注目される日本企業の〝5S運動〟

中国を含むアジア各国で操業する日系やローカル工場の多くでは「5S(整理・整頓・清掃・清潔・躾)運動」に取り組むところが多い。工場の生産環境がよくなければ優れた製品は生まれない。昭和30年代から取り組まれてきた5S運動はまず、製造現場での安全確保や品質向上を図るために「整理」「整頓」「清掃」の「3S」、さらに「清潔」を加えた「4S」、そしてルールを身につける「躾」「習慣化」を含めた「5S」となった。

「5Sは永遠の課題です」と、JETROバンコク事務所の中小企業製造業現地支援コーディネーターを務める一迫守氏(J-TEXアジア社長)は話す。同氏は、最近までバンコク郊外で従業員数百人規模の日系工場の立ち上げ社長などを歴任。現在は加工品商社及び営業支援を営んでいる。一迫氏は「5Sは決めた当たり前のルールを100%実施する事。しかし、その当たり前を日々進化させる工夫、熱意と根気は言うは易し、行うは難し。“面倒で”が先行しがちになるので、幹部が常時目を配り、その瞬間ごとに気付かせる継続性が不可欠」と指摘する。

アルミダイカスト鋳造・加工で日本の大手4社に入る美濃工業(岐阜県)のタイ現法であるMINOタイランド(以下、MTC)の森本勝己社長が2009年に始めた5S運動では、当初あった12%もの工程内不良率をこれまでに3%台に下げ、60%だったOEE(Overall Equipment Effectivenes=総合設備効率)は現在までに約85%に高まった。年2件程あった休業災害が2017年からはゼロとなり、売上高の年増加率は平均約14%など目に見える成果を出している。5S運動に熱心で定期的な講習会も開いている他の日系企業経営者は「MINOさんと並んで記事にされたら恥ずかしい」と社名を出すことは拒否されたが、「油断すれば5S運動はすぐ元に戻ってしまう。経営者の熱意による継続が不可欠」と話す。MTCの5S運動を以下に紹介したい。

写真・文 アジア・ビジネスライター 松田健

長年の5S運動で大きな成果

親会社である美濃工業(杉本潤社長、資本金4億1,620万円)は昭和25年3月に岐阜県中津川市で創業したアルミダイカスト製品の鋳造・加工で伝統を誇る企業で日本の大手4社に入る。タイのMINOタイランド(以下MTC、 http://www.mino-thailand.com)は1995年8月にタイ東部のチョンブリ県にあるアマタシティ・チョンブリ工業団地に設立され、現在の資本金600万米ドル(独自資本)。1万9,200平方メートルの敷地がある工場に約450人が働いている。ISO/TS16949、ISO14001などが認証され、清掃が行き届いている。美濃工業では中国、メキシコにも海外工場を構えており、2018年2月時点で日本国内に1,176人、海外に1,061人を抱えている。

長年に渡ってMTCを率いる森本勝己社長は中卒で地元岐阜県の中津川市にある美濃工業に入社し、工場から定時制高校に通った努力家。現場たたき上げの超ベテランで2018年3月には勤続50年表彰を受けた。既に美濃工業で52年目に入っている森本社長は、タイ工場には19年前の2000年に社長として赴任、途中で本社役員に社長の座をバトンタッチして副社長になったが2015年から再び社長に復帰して今日に至っている。森本社長はタイ人の妻との間に中学生の息子もおり、「いつかMTCを去る日が来ても、私はタイに骨を埋めるつもり」と、シーラチャに住んでいる。

森本社長は2009年からMTCで5S運動に必死で取り組んできた。活動を開始してから3年間程は目に見える成果が出ず、外部から‟そんな事をやっても無駄ではないのか”などと言われた時期が続いた。しかし、「4年目から品質、生産性、安全面での成果が数字に表れ始め、7年目からは売上高、利益率にも成果がはっきり出てきた」と話す。

不良率、定着率など向上

不良率などに関しては「当初は工程内不良率が12%程だったが徐々に下がり、2012年に8%、そして現在までに3%台に下がった。OEE(総合設備効率)は60%程だったが、現在までに85%まで高めた。労働災害も目に見えて減少。5S運動を始めた当初では休業災害が年2件程、不休災害では年4、5件発生していたが、2017年から現在まで休業災害は発生していない。不休災害がまだ年2件程発生しており、それもゼロとする活動を進めている」と森本社長。

