産業、とりわけ使い捨て医療機器の分野が急成長する見通しを示した。ハイテク医療機器は今後も欧米や日本の技術が核となるが、マスクやゴム手袋など、患者との直接接触を遮断する各種小道具の製造は今後、タイを中心に東南アジアがリードすると見ている。  公衆衛生システムや医療サービスの分野では、タイはすでに世界的に高い評価を得ている。米国のビジネス誌「CEOWORLD」は、優れた公衆衛生システムを保持している国のランキング(2019年)を発表した。その結果、タイは世界195ヵ国中、第6位だった。公衆衛生分野の各種機材においても、タイ製品の評価は高い。メディカルツーリズム(医療観光)にも官民で取り組んでおり、2018年には350万人の医療ツーリズム客を集めた。  医療のレベルをはかる際、ひとつの指標となるのが国際医療機能評価機関(JCI)による認証であり、「JCI認証」は医療品質や衛生管理に関する世界標準となっている。タイはこのJCI認証の病院数が世界で4番目に多く、東南アジアでは最多を誇る。

伸びる輸出と生産能力

政府が国家戦略として医療分野に力を入れてきた結果、2015年から2019年までの医療機器市場の平均成長率は11. 8%と非常に高い水準で推移した。2019年の成長率は8~10%で、コロナ流行に際しても国内で物資が不足することはない。  2016年の同分野の世界の輸出市場は9.5兆バーツで、タイからの輸出は973.2億バーツだった(アジアで7位、世界で17位)。また世界の輸入市場は9.2兆バーツで、タイの輸入は835.9億バーツだった(アジアで8位、世界で28位)。  医療機器の輸入は、2017年は623.81億バーツ、2018年は665.41億バーツ、2019年は720~730億バーツと毎年高い伸び率で推移している。タイ国内における医療機器産業の関連企業は3,000社以上あり、うち輸入業者が7割、メーカーが4割となっている。  政府は輸入削減を進め、国内での医療機器への投資を促進している。医療機器産業は世界市場での需要が大きく、将来性があるからだ。タイの生産能力は高く、マスクは月8,900万枚、防護具は月3,000万セット、医療用ゴーグルは月159万個、ゴム手袋は月7,600万個、手洗いジェル・アルコール消毒液は月290万リットルの生産が可能。国産マスクは1日250万枚の生産が可能で、医療関係者の需要を除いても国内需要を満たすことができる。

BOIによる税制優遇策

政府の狙いはタイ企業の技術を強化し、日本や韓国のメーカー並みのブランドに育成することである。タイ投資委員会(BOI)は4月13日、医療分野での投資誘致を強化すると発表した。医療機器や医薬品などの生産に投資する企業に対し、法人所得税の減免期間を延長することなどを柱とする。医療機器の需要増に応え、タイを「医療物資の生産ハブ」にするのが狙いだ。税制優遇策は以下の通り。

(1)医療セクターにおける条件を満たす投資に対しては、3年から8年間にわたる法人所得税の免除に加え、免除期間終了後、3年間にわたり50%減税を付与。例としては、医療機器やその部品の生産、関連資材の原材料として使用される不織布、診断キット、薬品、医薬品有効成分等。この措置は、2020年1月1日から6月30日までに申請書が提出されるものに適用、2020年12月31日までに生産を開始し、売り上げを得ることが条件となる。2020年および2021年の2年間においては少なくとも50%の生産物をタイ国内で販売または寄付することが条件となる。

(2)医療機器またはその部品の製造を生産するために既存ラインの調整を支援する措置として、2020年9月末までに生産ラインの調整申請書を提出することを条件に機械輸入税を免除する。但し、機械は2020年中に輸入することが条件となる。

(3)タイ国内におけるバリューチェーンのより高い完結を推進する目的で、医療製品の製造に使用される原材料の生産に対し恩典を調整。例えば、医薬品グレードのアルコールの生産は、8年間にわたり法人所得税の免除恩典を享受することが可能になり、医療用マスクや医療機器の原材料として使用される不織布の生産については、法人所得税の免除恩典が従来の3年間から5年間に拡大された。

さらに、SME(中小企業)に対しては投資へのインセンティブを高めるために、税を2度免除される恩典が与えられる。恩典を受けるには以下の条件を満たす必要がある。①タイ側の持株比率を51%以上に保ち、総収益が最初の3年間は年間5億バーツ以下であること。②プロジェクトに使用される機械の総額の50%以上を、新品機械に使用する。③借入金は、自己資本比率の4:1以下とする。その他、SMEは以下の恩典を享受できる。

(1)機械輸入税の免除。

(2)グループAの事業に対する法人所得税の免除。

(3)競争力を向上させるために、追加の特権と利益を受けるための基準を緩和する。

(4)工業団地または奨励される工業地区に立地する場合、法人税免除期間を1年追加して、最高8年とする。

(5)1人当たりの国民所得の低い20県に立地する場合、法人税免除期間を3年追加するが、合計8年までとし、8年法人税を免除されるグループA1またはA2は、法人税免除期間満了後、さらに5年法人税を50%減免することとする。

(6) 一般的な基準に基づくその他の特権。

医療物資の生産ハブを目指す

タイをはじめアジア地域では今後、使い捨て医療機器の産業が大きく伸びるだろう。タイの技術レベルは高く、これまでも医療関係者は患者との直接接触が防護されてきた。使い捨て医療機器の分野は、手術室でのゴムマスク、パイプ類、シリコンチューブなど種類が豊富で裾野が広い。また、いつでも増産が可能で、新たな業者が参入できる可能性も高い。食品医薬品局(FDA)はこの分野の事業環境を良くするため、3日以内に認可を行う迅速な対応に切り替えた。  新型コロナウイルスにより、医療機器産業の自動化、ロボット開発は一層進み、東部経済回廊(EEC)における同分野への投資もますます増大するに違いない。タイが「医療物資の生産ハブ」となる日もそう遠くないだろう。

Medical robot arm the technology artificial intelligence patient treatment

20年7月1日掲載

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