新規事業とのマッチングで新たな始動を開始
新規事業の打診
昨年2019年のある暑い日のことだった。タイ法人を預かる降矢 健MANAGING DIRECTOR(MD)の下に相次いで連絡があった。「タイである特殊な樹脂成形をしてくれる取引先を探している日本の取引先メーカーがある。そちらで対応出来ないだろうか」 聞けばこちらの会社、新規事業の立ち上げをタイで計画しており、そのためには現地での部品の調達が欠かせない。その取引先を探しているのだとか。このところの製造業をめぐる景気後退やコスト一辺倒主義など後ろ向きのニュースに当惑していた降矢MDにとって、久しぶりの明るい話題。現状を打開してくれるきっかけになるかもしれないとの思いがあった。 事業概要の説明を受け、想像を大きく上回る規模と内容に身震いがした。「こりゃあ、専用の新社屋(工場)が必要になるな」。相手が求めるのはDSI(Die slide injection molding)成形と呼ばれる高度な技術などを伴った生産だった。内部に空洞が広がった構造体や、内蔵品を装着した複雑な構造の製品を作り上げる時に使われる、タイではめったにお目見えしない製造ラインの構築だった。 DSI成形のプロセスを簡単に説明すると、次のようになる。まず、一次の射出成形工程で半製品が完成。次いで、油圧シリンダーが片方の金型をスライドさせ、第2次成形へと移行する。この際、最大の難関となるのが、半製品同士の溶融や接合。少しの不具合や精度不足で肉厚不均衡や接合の不整合が現れ、製品としては使い物にならなくなる。この優れた難易度の高い工程を、安定的に歩留まりを高くしたまま実現できる専用成形工場は、残念ながらタイにはまだ存在しなかった。
次の10年に向けた試金石
「かなりの大型の設備投資になる。覚悟を決めないと」。直感的にそう感じたという降矢MD。新規事業に参入することで自社にもたらされる将来への可能性が広いことを知った。決断をするまで、そう時間はかからなかった。交渉は着工するかの最終段階に入っている。 中部アユタヤ県ロジャナ工業団地にある同社タイ法人の社屋兼工場は、敷地面積が約1万3000平方メートル。操業時からある第1工場と16年に竣工した第2工場の間には、今は中庭として使っている未使用空間がある。あの場所しかない。この時、降矢MDの脳裏には完成した〝第3工場〟の予想図が鮮やかに浮かんでいた。モノづくりに賭ける興奮を久しぶりに感じていた。 すでにある第1工場と第2工場は、ともにクリーンルーム仕様を持ったインジェクション(射出成形)エリアとアッセンブリ(組み立て)エリアを兼ね備えた双子の工場。設備機械の豊富なラインナップはもちろんのこと、高い衛生環境も確保している。不純物が混入する危険は限りなく少ない。新設が見込まれる専用工場にも高い機密性が求められるのは確実で、建設はタイ法人の次の10年に向けた試金石となるのは間違いがなかった。
技術者と経営者の狭間で自問自答
ともすれば、不要なもの、コストを押し上げる元凶とまで指摘される高度で希少価値の高い成形技術。飽くなきコスト削減を追求する民間企業としては、時に避けて通れないものとの諦めも降矢MDには理解ができる。ただ、日本のモノづくりに関わる者として複雑だ。一にコスト、二にコストという理由だけで、企業活動の原動力となる付加価値や難易度の高い技術が避けられ、追いやられていいのか。そんな思いも常にある。技術者と経営者の狭間の中で、いつも自問自答する難問だった。 今回、新規事業参入への決断ができた背景に、タイ法人の設立から10年をかけて培ってきた取引先との太い絆と強固な生産体制があった。日本で40年以上の取り引き実績がある精密機器メーカーから現地生産を打診されたのは進出の数年前。まだ海外市場が海のものとも山のものとも判断つかぬ状態だった。「そろそろ海外に出ないと」。そう背中を押された時に、「出るなら応援する」と言ってくれたのが、同様に40年以上の関係があった別の精密機器メーカーだった。 「(取引関係のある)2社があれば、何とかなるだろう」という思いを胸に始まったタイ進出だったが、直後のタイ大洪水で出鼻をくじかれる。工場は完全に水没し、タイ人社員が水中に飛び込んで金型をすくい上げる事態に。しばらくの停滞を余儀なくされたが、翌年以降は見事に復活を遂げると順調に売り上げを重ね、主要2社を中心に現地で自活できるまでにタイ法人は成長を遂げた。タイ工場の安定があったからこそ、新規事業参入の今がある。
「難しいものが好き」
生産管理の指標とされる「QCD」。「Quality」「Cost」「Delivery」の3つの言葉の頭文字を重ねたもので、製造業における最も重要な概念であることは広く知られている。この中で、「QとDについては、懸命に仕事に取り組んでいれば、自然と後から着いてくるもの」というのが降矢MDの考え方だ。何を置いても最優先されることは、「Quality」が標記のトップにあることからしても容易に理解ができる。「Quality First」という言葉もある。 新規事業との出会いを受けて降矢MDは今、「Quality」の大切さをまざまざと感じている。経営者としてコスト管理や原価計算、組織管理はもちろん重要だ。最近はコンプライアンスなどという危機管理概念もタイで広がりつつある。企業経営は高度にかつプロフェッショナル化している。 しかし、一方で「Quality」へ関心を減じていたら、今回の出会いはなかったとも痛感している。新たな事業展開を導いたフルヤ・インダストリーの伝統とこだわり。「それでも私は難しいモノづくりが好き。他社がやらないことをやりたい」と話して、降矢MDはインタビューを締めくくった。
会社情報
会社名 | FURUYA INDUSTRIES (THAILAND) CO., LTD. |
---|---|
住所 | 42/15-16 Moo 4, Rojana Idustrial 2, Tambol U-Thai, Amphur U-thai, Pranakorn Sri Ayutthaya Thailand 13210 |
お問い合わせ先 | Tel. +66(0)35-746-945 http://www.furuyainc.co.jp |
担当者名 | 降矢 健 E-mail: takeshi.f@furuyainc.co.jp Ms. Areeya E-mail: areeya@furuya.co.th |