離職率も低減した。2002年には月45%を記録し、「(仕事に慣れない新人が作業するので)不良品が山と出て本当に困った」と森本社長は振り返る。この離職率では2カ月で全従業員が入れ替わる計算になる。当時はトヨタのIMV(新興国向け戦略車)プロジェクトが進む中、トヨタを中心にタイの自動車関係企業の給与が大幅アップして労働者側の売り手市場となり、MTCでも従業員の定着率が極端に悪化した。だが、「これまでに月4%に下げることができたのは従業員にとって魅力ある工場にしてきたから。しかも辞める4%のほとんどは入社して3カ月未満の試用期間中の浮遊層」という。

2015年から2018年のMTCの売上高増加率は平均14%。キャパ拡大に迫られており、同じアマタシティ・チョンブリ工業団地の第9区に現工場の倍近い20ライ(1ライ=1,600平方メートル)を取得、新工場の建設を開始した。「新工場の土地取得を含む設備投資はすべてMTCだけの借り入れで実施する」という。

工場内の労働環境も改善

森本社長は社会貢献の立場から同業を含む他社からの工場見学を積極的に受け入れている。「真似されて構わない。どんなに視察されても我々の心まで盗むことは不可能」という自信が森本社長にはあるからだ。QC活動の一環として5、6人の小集団活動も行っており、実行提案するだけで最低20バーツ(70円)、コスト低減が確実な提案には6,000バーツ(約2万円)の報奨金を支給した。最高2万バーツまで設定しているがまだ最高額を得た提案は出ていない。

アルミダイカストの工場ではミストなどで遠くが見渡せない場合が多いが、660度の高温で溶かしたアルミ合金を鋳造するMTCの工場は、115メートルの長さに23のラインがある端から端までがすっきりと見渡せ、空気もきれい。天井などに換気をよくする工夫がされており、大きな扇風機なども見当たらない。

アルミ合金から成型した製品(部品)を機械から取り外すために必要な離型剤は、ロボットを使って1回の成型ごとに金型に向けでほんの少し噴霧、バリがまったくでない低コスト生産を実現してきた。さらに鋳造機の下に混合汚水(水、離型剤、油)を流す排水溝が皆無。これは美濃工業グループの全工場の中でもMTCだけが、「工場環境の悪化に繋がる液体の必要最小限の使用」に成功しているからだ。鋳造機の潤滑油もすべて回収して再利用するシステムを森本社長自らが開発、導入してきた。

製品面でも顧客からの要望を取り入れて、鋳造中空部分(巣)がない高密度で高品質なアルミダイカスト製品を低コストで実現させた。これも本社にもなかった加工方法。これらMTCでの改革を学ぶために、本社社長や中国工場などの代表者も視察に来ている。

 

福利厚生にも注力

MTCでは福利厚生委員会を設置し、常時従業員の要望を取り入れている。健康保険は会社負担でインフルエンザの予防接種等も無料。キャンティーンは料理が上手なコックを採用し、メニューが豊富。昼はご飯が食べ放題で無料、残業者には無料クーポンを配布する。厨房の床も工場と同様に、水を一切床に落とさない活動で、常に乾いた清潔さを保っている。アルミ鋳造の機械が並ぶ工場に空調設備はないが、冷房付きの休憩室をラインのすぐ横に設置、駐車場の横にある運転手の控え室も冷房完備。

従業員450人の男女比率はほぼ半々。タイの定年は60歳だが、MTCでは健康で働く意欲のある社員は正規雇用のまま働き続けることができる。日本人は森本社長を含め7人おり、内3人が現地採用者で加工、金型などを担当、通訳兼秘書の日本人女性も1人いる。タイ人トップとして取締役(ダイレクター)のGM(ゼネラルマネージャー)がおり、「さらに2人の取締役を育て、タイ人経営の会社にしたい」とする。

かつてはボーナスの時期にスト発生寸前の動きが何年か続いたが、その後は「経営内容を公開して、これ以上は出せないギリギリの額であることを従業員に十分説明した上で提示するように変えてからはストの動きが消えた」という。2018年末のボーナス交渉で従業員側から5カ月プラス1万バーツの要求が出たが、会社側の回答は4.4カ月プラス1万バーツ。「従業員側はありがとう、と即応してくれた」と安堵した。

 

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