タイ進出も視野に
飛躍するベトナム企業

べトナムでシステムやソフト開発最大手のIT(情報技術)企業で日本にも進出しているFPTコーポレーションの創業会長であるチュオン・ザー・ビン氏にかつてインタビューした時、同氏から明治時代後半のベトナムで日本から学ぶ「東遊(ドンズー)運動」が起きた歴史を聞かされた。「日本から学ぶ」のキーワードで思い浮かぶのはマレーシアでマハティール政権が誕生した1981年末に同首相が提唱したルックイースト政策。だがその80年程も前のベトナムで日本から学びフランス植民地支配からの独立を目指すドンズー運動が起きていた。  時代は移り、現在の日系企業の多くではIT人材不足が深刻になっており、FPTなどのベトナムのIT企業に頼らざるを得ない状況も生まれている。FPTはすでにベトナムを代表する大企業となり、収益の半分以上を日本企業から稼いでいる。同社日本法人には1,000人を超える日本語堪能なベトナム人エンジニアが働いている。  英語に比べればITビジネスの展開が難しいと思われる日本市場にあえて狙いを定めて急成長を遂げたベトナムのIT企業は他にもある。ホーチミンで2010年に起業、IT関連の新規事業も次々と成功させているIDEAグループ(チュンCEO=Do Hoang Trung, President CEO)だ。同社では、日本のIT人材不足をカバーしているだけでなく、6軸の産業用ロボットやAGV(自動運送ロボット)、3Dプリンターなどハード機器の開発、製造、販売にも進出して注目されている。  2019年末、チュンCEOは筆者に、「20 20年か21年にタイに進出、2022年にはチョンブリ県にタイ工場も稼働させる。タイでは設計業務支援(アウトソーシング)、部品や治具など生産設備の設計と製作、ベトナムで当社が製造しているAGVやロボットなどの販売、設計人材の育成と派遣も段階的に進めたい」とタイ進出計画を明らかにした。

ベトナムでトップのCAD企業

IDEAグループはタイで操業している日系の顧客もすでに抱えているが、ハイテク技術を誇る純ベトナム企業がタイに工場進出するケースは珍しい。タイでの進出先としてはタイ政府がEEC(東部経済回廊)開発を進めているチョンブリ県を予定している。IDEAグループのタイ工場では部品などの製造に特化し、それら部品の開発、設計はベトナム国内で実施するが、「タイに当社の設計者を派遣する事業も考えている」とチュンCEO。  IDEAグループは日本の東証1部上場クラスを主な顧客として部品図製作で2010年に起業、その後は設計にとどまらずに高精度部品や自動機、AGVなどの開発から製造までも手掛け、同社で開発製造した6軸ロボットはすでに日本の日本企業に輸出している。創業当初から数多く手掛けてきた部品図とは部品を実際に製造するために不可欠なもので、組立図から「部品バラシ」と呼ぶ作業。部品図を作る部署に現在90人が従事している。  チュン氏ら5人で設立したIDEAグループの従業員は現在340人。設計者だけで252人を抱えるベトナムでトップのCAD(コンピュータ支援設計)企業。これだけの設計陣容があることで顧客の短納期の要望に応えている。設計スタッフの平均年齢は26歳、全社平均では27歳という若さも誇る。

日本のIT人材不足に対応

IDEAグループではこれまでに約180社の顧客を抱えているがそのすべてが日系企業で、タイや米国に進出している日系企業も含まれている。日本国内の顧客は135社、ベトナム国内の日系企業が37社、タイや米国に進出している日系企業の顧客が3社など。IDEAの会社案内に日本電産、不二越、ミスミ、日産テクノ、日新電機などの顧客名をあげている。  IDEAグループでは日本の相場の半額ほどの低コストで受注しており、品質や納期を厳守している。主に日本語、または英語で対応、多人数による短期間対応を心がけている。設計だけに留まらず製品開発、精密部品加工、組立、配線まで、機密情報管理やセキュリティーを重視したサービスも提供している。  日系企業専用の設計部隊をベトナムのIDEA内に組織しており、もとは顧客の日系企業の日本の本社内などで行われてきた仕事を受託している。日本のIT人材不足に対応し、IDEAグループの社員と専属契約を結ぶサービスを提供しており、これまでに計50人ほどの人材を日本に送り、現在も30人ほどの同社技術者が日本に滞在中。これら社員のベトナム帰国後も研修先の日系企業の専属設計者や窓口担当を担うケースが多いという。3人から15人ほどの社員をまとめて各企業と専属契約することが多く、契約料は1人につき月16万~19万円。ベトナムの法定労働時間は月あたり平均175時間で祭日は年間12日間だけと少ない点も日系企業の顧客が評価している。

