タイ鉄道新時代へ
【第96回(第4部12回)】インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想/タイ中高速鉄道1
前回より小連載としたスタートした「インドシナ・マレー半島縦断鉄道構想」は、まずはタイ国内の要である「タイ中高速鉄道」からその連載を開始する。全長はバンコク北郊バンスー中央駅を起点に、在来線の東部本線にほぼ沿う形でラオス国境ノーンカーイまでの約607キロ。工期は2つに分けられ、バンスー中央からナコーンラーチャシーマーまでの第1期(約356キロ、総事業費約1800億バーツ=約6500億円)が2026年に、その先ノーンカーイまでの第2期(約251キロ、約2500億バーツ)が29年に完工の予定だ。2年余にわたる新型コロナウイルスの蔓延や契約をめぐる民間企業との係争などで大幅に遅れてはいるものの、政府と事業主体のタイ国鉄(SRT)はペースを上げて推進する意欲を見せる。その計画と現状をお伝えする。 (文と写真・小堀晋一)
タイ中高速鉄道の建設計画は、軍事クーデター前のインラック政権時から本格化し、軍政の流れを汲む現プラユット政権下で着工が始まった。だが、計画は遅れに遅れ、現時点では開業予測も明確には立てられていない。わずかに29年までに鉄路が結ばれるとはされるものの、用地買収さえ行われていない区間が大半を占めるなど全線の商業開業は30年代以降とするのがほぼ確実だ。
その原因としては大きく3つある。一つは、世界規模で経済を停滞させた新型コロナ。着工が始まった区間では建設作業員の募集や移動が遅れ、大幅な工事遅延を招いている。政府の都市封鎖(ロックダウン)は長期化し、その解除はバンコク首都圏や一部の観光地が優先されるばかりで、東北地方を走るタイ中高速鉄道の区間は最後まで制限がかけられたままだった。
2つ目は、二人三脚で建設計画を進めることになっていた中国政府との微妙な関係の変化だ。中国は当初から「一帯一路」政策の延長路線として、タイ国内の高速鉄道計画を位置づけてきた。両国間で整備計画が合意された15年当時は、タイで軍事クーデターが発生してから1年余りのこと。民生復帰に向けた新しい憲法制定作業さえ本格化しておらず、軍政を嫌う欧米諸国との軋轢からタイが中国シフトを強めた時期でもあった。
この時、中国が段階的に提示してきたのが、金融支援(融資)を柱に自国の建設作業員の派遣や資材調達、工事ノウハウをセットとした「ひも付き支援」だった。ラオスの中老鉄路を建設した時と同様のスキームだった。
これに対して難色を示したのが、一部政府の役人や財界だった。国力や経済力で劣るとはいえ、タイはアセアンの牽引国。新興国としてのプライドが中国との間に隙間風を吹かせた。以降、鉄道計画をめぐる交渉は延期に延期を重ねた。軌道や電位系統、車両調達や機材の購入、人材研修を含めた契約交渉「コントラクト2.3」では、仲介役のコンサルティング企業との契約が当初の60カ月から85ヶ月に延長されている。
3つ目が、第1期のうち中部サラブリーと東北部ナコーンラーチャシーマーとの間にある2つの工事区間をめぐる建設契約「コントラクト3-1」をめぐる企業連合同士の対立だ。この入札では、タイの総合建設会社大手イタリアンタイ・デベロップメントと中国国営のインフラ企業・中国中鉄の企業連合が予定価格を2割近くも下回る価格で落札。これに対し、ライバルのタイ建設会社ナパー・コンストラクションとマレーシア企業の企業連合が異議を唱え、落札企業体が変更されるというハプニングがあった。
当然に、イタリアンタイと中国中鉄の企業連合は猛反発した。事態は中央行政裁判所に委ねられることになり、現在も係争が続いている。この間、代わってナパー連合に対して下された発注は一時停止されたまま。工事もできずに計画は停滞した状態となっている。談合を疑わせるタイの悪しき慣習が露呈したことによる遅延と言えた。
とはいえ、進捗も少しずつ見られている。タイ国鉄は、ナコーンラーチャシーマーから先の第2期工事の入札が早ければ22年内に実施されるとの見通しを明らかにする。着工後の土木工事期間は4年間。合わせて鉄道システムの敷設も進め、29年内の完工を目指すとする。そのための公聴会はすでに実施した。終着駅ノーンカーイの駅周辺には新たに貨物のコンテナヤードも建設する計画だ。
先行する第1期工事をめぐっては、土地収用にかかる関連法案の整備も進められている。政府は3月下旬に関連法案を閣議決定。収用にかかる予算を約18億バーツと見積もる。対象はバンコクだけでも667ライ(約110ヘクタール)。遅れを一気に挽回させたい意向だ。
タイ中高速鉄道約607キロは、バンスー中央を始発駅に、国際空港を置くドンムアン、アユタヤ、サラブリー、パークチョーン、ナコーンラーチャシーマー(以上第1期)、ブラヤイ、バンパーイ、コーンケーン、ウドンターニー、ノーンカーイ(以上第2期)の計11駅。旅客を中心に時速250キロで走行させる計画だ。課題は山積するなどなお困難を予想させるが、期待も大きい。タイを新時代にいざなうという目論見だけは今なお色あせてはいない。(つづく)
22年7月25日掲載