ハイテク団地に新本社建設

IDEAグループ5子会社の1社であるIDEAハイテクノロジーJSC(ITHC)は研究開発(R&D)センターで18人が従事している。IDEAテクノロジー・デベロップメントJSC(ITDC)は自動機の開発を行っており従業員は55人。IDEAマシナリー・マニュファクチャリング(ITMC)は機械部品加工で36人の従業員を抱え、DMG森精機、山崎マザック(MAZAK)、OKKなど日本製工作機械を工場に導入している。3軸加工機が多いがDMG森精機の5軸加工機も4台使っている。日本の中小機械加工業では高精度加工ができる5軸加工機を買いたくても買えないところが多い現状を考えてもITMCの設備はすごい。またIDEAテクノロジ―トレーディングJSC(ITTC)は貿易を担当する子会社で15人が輸出入に従事している。  ベトナム中部のダナンにも設計センターがある。IDEAテクノロジー・ソリューションズJSC(ITSC)で現在68人の設計者を抱えている。従業員の多くが地元のダナン工科大学を卒業したエリート。ダナンにはソフトウェアアウトソーシングなどでベトナム最大のIT企業であるFPTソフトウェアが大開発拠点などを構えているが「当社の事業内容とはまったくダブっていないので競合していない」とチュンCEO。工科大学を卒業しているダナン出身のIDEA幹部にグループのダナン事業を任せている。  2014年からホーチミンのビンタン区(13区)の貸しビルに親会社IDEAテクノロジー・ジョイント・ストック・カンパニーなどを置いているIDEAグループには5社の子会社がある他、部品加工、溶接製缶、組み立てを行う合弁会社も2社ある。  日本電産のグループ各社などの一流企業が進出しているホーチミンのハイテク団地の1万平方メートルの土地を契約、2021年完成を目途に5階建の本社・工場の建設に近く着工する。「4年間法人税ゼロ、その後は5%という政府の投資恩典を得て建設します。当社はこれまで無借金経営で毎年数割以上の成長を続けてきましたが、新本社建設では初めて銀行借り入れが発生します」とチュンCEOが説明した。  2010年に150万円ほどの資金で産声をあげたIDEAグループの2019年の売上高は約400万米ドル(約5億円)。「2018年は前年比で売上高が40%伸びた。2019年も前年比数割の伸び。2025年には現在の10倍の50億円を達成したい」とチュンCEO。  チュンCEOのもう1つの目標は「設計部門もさらに伸ばしますが、2025年時点でのIDEAグループ全事業における設計部門の比率は55%程で残りは製造部門で稼ぎたい」(同)方針だ。

「利益より義理を重んじる」

チュンCEOは1973年2月ベトナム中部生まれ。ホーチミン工科大学を卒業後、日本に3年間留学して、ベトナムに2003年に帰国、2010年から日系企業向けにCAD図面の作成と設計業務をサポートする事業をホーチミンで開始した。図面のトレース、3次元モデリング、「部品バラシ」受託から始め、機械設計、解析、シミュレーションの作成、部品切削加工、設備設計製作へと業務を広げてきた。  同氏への初インタビューでは筆者のすべての質問に丁寧に応じ、設計センターへも自ら案内してもらい、帰る時にはわざわざ玄関まで降りて筆者の車を呼んでくれた。同社の経営理念を書いた額の最初に「利益より義理を重んじる」を掲げ、それに続いて顧客満足、社会貢献としている。

 

20年2月1日掲載

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